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[書評]『核DNA解析でたどる 日本人の源流』

斎藤成也 著 

松本裕喜 編集者

われわれはどこから来たのか  

 角書の「核DNA解析でたどる」の言葉にひるむところはあったが、200ページ強の本なので挑戦してみた。

『核DNA解析でたどる 日本人の源流』(斎藤成也 著 河出書房新社) 定価:本体1400円+税拡大『核DNA解析でたどる 日本人の源流』(斎藤成也 著 河出書房新社) 定価:本体1400円+税
 1980年代からの、細胞の核外にあるミトコンドリアDNA(母系遺伝)とY染色体(父系遺伝)のDNA解析に加えて、2004年以降には細胞の核内の常染色体すべてが調べられる核DNA解析=ヒトゲノム解析が可能になった。

 親から子に伝わる遺伝情報(卵と精子に入っている23本の染色体)を「ヒトゲノム」と言い、人間は母親と父親からひとつずつゲノムを受け継いでいる。ヒトゲノムはアルファベット4文字(A、C、G、T)32億個で表現される。現在はヒトゲノムの100万か所が調べられるようになり、ヒトの起源や進化についての理解が格段に進んだという。

 この本は数万年前にもさかのぼる古代人の骨や歯のなかに残るDNA(「古代DNA」)の解析データを駆使して、日本列島に住む人々はどんなヒトなのか、どこから来たのかをさぐった本である。以下、本書のあらすじをスケッチしてみる。

 人類学などの現在の知見では、700万年ほど前に猿人が出現したあと、300万年前にホモ・エレクトス(原人)、50万年前にアフリカで旧人、同じアフリカで20万年前にホモ・サピエンス(新人)が出現、6万~8万年前にこの新人がアフリカを出て(「出アフリカ」)、世界各地に広がっていった。

 猿人や原人の存在を証明するのは化石だが、旧人(ネアンデルタール人やデニソワ人)以降の人骨のゲノム解析は進んでいるという。アフリカ人以外の現代人には1~3%のネアンデルタール人のゲノムが伝わっており、出アフリカの過程で新人とネアンデルタール人との混血があったと著者は見ている。東半球での人類拡散においては東南アジアがかなめの位置にあったとの指摘もある。

 この本では「日本」「日本人」という言葉はあまり用いられていない。「日本」という名称は7世紀の大和朝廷以降のものであり、古代世界においては「日本」「日本人」という概念自体がないからだ。著者は、古くから日本列島に住んでいた人々を、作家の島尾敏雄が提唱したヤポネシアから「ヤポネシア人」と呼ぶ。ヤポネシアは樺太島、千島列島、北海道の「北部」、本州、四国、九州の「中央部」、奄美大島から与那国島までの「南部」からなり、ヤマト人、アイヌ人、オキナワ人が住んでいる。

 それではヒトがヤポネシアに来たのはいつだろうか。現在発掘されているいちばん古い人骨は沖縄本島那覇出土の約3万2000年前のもので、石器は約4万年前のものが列島各地で出土している。

 考古学では4万年~1万6000年前を日本の旧石器時代、1万6000年~3000年前を縄文時代、3000年前~紀元200年ごろを弥生時代と呼んでいる。旧石器時代に東南アジアに住んでいた人々の子孫が移住してきてこの列島に住みつき縄文人を形成(土着縄文系)、弥生時代には北東アジアに住んでいた人々の一系統が渡来、水田稲作農業を導入し北部九州から列島中央部に移住、縄文人の子孫との混血を重ね、現在の日本列島に居住する多数派(ヤマト人)を形成した(渡来弥生人系)。これが人骨の形態の研究から山口敏や埴原和郎が1980年代に提唱した「二重構造モデル」である。

 しかし、福島県三貫地(さんがんじ)貝塚から出土した百数十体の人骨のゲノムDNAを解析すると、縄文人は東ユーラシアの北方集団(モンゴル人、北方中国人など)や南方集団(ベトナム人、南方中国人など)ともかけ離れた集団であることがわかった。縄文時代の人々がどこから来たのかは、いまだに謎なのである。

 著者らのDNA解析によるとアイヌ人、オキナワ人、ヤマト人の順に縄文人のゲノムを受け継ぐ割合が高いそうだ。また東アジアの人類集団の関係を系統樹で示すと、ヤマト人と韓国人の位置は近く、北京と上海の漢民族の遺伝的違いはヤマト人と韓国人の遺伝的違いの3倍強になるという。

 さらに著者は縄文人、弥生人とは異なる第三の集団を想定し、「ヤポネシアへの三段階渡来モデル」を提唱する。第一段階は4万年~4400年前で、ユーラシア各地から狩猟採集民が渡来した。東ユーラシアに現在住んでいる人々とはDNAの異なる人々である(縄文人)。第二段階は4400年~3000年前で、朝鮮半島、遼東半島、山東半島に囲まれた海岸部から来た「海の民」とする(第三の集団)。第三段階前半は3000年~1700年前で、朝鮮半島経由で渡来した稲作農耕民(弥生人)、後半は1700年前~現在(古墳時代以降)で、朝鮮半島を中心にユーラシア各地から渡来した民である。著者は古墳時代以降も大陸からの渡来は現在まで途切れることなく続いているとみる。

 縄文人のあと弥生人の来る前に第三の集団の渡来があったとする仮説だが、この集団は漁労を主とする「海の民」なのか、考古学の藤尾慎一郎の説く「園耕民」(農耕も行う狩猟採集民)なのか、検証はこれからの課題のようである。

 本書の最終章では、Y染色体、ミトコンドリアDNA、ABO式血液型遺伝子のほか、言語、地名からの源流探しも紹介されている。天津神や国津神、記紀神話の解釈にも踏み込み、日本語の起源にも触れた『日本列島人の歴史』(岩波ジュニア新書)をあわせ読むと、著者の豊かな想像力がわかる。

 この本を読んで、コンピュータを駆使して膨大な情報を処理するにあたっても、何を取り上げ、何を調べ、何と比較するか、得られた結果(情報)をどう判断するか等々、結局は当事者の推論を重ねる構想力と判断力が必要なのだと思った。

 ヒトゲノム解析は新しい分野である。新しいDNAデータの解析などによって、ヒトの進化の歴史においていま事実とされていることが翻されることも出てくるだろう。逆に、データと『古事記』や『日本書紀』、『風土記』などの記述との照合から神話的世界に埋もれていた事実が掘り起こされることもあるのかもしれない。

 日本列島の歴史に新たな観点を付け加えてくれる本ではないだろうか。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

松本裕喜

松本裕喜(まつもと・ひろき) 編集者

1949年、愛媛県生まれ。40年間勤務した三省堂では、『日本の建築明治大正昭和』(全10巻)、『都市のジャーナリズム』シリーズ、『江戸東京学事典』、『戦後史大事典』、『民間学事典』、『哲学大図鑑』、『心理学大図鑑』、『一語の辞典』シリーズ、『三省堂名歌名句辞典』などを編集。2013年退職後、俳句雑誌『鬼』編集長。本を読むのが遅いのが、弱点。