単行本を文庫化した本は、図書館は買わなくていい
2017年11月15日
文藝春秋の松井清人社長が10月13日に「全国図書館大会 東京大会」の「公共図書館の役割と蔵書、出版文化維持のために」をテーマにした報告会で、図書館での文庫の貸し出しの中止を要請し、波紋を呼んだ。
松井社長自身が、「要請したからと言って、貸し出しされなくなるとは思っていない、問題提起だ」との趣旨の発言もしているので、その問題提起を受けて、述べてみたい。
松井社長は、「『文庫』の売り上げが大幅に減少しはじめたのは2014年」とし、「確たるデータはありませんが、近年、文庫を積極的に貸し出す図書館が増えています。それが文庫市場低迷の原因などと言うつもりは毛頭ありませんが、まったく無関係ではないだろう、少なからぬ影響があるのではないかと、私は考えています」という。
図書館の貸し出し数が伸びていることと、新刊書籍と雑誌の売り上げが減少していることは事実だが、両者の因果関係については、あるともないとも言えない。
ましてや、貸し出しを中止したからといって売り上げが伸びるかどうかは、誰にも分からない。
この議論は、どんなに緻密にデータを分析しても、万人を納得させる答えは出ない。
答えは出ないけれど、議論の過程でいろいろな問題点が明らかになるかもしれないから、まったく無意味とも言えない。
世の中には買わなくても利用できるものは、たくさんある。
そのため、レンタルというビジネスは、クルマからDVDにいたるまで、無数にある。しかし、それらはビジネスだから有料であり、誰か借りれば作り手にも収入がある。
本も「読む」だけならば、買う必要はない。所有しなくても借りるだけで、充分に「読む」という目的は達成される。だから、図書館というものがあるわけで、これは無料だ。ビジネスではない。住民サービスである。
地方自治体が大々的に無料で貸し出しているものは、皆無ではないにしろ、そう多くはない。本は例外中の例外だ。
あまりにも当たり前のものだったので、図書館が本を無料で貸し出すことで文句を言う出版社も著者もいなかった。出版社があれこれ言うようになったのは、21世紀になる前後からで、それも業界内での話題だったが、ついに大手出版社の社長が公の場で発言するまでになったのだ。
背景には、「本が売れない」という現実があり、出版社が余裕をなくしていることがある。
文藝春秋社長の前に、そのライバル会社である新潮社の佐藤隆信社長も、図書館関係のイベントで、貸し出し問題について発言している。
2015年11月10日の第17回「図書館総合展」のフォーラムで、図書館へ向けての要望として、「新刊は1年間、貸し出ししないでほしい」という趣旨のことを言って、このときも波紋を呼んだ。
文藝春秋、新潮社とも、小説を中心とした文芸書が刊行物に占める率が高い。講談社や小学館、KADOKAWAにはコミックといくつもの雑誌があり、文芸書が全体の売り上げに占める割合はそう大きくはないが、この2社は、コミックが弱く文芸書への依存度が高い。
その2社が図書館に対して危機感を抱いている。
小説は一般に、2000円をおよその上限とする単行本として刊行され、数年後に1000円を上限とする文庫となる。
版元にとって、文庫は「安売り」である。単行本で売れ続ければそれに越したことはないが、そうも言っていられないので、文庫にする。
読者も数年待てば文庫になり、安く買えると分かっているので、単行本を買い控える。
かくして単行本が売れなくなり、文庫に依存するようになり、その文庫も売れなくなった、というのが現状だ。
よく、出版関係者が「ネットや図書館のせいで本が売れない」と嘆くと、「読みたい本を作らないからだ」と批判される。だが、図書館では刊行されて間もない本が大量に貸し出しされているのだから「読みたい本がない」というわけでもないだろう。
文藝春秋の松井社長は「2014年から売れ行きが落ちた」と言っている。新潮社の佐藤社長が発行後1年間の貸し出しを控えてほしいと要望したのが2015年。
つまり、両社長とも、2014年から2015年にかけてかなりの危機感を抱いたことが窺える。
その2014年に何があったかというと、4月から消費税が5%から8%に上がったことだ。よく言われるが、この影響はけっこう大きく、本当に4月になって売り上げは激減したのだ。そして、その後も回復していない。
書籍・雑誌の売上不振の原因のひとつとして、消費税増税があっただろう。だが出版界だけが打撃を受けたのではないから、それだけのせいにはできない。
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