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[書評]『バテレンの世紀』

渡辺京二 著

小林章夫 帝京大学教授

東西文化交渉を見事に描いた名著  

 素晴らしい歴史書である。タイトルにある通り、日本におけるキリスト教布教の歴史を詳しく描いたものだが、著者の視野の広さには圧倒される。

『バテレンの世紀』(渡辺京二 著 新潮社) 定価:本体3200円+税拡大『バテレンの世紀』(渡辺京二 著 新潮社) 定価:本体3200円+税
 1853年、鎖国時代の日本に大きな衝撃を与えたのはペリー率いる黒船の来航だが、これを著者は「セカンド・コンタクト」と呼ぶ。そしてファースト・コンタクトはその300年前、キリスト教イエズス会のポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルの日本来訪である。

 キリスト教にとどまらず、多くの宗教は布教に際して、さまざまの軋轢を生み出してきたが、このファースト・コンタクトの場合も例外ではなく、いや、世界史上もっとも激しい軋轢を生みだした。

 いわゆる「キリシタン」布教史のドラマは、近代を迎える手前の日本に多くの悲劇をもたらした。国家統一を目指して一目散に進んだ織田信長はもちろん、「天下人」となった豊臣秀吉、最終的に統一を成し遂げ、やがて鎖国への道を切り開いた徳川家康らのバテレンとの接し方には種々の違いがあったし、それだけではなく戦国の世を生き抜いた各地の領主、そして言うまでもなく領民、民衆にもこの異国の宗教、そしてこれを布教する宣教師との間でさまざまな確執があったことは言うまでもない。

 しかし本書を読んで改めて気づかされたのは、布教する側も決して一枚岩ではなかったこと、布教という行為が経済活動と結んでいたことである。そんなことは当たり前だと思うかもしれないが、本書はそうした俗世界も十分に視野に入れたうえで、例えば宣教師の日本語力にまで犀利なメスを入れて描写を進めていく。目の付け所が見事なのである。

 まず、そもそもファースト・コンタクトの先駆けとなったポルトガルのアジア遠征には、富への渇望、凄まじい物欲があったことを見逃していない。東洋への進出には、中国の絹、日本の銀を狙う意図があったことを忘れてはいないのである。西欧のグローバリズムへの野望とは、経済的な意図とキリスト教の伝道とが常に重なり合っていたのだ。いや、キリスト教の伝道という「美名?」の裏に、たえざる物欲があったのである。

 もう一つ、本書が詳しく教えてくれるのは、日本への伝道に従事したバテレンが、全て必ずしも日本語の研鑚に励んでいたわけではない事実。通訳の養成も決して十分ではなかったことである。しかしそれにもかかわらず、ファースト・コンタクトによってかなりの成果を収めたことは事実であり、それが悲惨なキリシタン弾圧に結びついたことも忘れてはなるまい。

 膨大な文献を渉猟、読みこなしたうえで叙述されたこの東西文化の交渉史の最大の成果は視点の広さと、生き生きと描かれた登場人物の姿で、通史なるものがともすれば一方を欠くきらいがある中で、練達の著者は両者を見事に融和させている。そのことを如実に示しているのは本書終盤の部分で、島原・天草の乱を西欧中世に起きた「千年王国運動」と重ね合わせつつ、日本史上最大の謎の人物天草四郎を描き出した部分であろう。ここに至って、評者は優れた歴史書を読む快感を改めて味わった。

 『選択』という特異で貴重な雑誌に長く連載されたこの歴史が浩瀚な1冊となって世に出たこと、これは近来稀に見る英断である。多くの読者に恵まれることを願ってやまない。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

小林章夫

小林章夫(こばやし・あきお) 帝京大学教授

専攻は英文学だが、活字中毒なので何でも読む。ポルノも強い、酒も強い、身体も強い。でも女性には弱い。ラグビー大好き、西武ライオンズ大好き、トンカツ大好き。でも梅干しはダメ、牛乳もダメ。著書に『コーヒー・ハウス』(講談社学術文庫)、『おどる民 だます国』(千倉書房)など、訳書に『ご遺体』(イーヴリン・ウォー、光文社古典新訳文庫)ほか多数。