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出版社は図書館向け高額本と文庫本の2種類を作れ

単行本を文庫化した本は、図書館は買わなくていい

中川右介 編集者、作家

図書館の棚には、最近刊行された小説も含め、多くの文庫が並ぶ拡大図書館の棚には、最近刊行された小説も含め、多くの文庫が並ぶ

 文藝春秋の松井清人社長が10月13日に「全国図書館大会 東京大会」の「公共図書館の役割と蔵書、出版文化維持のために」をテーマにした報告会で、図書館での文庫の貸し出しの中止を要請し、波紋を呼んだ。

 松井社長自身が、「要請したからと言って、貸し出しされなくなるとは思っていない、問題提起だ」との趣旨の発言もしているので、その問題提起を受けて、述べてみたい。

 松井社長は、「『文庫』の売り上げが大幅に減少しはじめたのは2014年」とし、「確たるデータはありませんが、近年、文庫を積極的に貸し出す図書館が増えています。それが文庫市場低迷の原因などと言うつもりは毛頭ありませんが、まったく無関係ではないだろう、少なからぬ影響があるのではないかと、私は考えています」という。

 図書館の貸し出し数が伸びていることと、新刊書籍と雑誌の売り上げが減少していることは事実だが、両者の因果関係については、あるともないとも言えない。

 ましてや、貸し出しを中止したからといって売り上げが伸びるかどうかは、誰にも分からない。

 この議論は、どんなに緻密にデータを分析しても、万人を納得させる答えは出ない。

 答えは出ないけれど、議論の過程でいろいろな問題点が明らかになるかもしれないから、まったく無意味とも言えない。

文芸書に依存する出版社の危機感

 世の中には買わなくても利用できるものは、たくさんある。

 そのため、レンタルというビジネスは、クルマからDVDにいたるまで、無数にある。しかし、それらはビジネスだから有料であり、誰か借りれば作り手にも収入がある。

 本も「読む」だけならば、買う必要はない。所有しなくても借りるだけで、充分に「読む」という目的は達成される。だから、図書館というものがあるわけで、これは無料だ。ビジネスではない。住民サービスである。

 地方自治体が大々的に無料で貸し出しているものは、皆無ではないにしろ、そう多くはない。本は例外中の例外だ。

 あまりにも当たり前のものだったので、図書館が本を無料で貸し出すことで文句を言う出版社も著者もいなかった。出版社があれこれ言うようになったのは、21世紀になる前後からで、それも業界内での話題だったが、ついに大手出版社の社長が公の場で発言するまでになったのだ。

 背景には、「本が売れない」という現実があり、出版社が余裕をなくしていることがある。

 文藝春秋社長の前に、そのライバル会社である新潮社の佐藤隆信社長も、図書館関係のイベントで、貸し出し問題について発言している。

 2015年11月10日の第17回「図書館総合展」のフォーラムで、図書館へ向けての要望として、「新刊は1年間、貸し出ししないでほしい」という趣旨のことを言って、このときも波紋を呼んだ。

 文藝春秋、新潮社とも、小説を中心とした文芸書が刊行物に占める率が高い。講談社や小学館、KADOKAWAにはコミックといくつもの雑誌があり、文芸書が全体の売り上げに占める割合はそう大きくはないが、この2社は、コミックが弱く文芸書への依存度が高い。

 その2社が図書館に対して危機感を抱いている。

単行本が売れなくなり、文庫も…

 小説は一般に、2000円をおよその上限とする単行本として刊行され、数年後に1000円を上限とする文庫となる。

 版元にとって、文庫は「安売り」である。単行本で売れ続ければそれに越したことはないが、そうも言っていられないので、文庫にする。

 読者も数年待てば文庫になり、安く買えると分かっているので、単行本を買い控える。

 かくして単行本が売れなくなり、文庫に依存するようになり、その文庫も売れなくなった、というのが現状だ。

 よく、出版関係者が「ネットや図書館のせいで本が売れない」と嘆くと、「読みたい本を作らないからだ」と批判される。だが、図書館では刊行されて間もない本が大量に貸し出しされているのだから「読みたい本がない」というわけでもないだろう。

 文藝春秋の松井社長は「2014年から売れ行きが落ちた」と言っている。新潮社の佐藤社長が発行後1年間の貸し出しを控えてほしいと要望したのが2015年。

 つまり、両社長とも、2014年から2015年にかけてかなりの危機感を抱いたことが窺える。

 その2014年に何があったかというと、4月から消費税が5%から8%に上がったことだ。よく言われるが、この影響はけっこう大きく、本当に4月になって売り上げは激減したのだ。そして、その後も回復していない。

 書籍・雑誌の売上不振の原因のひとつとして、消費税増税があっただろう。だが出版界だけが打撃を受けたのではないから、それだけのせいにはできない。

図書館が購入しなくていい文庫の種類 ・・・続きを読む
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筆者

中川右介

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 編集者、作家

1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社「アルファベータ」代表取締役として、専門誌「クラシックジャーナル」、音楽書、人文書を編集・発行。そのかたわら、クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲などについて、膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる独自のスタイルで執筆。著書は『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』『月9――101のラブストーリー』(いずれも幻冬舎新書)、『山口百恵――赤と青とイミテイション・ゴールドと』『松田聖子と中森明菜――一九八〇年代の革命』(ともに朝日文庫)、『戦争交響楽――音楽家たちの第二次世界大戦』『SMAPと平成』(ともに朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986(増補版) 』(角川文庫)、『怖いクラシック』(NHK出版新書)など50点を超える。

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