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[書評]2017年 わがベスト3 (4)

『枕草子のたくらみ』『神田神保町書肆街考』『月の満ち欠け』……

神保町の匠

奥 武則(ジャーナリズム史研究者)
●山本淳子『枕草子のたくらみ――「春はあけぼの」に秘められた思い』(朝日新聞出版)
 著者によれば、「枕草子」は、中宮定子をいただく一条天皇の後宮の華やかな文化と明るく知的な定子その人を寿ぐために書かれた。そのかなりの部分は、定子の死の後になった。その意味で、「枕草子」は《喪われたものへの鎮魂の書》であり、《一つの〈挽歌〉》であるという。

 機知あふれる文体と視覚で、後宮の日々を斬新に切り取った作品という、「枕草子」に対するイメージが一新された。同時に、紫式部が「紫式部日記」に書き残したことによって、後の人々が抱くようになった、生半可な知識をひけらかす、鼻持ちならない女性という清少納言に対する評価が一面的であることも知った。著者の平安朝文学研究者としての力量に、深い人間理解が相まって生まれた名著といっていい。
[書評]相対評価と絶対評価の違い

●東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(株式会社ゲンロン)
 2014年に刊行された『弱いつながり――検索ワードを探す旅』(幻冬舎)で著者は、村人・旅人・観光客という三分法を提案していた。人間が豊かに生きていくためには、特定の共同体にのみ属する「村人」でもなく、どの共同体にも属さない「旅人」でもなく、基本的には特定の共同体に属しつつ、ときおり別の共同体も訪ねる「観光客」的なあり方の重要性を主張した内容だった。本書は、西欧における人文学の流れを飲み下しつつ、この主張を哲学として展開する。

 現代社会はグローバリズムの時代でもなければ、ナショナリズムの時代でもない。異なる秩序が重なりあっているのだ。こうした時代に私たちはどうしたら、公共性を立ち上げることができるのか。著者はアントニオ・ネグリとマイケル・ハート『〈帝国〉――グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社)の「マルチチュード」を手掛かりに、「郵便的マルチチュード」としての「観光客」という概念を提示する。

 郵便的マルチチュード=観光客がよりどころにする新しいアイデンティティとして論じられるのが、家族である。「観光客の哲学は家族の哲学によって補完されなければならない」と著者はいう。家族は強制性を持つ。だが、同時に実は偶然性と拡張性を備えてもいる。著者自身、「草稿」という「家族の哲学」はたしかに荒削りのようにもみえる。だが、肝心の点はしっかり論じられている。著者によって脱構築された家族の概念は政治的連帯の基礎になりうるように思える。

●篠田英朗『ほんとうの憲法――戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)
 平和構築を専門とする国際政治学者による、まことに論争的な著作である。冒頭に憲法学者長谷部恭男早稲田大学教授の、朝日新聞に掲載された対談記事での次の発言が引かれている。長谷部氏は「法律の現実を形作っているのは法律家共同体のコンセンサスです。国民一般が法律の解釈をするわけにはいかないでしょう。素っ気ない言い方になりますが、国民には、法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかないのです」と語っている。

 長谷部氏は、安倍政権による安保法制を違憲とする立場である。著者はこの発言を入り口に「憲法学者コミュニティの知的閉塞」を指摘する。私も長谷部発言にびっくりしたので、著者の指摘に大いに共感した。

 日本の憲法学のガラパゴス的状況が国際水準と比較してさまざまに明らかにされる。たとえば、憲法9条。憲法は、前文で「平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して……」と国際協調主義を謳う。著者は、憲法9条は独善的なロマン主義の産物ではなく、この前文に即した国際協調主義の一表現だったという。憲法9条は、世界に冠たる独自のものでも何でもないのだ。国際法の常識を踏まえた著者の憲法論に接して目からうろこが落ちる思いだった。

山本淳子『枕草子のたくらみ――「春はあけぼの」に秘められた思い』(朝日新聞出版)拡大山本淳子『枕草子のたくらみ――「春はあけぼの」に秘められた思い』(朝日新聞出版)

野上 暁(評論家・児童文学者)
●鹿島茂『神田神保町書肆街考――世界遺産的“本の街”の誕生から現在まで』(筑摩書房)
 神保町が、なぜ世界にも類を見ない古書の街になったのか。幕末から現代まで、書物と学問への熱情が幾重にも堆積した世界的にも特異な地勢であるこの町の近代を、膨大な資料と様々な記録や証言をもとに560ページを超える大著として描き出す。著者の濃密な古書愛と神保町愛に裏打ちされた精緻な叙述が読み手を圧倒する。
[書評]書物と学問への熱情が堆積した特異な街の近代史

