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[書評]『私の少女マンガ講義』

萩尾望都 著

野上 暁 評論家・児童文学者

フロントランナーの視点で語られた歴史と技法が示唆的だ

 いまや世界中の少女たちを魅了している日本の少女マンガだが、1970年代にその新時代を開拓した一人である萩尾望都のマンガ論ということで、興味津々で読んだ。

『私の少女マンガ講義』(萩尾望都 著 新潮社)定価:本体1500円+税拡大『私の少女マンガ講義』(萩尾望都 著 新潮社)定価:本体1500円+税
 実は、2012年にパリで開催されたサロン・ド・リ―ブルに大江健三郎らとともに招待された彼女が、図書展の会場で講演するのを聞いたことがあった。満席のフランスの若者たちを前に、日本の少女マンガと自作について語ったのを聞きながら、いつか本になったらいいなと思っていただけに、この本に対する個人的な期待も大きかったのだ。

 本書のⅠ章は、2009年にイタリアのナポリ東洋大学、ボローニャ大学、ローマの日本文化会館で行われた講演会を、ライターで編集者の矢内裕子が少女マンガ講義録としてまとめたものだ。

 手塚治虫の『リボンの騎士』から始まり、2004年に発表された、よしながふみの江戸を舞台に男女を逆転させたパラレルワールドを描く『大奥』に至るまでの、ほぼ半世紀にわたる少女マンガの変遷を、その時々のエポックとなった作家と作品を紹介しながら独特な視点で体験的に語る。それ自体がコンパクトな少女マンガ史として、実に要領よくしかも的確にまとめられていて感服した。

 さらに、自作についての解説として、『半神』、『柳の木』、『ローマへの道』、『イグアナの娘』の4作を、それぞれ必要なページを紹介しながら、作者としての思いや各場面に込められた意味について語る。『半神』では、コマ展開のテクニックについて解説され、『柳の木』の最初からネームレスのページが延々と続く場面解説からは、見えない物語が浮かび上がってくる。そして『イグアナの娘』の憎悪の作品構造は、マンガだからこそできた表現世界でもあるが、ジュリア・クリステヴァの母娘関係論を彷彿させながらも、その了解点が素晴らしい。

 自作の解説の後、イタリア人聴講者からの質問が続く。それぞれの質問から、いかに日本の少女マンガが熱心に読まれ、萩尾作品を深く理解しているかが見て取れる。イタリア人ジャーナリストのインタビューで、日本の少女マンガが世界へ浸透していった理由を問われると、「思春期の女の子に普遍的にある気持ちを表し、共感が生まれたから」と答えたのにも納得させられる。それが少女マンガをここまで育ててきたエネルギーでもあったのだ。

 Ⅱ章「少女マンガの魅力を語る」は、イタリア講演で話題になったトピックを中心にした矢内によるインタビューである。いまや国の戦略としてマンガやアニメが注目されているのだが、「国がいくら旗を振っても思うようにいかないのがクリエイティブの怖さだ」と言い切るあたりはさすがだ。

 そしてまた、「出版社が雑誌でヒットした作品の後をいつまでも追って似たような作品を求め」、新しい傾向の作品に「これじゃダメだ」と間口を狭くしている間に、「若い作家さんたちは自分の好きなものをどんどん自由に同人誌で描いていた。その人気を無視できなくて、リクルートするようになったのは当然ですね」という指摘も鋭い。マンガ産業が頭打ちの中で、コミケがますます隆盛なのもよくわかる。

 「物語のつくりかた」も示唆的だが、なんといっても「コマ割りについて――マンガの基本」からはマンガの読み方の目が洗われる。コマ割りは個性だとして、様々な作家のコマ割りの特徴を比較してみせる。コマはリズムであり、目線も誘うし、読み手を翻弄することもできる。「モーツァルトのようなコマ割りを」とは、謂い得て妙である。

 Ⅲ章は「自作を語る」で、3・11以降の『なのはな』から『春の夢』にいたる作品が、どのような心境で書かれたかについて語る。これが圧巻である。3・11の震災と原発事故にショックを受けた萩尾は、連載中の「ここではない☆どこか」が描けなくなる。原発事故が起こらなかった世界を描くわけにはいかないと思うのだ。その頃に、チェルノブイリでは菜の花を植えて、土壌からセシウムを除去していると知る。「長い時間をかけて、環境を回復する試みをしていることに、希望を見た気がして、その希望に自分もすがりたかったんです」と萩尾は言う。

 作品を描くために、改めて原子力発電のことを調べる。マンハッタン計画や核実験、そして広島と長崎。「この力への欲望は、絶世の美女の魔力に取りつかれ、危険だと解っていても逃れられない呪縛のように思えました。それで、放射線物質を擬人化した『プルート夫人』『雨の夜』『サロメ20××』の三部作のアイディアが浮かびました」と、『なのはな』から始まる三部作に、描き下ろしの『なのはな―幻想『銀河鉄道の夜』』を加えた『萩尾望都作品集 なのはな』(小学館)の後書き「なのはなと…」で萩尾自身が記している。この本の奥付の発行日が、震災の1年と1日後の2012年3月12日となっているのも象徴的だ。

 2013年に描かれた、やはり3・11をテーマにした『福島ドライヴ』は、横長のコマ割りを多用して、『柳の木』と同様にネームレスのページが極めて多い。作品に併せて、多様な技法を駆使しながら、自在に自己表現していくところにも少女マンガの魅力があるのだろう。

 2013年にはまた、小松左京の短編『お召し』を原作にした長編『AWAY』の連載をスタートさせる。『AWAY』に重ねて、「子供の育つ力とか、子供がこれから作る未来をもっと信じたほうがいいんじゃないかな、と思うんです。今の日本は豊かな社会であるはずなのに、子供が学校で孤立したり、夜に徘徊したり、自殺しているという話を聞くと、日本では子供の文化が脆弱な気がします」と萩尾は言う。そして「待機児童問題も含めて、日本の社会は子供の成長や子育てについて、非常につらい環境だと思います」とも述べる。少女マンガの開拓者であり牽引者でもある萩尾の言葉は、今日の政治にも鋭く突き刺さる。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事。