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[書評]『国体論――菊と星条旗』

白井聡 著

松本裕喜 編集者

「国体」はどこへ行ったのか

 「国体論」という書名にひかれて読んでみた。辞書で「国体」を引くと、「①その成立の事情や主権のあり方などによって異なる国家形態の特質。②国民体育大会の略」とある。しかし現在②の意味以外で国体が俎上に上ることはほとんどないだろう。

『国体論――菊と星条旗』(白井聡 著 集英社新書)定価:940円+税拡大『国体論――菊と星条旗』(白井聡 著 集英社新書) 定価:940円+税
 「国体」という言葉には思い出がある。もう30年も前の話だが、「戦後史」をテーマにした事典の項目選定の編集会議で、鶴見俊輔さんが「終戦の決定に際してあれだけ論議された『国体』はどこへ行ったか」と提起され、自身その項目を執筆された。そこで鶴見さんは、「国体とは何か。それは戦後史のなかでどこへ行ったのか。それらは、戦後史のなかでさらに問いつづけられる必要がある」と書かれている。

 その問いかけに見事に応答した本だと思った。

 戦前の日本の国体は万世一系とされる天皇を頂点とした天皇制国家であり、「君臣相睦(あいむつ)み合う家族国家」をめざした。主権は天皇にあった。著者は戦前の国体を3段階に分ける。明治維新以降、近代国民国家としての国のかたちが確立されてゆく「天皇の国民」の時代(明治時代)、次いで社会生活のさまざまな領域のなかで自由化の進んだ「天皇なき国民」の時代(大正時代)、昭和に入り世界恐慌を経て軍国主義が強まり総力戦に至る「国民の天皇」の時代(昭和前期)である。

 さらに戦後の国体も3段階に分かれるとする。敗戦からアメリカによる占領、戦後復興、戦後改革を経て高度経済成長を達成した「アメリカの日本」の時代=対米従属体制の形成期(1945~70年代初め頃)、つぎに西ヨーロッパと日本の経済成長などでアメリカの国力が相対的に低下し日米貿易摩擦が激化した「アメリカなき日本」の時代=対米従属の安定期(1970年代中頃~90年頃)、91年にソ連邦が崩壊し冷戦が終焉した後、逆に対米依存の高まった「日本のアメリカ」の時代=対米従属の自己目的化の時期(1990年代~現在)である。

 これが著者の見立てだ。「国体」というピラミッドの頂点が戦前の天皇からアメリカ(的なるもの)に置き換わったのが戦後の日本だとするのである。

 なぜそんなことが起こったのか。

 1945年8月14日、日本は「ポツダム宣言」を受諾した。当時の日本政府にとっては天皇の地位に変更のないこと(国体護持)が最重要課題であったが、国体は護持されたのか、主権はどこにあるのか、どちらも曖昧なまますぎたようだ。この時、日本の主権は天皇からGHQ(連合国軍総司令部)=マッカーサーに移った。そしてGHQは新憲法を起草する権力と同時に、政治的に必要であれば憲法をも破る権力を持っていた。占領期の主権を巡る論争では日本側はこうした事実から目を背けていたと著者はみる。

 1951年9月、サンフランシスコ講和条約が調印され、占領が終わり、日本の国体はこれ以降、「日本国国民の自由に表明する意思により決定せらる」はずであったが、そうはならなかった。

 この直後に結ばれた日米安保条約でアメリカは「我々が望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利」を得、さらに59年、米軍立川基地の拡張に対する反対運動(砂川事件)の最高裁判決で、「米軍の駐留は憲法や憲法前文の趣旨に反しない」「日米安保条約のように高度な政治性を持つ条約については……違憲かどうかを司法が判断することはできない」との判断を得た。

 天皇を国民の統合の象徴とする象徴天皇制によって天皇制は存続、「日本国憲法」第9条によって戦争の放棄が宣言されたが、沖縄の占領は続き、沖縄は米軍が自由に使用することのできる「基地の島」と化した。つまり「戦後の国体」とは、天皇制の存続と平和憲法と沖縄の犠牲が三位一体となった世界に類を見ない対米従属体制=日米安保体制であり、これを著者は「アメリカの日本」と呼ぶのである。

 2010年、沖縄の普天間基地の県外・国外への移設を提起した民主党の鳩山政権が退陣に追い込まれた時、別におかしいことを言っているわけではないのにどうしてここまで非難されるのか不思議に思ったが、これが敗戦に向き合わず対米従属を続ける「永続敗戦レジーム」(『永続敗戦論――戦後日本の核心』講談社+α文庫)の実態ということなのだろう。占領終結後も、日本はアメリカに対して主権を回復していないのである。

 そして2016年8月、「これまでのように全身全霊をもって象徴の務めを果たしてゆくことが難しくなる」として自らの退位の意向を表明した今上天皇の「お言葉」を、著者は「アメリカを事実上の天皇と仰ぐ国体において、日本人は霊的一体性を保つことができるのか」という天皇からの問いかけとみる。

 それでは象徴天皇制の「象徴」とは何か。先に紹介した編集会議で鶴見俊輔さんは「象徴(天皇制)」を「寒い京都の冬に火鉢に手をかざして象徴的に温まっている、そういう『象徴』」と形容した。

 「お言葉」によれば、現天皇にとっては、日本各地、とりわけ遠隔の地や島々へ旅し、人々の思いに寄り添い、国民のために祈ることが「象徴(天皇)」の務めを果たすことであった。

 しかし「戦後の国体」と同様、われわれは「象徴天皇(制)」と向き合ってきたと言えるのだろうか。

 白井さん、次には「天皇の象徴的行為=象徴天皇制」の今日の意味について論じていただけないだろうか。

白井聡 憲法より先に論じるべき「戦後の国体」――日本を規定するのは憲法ではなく、天皇制ピラミッドの頂点に米国をいただく「国体」だ(WEBRONZA)

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

松本裕喜

松本裕喜(まつもと・ひろき) 編集者

1949年、愛媛県生まれ。40年間勤務した三省堂では、『日本の建築明治大正昭和』(全10巻)、『都市のジャーナリズム』シリーズ、『江戸東京学事典』、『戦後史大事典』、『民間学事典』、『哲学大図鑑』、『心理学大図鑑』、『一語の辞典』シリーズ、『三省堂名歌名句辞典』などを編集。2013年退職後、俳句雑誌『鬼』編集長。本を読むのが遅いのが、弱点。