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[書評]『UPSTARTS』

ブラッド・ストーン 著 井口耕二 訳

井上威朗 編集者

圧倒的な成功の理由を探る、圧倒的すぎる取材

 海外メディアから記事を翻訳して紹介する、というメディアで働かせていただき数年になります。

 その仕事を始めたころ、ボツになりがちな企画の筆頭が、当時いかにもイケてる感じで出現してきた新興企業の数々を扱ったものでした。

 実際、詐欺としかいいようのない企業もありましたし、何か面白そうだからといってすぐに飛びつくものではなかったなあ、とも今では思います。

 ですが、2013年あたりから潮目が変わった感じがありました。その5年くらい前に創業された「ウーバー」と「エアビーアンドビー」が、いかにも「俺らはほかのポッと出の会社とは違うぜ」感を出しながら目立ってきたからです。

 たしかに、スマホひとつで車を呼べるウーバーも、世界中どこでも宿を見つけられるエアビーアンドビーも、サービス内容を知ると少し試してみたくなる「新しさ」がありました。記事を作ってみると、けっこう読者の反応が良かったことを覚えています。

 でも思い起こせば、やっぱりポッと出の会社としか言いようがありません。おまけにちょっと調べれば類似サービスが山ほどあり、別に「新しさ」もありませんでした。

 ではこの両社、ほかの会社と何が違ったのでしょうか。改めて知りたいという向きに最適の企画として推薦できるのが本書であります。

『UPSTARTS UberとAirbnbはケタ違いの成功をこう手に入れた』(ブラッド・ストーン 著 井口耕二 日経BP社)拡大『UPSTARTS――UberとAirbnbはケタ違いの成功をこう手に入れた』(ブラッド・ストーン 著 井口耕二 訳 日経BP社) 定価:本体1900円+税
 著者は、米ビジネス誌「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」において、新興企業関係者だけでなく、それを規制しようとする抵抗勢力も公平に徹底取材してきたスゴ腕ジャーナリスト。翻訳者は、『スティーブ・ジョブズ』(講談社)で知られる手練れの実力者です。

 この黄金コンビで日本に上陸してきた本書、みっしりした版面デザインの上に注記も盛り込んだ500ページ近い大著ですが、定価は税抜きだと2000円を割る良心的設定です。

 造本も読みやすさ優先でシンプルに作られ、小見出しも最小限におさえてページ数を絞っています。少しでも安く、広く読まれる本にしようという出版社の意志がうれしい限りです。

 実際きわめて読みやすく、裏切りと言い訳と大言壮語に満ちた濃厚なドラマを堪能していると、一気に読破できてしまいます。そしてウーバーとエアビーアンドビーがどうして成功しつつあるのか、その理由を考えるにあたって必要な情報をすべて手に入れることができます。まさに特盛りの良い本でした。

 ……と、ここで終わると、「その成功の理由まで書いてけ!」と怒られそうな気がするので、私なりの解釈も書いておきます。

 おそらく本書の著者は、両社の躍進を支えたCEOの共通点に、その「理由」を求めていると思われます。その共通点は以下のようなものでしょうか。

・スマホが世界共通のインフラになると見込み、よそ見をしないでスマホに最適化されたサービスを練り上げた。

・それでも自らのビジネスの成功を時代の潮流のせいにしない。100年くらい固定していた業界(タクシーとかホテルとか)への顧客の不満に徹底的に向き合った。というかCEO自身がその不満を持つ顧客だった。

・残念なことに、事業の成長にあたって、リスクにさらされた少数派への対応は後回し。かっこよくブチあげたビジョンと整合性がつかないから。

・規制してくる抵抗勢力には、最初のうち友好的にやり過ごす。やがて成長して潰せないほど存在感が出てきてから、ユーザーの声(つまり有権者)を味方につけて、自分たちに有利な制度を作り上げる。

 本書に書かれた数々のエピソードを見ると、両社のCEOは、パーソナリティも事業に身を投じた動機付けもまったく異なることがわかります(それゆえ、片方は無残な失脚をとげてしまいます)。ですが、そこであえて「共通点を探しつくす」姿勢にこそ、本書のすごみがあるのでしょう。

 私自身はウーバーの迎車アプリを利用してもまるで車が来ないのであきらめたり、エアビーアンドビーで部屋を提供する人に宿泊申請しても無視されたり、両サービスのデビューに失敗したままで現在に至っています。ところが本書の著者は、しっかりこれらのサービスを利用したうえで、CEOにも臆せず問題点を突っ込んでくれます。おかげで記述の説得力も高くなっていると考えられます。

 ということで本書、最新の「勝ち組」の論理を知る上でも必須ですし、後世に残す資料的価値も高い良書であると断言できるでしょう。

 ですがすみません、タイトルにした「アップスタート」という単語は定着しない気がします。無理にこじつけたような新概念を持ってこなくても、もっと入りやすいベタなタイトルがあったろうに、とそこだけ残念な思いがしました。

 でもこんなこと、日夜ウェブ記事のタイトル付けに失敗して「またページビューが……」などと泣いている人間に言われたくはないでしょうね。ここらで失礼いたします!

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在はまたWeb雑誌にて書評を担当。手がけた企画は竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』、本田透・堀田純司『メカビ』、斎藤貴男『「東京電力」研究 排除の系譜』(第3回いける本大賞)、古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』など。