●大田昌秀編著『沖縄鉄血勤皇隊――人生の蕾のまま戦場に散った学徒兵』(高文研)
 沖縄戦末期の鉄血勤皇隊の無残な死に方は筆舌し難いものがある。県内12の男子中等学校の少年たちは残らず隊に組み込まれて二等兵として出陣し、約1800余人のうち1550人余が命を落としたという。自らも戦場に送られて九死に一生を得た元県知事の編著になるこの本は、当事者の証言と貴重な資料で戦場に若き命を散らした学徒兵の非業の死を炙りだす貴重な一冊である。沖縄を本土防衛の防波堤として、島民の全死をも辞さないという大本営の認識は、在日米軍基地の70パーセントを沖縄に押し付けている現代にも通底しているようで示唆的だ。

●赤坂憲雄『性食考』(岩波書店)
 人間の命の根源である食欲と性慾、食べることと交わることを巡って紡がれた物語を、神話や日本昔話やグリム童話、宮沢賢治の童話などを引き合いに考察。センダックの絵本『かいじゅうたちのいるところ』(冨山房)の最後に、「おれたち たべちゃいたいほど おまえが すきなんだ。たべてやるから いかないで」と叫ぶ場面がある。著者はそこに「食べることには攻撃性という側面のみならず、交流性に加えて一体化という意味合いが含まれているのだとしたら、食というものが比喩的に、あるいは比喩のレベルを超えて、そのまま性による交流や一体化へと繋がっているのは、むしろ当然であったのかもしれない」と読み解くなど刺激的。

*昨年今年と、辺野古と高江の新基地反対集会に行った。敗戦後の日米関係の様々な矛盾が、沖縄に集約的に投影されているようで他人事とは思えない。

 上原正三『キジムナーkids』(現代書館)は、沖縄を舞台にした少年たちのサバイバル冒険談だが、全島民の4分の1の命を奪った沖縄戦と敗戦後を少年の目から活写した、絶望的な状況の中に希望を見出す沖縄少年文学の傑作だ。沖縄県子ども総合研究所編『沖縄子どもの貧困白書』(かもがわ出版)によると、子どもの貧困率は本土の3倍だという。沖縄が気になる昨今である。
[書評]『この世界の片隅に』の続きのようなお話(『キジムナーkids』)
[書評]官民一体による取り組みが提起する明日への希望(『沖縄子どもの貧困白書』)

高橋伸児(編集者・WEBRONZA)
 小説、ノンフィクション、そして書物じたいに関する本から各1冊。
●佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店)
 女性が、次々と、「月」のように、死んで、生まれ変わっていく。前世の記憶が残る彼女たちを愛する恋人であり夫であり父親である男たちの30年以上にわたる年月と、錯綜する人生模様。何が縦軸で何が横軸かも不鮮明になりかねない危うい主題だが、そこを軽やかに飛び越えていく文体と構成力、リアルな迫力に唸る。ページをめくるのすらもどかしいような、同時に、ページが残り少なくなるのが惜しいような経験(快楽)を久方ぶりに味わった。直木賞は真っ当な賞であった。

●大鹿靖明『東芝の悲劇』(幻冬舎)
 日本を代表する大企業が蟻地獄に転落する軌跡。北野武による暴力団組織の暗闘を描いた映画『アウトレイジ 最終章』のキャッチコピー「全員悪人」はまさにこの会社にもあてはまるのか。学生時代は人望があり、優秀だった人物が経営幹部に上り詰めるのと並行して露わになる外面と内面。この会社のありようは、別の道への分水嶺=「if/もし~」を問うことが意味をなさない、多くの組織に普遍的な“業”だったかのようだ。
[書評]日本の負の縮図

●紀田順一郎『蔵書一代――なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』(松籟社)
 80歳になった稀代の蔵書家が、3万冊の蔵書を古書市場に手放した顚末を明かした「痛恨の書」。「蔵書」とはいったい何なのか。このデジタルの時代に、多額の費用と手間と、時に家庭不和の原因までつくりながら、家の中を本の山にして書物を手元に置きたがるのはなぜか。それを「生前処分」しなければならない理不尽さへの怒りの射程は日本の住宅事情にまで広がる。「蔵書一代、人また一代、かくてみな共に死すべし」。であるなら、そもそもなぜ人は本を読むのか……。
[書評]大蔵書家、“一世一代"の本

[番外]
フランコ・ベラルディ(ビフォ)著、杉村昌昭訳『大量殺人の“ダークヒーロー"――なぜ若者は、銃乱射や自爆テロに走るのか?』(作品社)
 世界で絶えることのない大量殺人/テロリズムのおのおのの事例を、「脱領土化」する絶対資本主義という歴史的、構造的文脈の中に位置づけた画期的な思想書。事件のたびに溢れるそれらしい解釈はこの本の前に無残に霞んでしまう。

 本欄(2)で小木田順子さんも触れていたが、2017年は、『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』などという「ヘイト」本が大講談社から刊行され(講談社の悲劇?)、それが爆発的に売れ、あまつさえ、社内で評価されたという。きれいごとでは済まない出版状況であることは重々承知だが、来年、このベストセラー化が「決壊」の端緒だったと振り返られないことを祈りたい。その意味で漫画版、新装版合わせて100万部を突破した吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)は希望の書でもある。
『君たちはどう生きるか』をどう読むか(WEBRONZA)

WEB書評 三省堂書店×WEBRONZA 神保町の匠