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[書評]『井筒俊彦の学問遍路』

井筒豊子 著 澤井義次 解説

駒井 稔 編集者

妻が語る井筒俊彦の知られざる素顔  

 冒頭に掲げられた井筒俊彦と夫人である豊子の写真は、穏やかに齢を重ねた夫婦を撮った平凡な1枚のように見える。しかし、この本を一読してから、もう一度この写真を見ると、にこやかに笑う豊子と彼女を横目で見ている井筒俊彦の少年のような眼差しに、生涯にわたるこの二人の関係性が鮮やかに表現されていることに気づく。

『井筒俊彦の学問遍路——同行二人半』(井筒豊子 著 澤井義次 解説 慶應義塾大学出版会) 定価:本体4000円+税拡大『井筒俊彦の学問遍路――同行二人半』(井筒豊子 著 澤井義次 解説 慶應義塾大学出版会) 定価:本体4000円+税
 本書は、20世紀の日本が生んだ稀有の学者、井筒俊彦の知られざる素顔を、妻である豊子が初めて語った魅力的な作品である。

 構成は3部からなり、最初に豊子が2004年に受けた3回にわたるインタヴューに加筆修正したエッセイ。次に彼女が井筒眞穂名義で文芸誌などに発表した文章。ついで和歌についての本格的な論考が2篇収録されている。

 年譜によれば、豊子は1925年生まれ。1952年、東京大学文学部文学科仏文学専攻を卒業した年に、井筒と結婚している。当時としては例外的といっていい高学歴な女性だったのではないだろうか。

 編者である坂上弘の附記によれば、当初、豊子は20年に及ぶ海外での研究生活について「井筒は研究し私は食事を作っていただけです」と何も語らなかったという。だが、あるとき考えを変え、エッセイのタイトルも自分でつけたうえで、内容をまとめていった。また、井筒が亡くなった後、豊子は夫の全作品を読み直すことを日課とした。

 エッセイは井筒俊彦との初めての外遊(懐かしい響きだ)に出かけるところから始まる。昭和34年すなわち1959年7月。ロックフェラー財団の招きで2年間の研究旅行へ出かける。

 ベイルートに5カ月、カイロに10カ月、それから、ボン、パリを経由してカナダ・モントリオールのマギル大学、ハーバード、カリフォルニア大学に寄って2年間の研究旅行は終了する。この間に出会う綺羅星のごとき碩学たちとの交流は、それこそオリンポスの神々の祝宴を思わせる贅沢さである。

 しかし、読んでいて楽しいのは、豊子がぽつりぽつりと語る、知られることのなかった井筒の素顔である。

 たとえば語学の天才と言われた井筒が実際に言葉を操る場面だ。井筒はアラビアの地を踏んだとき、実際にアラビア語をしゃべることができることを心底楽しんだ。しかも彼が口にするのは「文語」だった。ムハンマドの頃の口語だから、日本語でいえば「何々で候」というような調子らしい。現地の学者はもちろん文語を使うことができるが、肉屋や乾物屋に行っても文語で会話するので、現地の人に珍しがられて大評判になったという。井筒の面目躍如というべき痛快なエピソードだ。

 レバノンでは、乾物屋に買い物に行って偶然知り合ったリビアのトリポリ出身の若い女性を連れて帰って、自宅に住まわせた。破天荒な振る舞いにも思えるが、ナジラとライラという姉妹は井筒邸に実際に住んだという。彼女たちは井筒とは、もちろん文語ではなく口語のアラビア語で会話をし、彼はそれをきちんと身につけていった。豊子自身はこういう夫の行動を本当はどう思っていたのかは書かれていない。

 カイロに滞在していた時の話も面白い。井筒夫婦は同僚の家族とアレキサンドリアの近郊に避暑に出かける。そこで本物のベリーダンスを堪能するのだが、豊子はダンスには感動するものの、その後に演じられた田舎風な漫才はもちろん全く理解できない。ところが、井筒は友人と一緒にゲラゲラ笑ってこれを楽しんでいたという。井筒の語学能力の高さを物語るに充分な逸話である。

 はじめての外遊から帰国してからも、実際には海外を拠点とする生活が20年も続くことになる。井筒自身は日本にいたかったらしいのだが、どうやら背中を押したのは豊子だったようだ。

 1975年にはテヘランのイラン王立哲学アカデミーに奉職する。だが、1979年、イラン革命が勃発。最後の航空機で辛くも脱出する。

 そんな切迫した事態のなかで、なぜか井筒は空港の売店でつまらないブローチを10個ばかり買った。現実感覚の希薄な夫に対して、豊子の困惑した様子が目に浮かぶようだ。

 井筒は表面的には、とても愛想がいいのだが、本当は人嫌いで内気な人だったと豊子は記している。特に会議や宴会など社交は苦手だったらしい。

 自らの夫婦関係に関する豊子の述懐が興味深い。お互いに理解はしていたかもしれないが、「井筒は本当には私のことはわからなかったし、私も、井筒が亡くなってから何となく井筒がわかってきた」というくだりを読むと、これだけ知的な夫婦でもお互いを理解することの困難さを伝えていて、不思議の感に打たれる。

 豊子は小説家志望で佐藤春夫に師事していたという。第2部に収録された井筒との同行記は、文学的な味わいが深い。同時に優れた観察眼に驚かされる。読んでいると、井筒の伴侶としての豊子とは別に、一人の書き手としての井筒豊子が生き生きと立ちあがってくる。

 豊子は2017年4月25日、脳梗塞のために息を引き取った。91歳だった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動になり、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。「いま、息をしている言葉で」をキャッチフレーズに古典の新訳を刊行開始。10年にわたり編集長を務めた。筋金入りの酔っ払いだったが、只今禁酒中。1956年、横浜生まれ。