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高畑勲監督の死を悼む(下)

問い続けた「眠らない知性と理性」

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

「かぐや姫の物語」を制作したスタジオでスタッフと談笑=東京都小金井市 2013年『かぐや姫の物語』を製作したスタジオでスタッフと談笑する高畑勲さん=2013年、東京都小金井市

戦争経験と憲法9条の堅持

 分かりやすい端的な「唯一解」が熱烈に歓迎され大衆的に支持されるとどうなるのか、高畑勲監督はその行き着く果てを幼少期に経験済みだった。

 それは、第二次世界大戦における日本人の在り方であった。開戦前は異論・懐疑・抵抗もあったものの、いったん始まってしまえば、末端の市民に至るまで熱烈に国家を支持・包摂し、勝利を疑うことなく突き進み、悲惨な末路を迎えた。日本人には日頃から「空気を読む」全体主義への同調・迎合することを良しとする傾向がある。引き返せない状況を受け入れ、むしろ積極的に参加するようになる。そして、その結果の責任は曖昧なまま看過してしまう。高畑監督はこれを「ずるずる体質」「無責任体質」と呼び、警鐘を鳴らしていた。そして、だからこそ日本国憲法第9条を絶対的な歯止めとして堅持する必要性があると訴え続けていた。

 高畑監督は、2004年に結成された「映画人九条の会」に呼びかけ人として参加し、「戦争とアニメ映画」と題する記念講演を行っている。以下はその抜粋である。

 いまは「泣ける」映画しか大ヒットしません。悲しくて泣くのでも、可哀想で泣くのでもなく、みんな感動して泣きたがる。「泣けた」というのが映画への褒め言葉です。ですから、作り手は、主人公にうまくいってほしいとそれだけを観客が願うようにもっていければ、もうしめたものです。腕のいい作り手は、リアリティのある高い水準の映像の力で、巧みに観客を引きずり回したあげく、どうしてそんなにうまくいくのかわからないまま、上手に話を運んで大団円にもちこみます。すると、みんな何度も何度も泣いてくれます。ひたすら主人公を応援して、きもちよく感動したがっているのですから。そんなうまくいくわけがない、ということなど考えたくもないらしいのです。目覚めた知性や理性はその「感動」の前には無力です。
 もし日本が、テロ戦争とやらをふくめ、戦争に巻き込まれたならば、60年前の戦時中同様、大半の人が日本という主人公に勝ってほしいとしか願わなくなるのではないかと心配です。そして気持ちよく感動しようとして、オリンピックでメダルを取るのを応援するように、日本が世界の中で勝つのを、普通の大国として振舞うのを、みんな応援するのではないか。

 また、2005年のインタビューで次のように話していた。

 日本では心が操作された経験があるわけです。私の兄もすごい軍国少年でして、死ぬつもりになっていました。最初に言った、心をとろかすものだって、ファンタジーとか恋愛とかばかりではなくて、日本という国が世界に打って出ることもそうです。オリンピックを見るとよく分かるでしょう。アナウンサーが絶叫して煽れば熱狂してしまう。
 (中略)今、何をしたらいいのかわからない、不安だという若者がいっぱい増えていると言われます。これはものすごくこわいことです。心の統一を図ってくれるようなものがドンと出てきたら、一致してしまうことは簡単に起こると思います。日本人は気持ちがそろうということが非常に好きですから、皆が一致団結して日本という国が海外で名を上げるとかいうことに向かいやすいですね。
 (中略)心がカサカサになっていて、バラバラで、現実には本当の心の結びつきとかがないんですね。このような中で自分たちの間で努力していい結びつきを生み出していくというのでなくて、上から与えられると安心するんですね。その一番大きくて恐ろしいものが戦争に引っ張っていくことだと思います。戦争はいったん始まってしまうと、そう簡単にはやめられない。やめる、というのは誤りや負けを認めることになるからです。人は始めた連中についていくしかなくなるんです。
 (中略)アニメーションが今大成功しているのは、心に働きかけているからです。しかし、私は実はその潮流の中で違うことをやってきています。観たときにその中に没入してしまわないで、理性を眠らせないような作り方をかなり前から一貫してやっているつもりです。(「高畑監督、アニメを語る――『心』『理性』そして第9条」、2005年1月10日/法学館憲法研究所)

 高畑監督は、こうした主張を自身の作品でも貫いていた。つまり、思想と創作的実践が不可分であった。

「考えさせる」作品を世に問う

 高畑監督は、溢れる感情に押し流されるままに、泣いたり感動したりしてその場でスッキリすることは「思考停止である」とたびたび語っていた。あえてその方向性を避け続け、

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