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【ヅカナビ】星組『ANOTHER WORLD』

「死後の世界」での大冒険に大恋愛!? 抱腹絶倒な落語ミュージカル

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 「月組『BADDY』に続き、またしてもやってくれましたねタカラヅカ!」な一作が誕生した。「落語ミュージカル」と銘打たれた星組公演『ANOTHER WORLD』である。直訳すれば「別世界」、つまり死後の世界が舞台だ。

 大阪の両替商の若旦那・康次郎(紅ゆずる)と菓子屋の嬢(いと)さん・お澄(綺咲愛里)は互いに一目惚れするが、恋煩いのあまり二人共死んでしまう。冥途で康次郎が出会ったのは、現世で遊び尽くしたのでさらに刺激的な遊びを求め、フグの毒を食らって冥途に来たという江戸の米問屋の若主人・徳三郎(礼真琴)だった。意気投合した二人とその仲間たちによる冥途珍道中が始まる。果たして康次郎はお澄と再会し、恋を成就できるのか?

 ……何とも破天荒なストーリーだが、ちゃんと実際にある落語がベースになっている。『ベルサイユのばら』で知られる大御所演出家の植田紳爾氏も「近日来園」するらしい。これがネットニュースで流れて話題になったが、これも落語ではお約束ごとなのだ。

 とはいえ「生きること、愛すること」の価値をストレートに押してくるところはまさにタカラヅカ。表現手段は王道ながら作品が伝えるメッセージが異色だった『BADDY』に対し、『ANOTHER WORLD』は異色ながらメッセージは王道を行っている。ともに異色作と評されそうな両作品だが、じつは真逆な異色作なのだ。

 斬新だが、ちゃんと古典芸能を踏まえている。しかも、衣装もセットも豪華絢爛。このような新作で勝負できることが今のタカラヅカの強みである。今回のヅカナビでは、そんな『ANOTHER WORLD』の面白さを、本家本元の落語との繋がりを通して見てみることにしよう。

康次郎は「タカラヅカらしくない」主人公?

 この作品、とにかく登場人物のキャラが立っている。まず、康次郎(紅)だが、一見タカラヅカ作品の主人公とは思えないヘタレなぼんぼんである。だが、その行動は意外と筋が通っているし、ここぞという時には爆発的パワーを発揮する。次第に「なんかええ奴かも」と思えてきて、人望があるのもわかる気がしてくる。バカがつくほど、いや、関西風にいうならばアホみたいに純粋すぎて、逆にそれが何やらカッコいい。その意味で十分にタカラヅカ作品の主人公である。

 対する徳三郎(礼)は粋な色男だが、肝心なところがちょっとヌケてるところに可愛らしさもある。康次郎のはんなりとした風情に対する、徳三郎の江戸っ子らしい気風の良さもメリハリが効いている。ヒロインのお澄(綺咲)は虫も殺さぬお嬢様のようでいて、どうやら強烈な素顔を隠し持っているようだ。おそらく結婚後はそれが露呈して、かかあ天下は間違いないと思われる。まあ、康次郎であれば案外楽しそうに尻に敷かれる気もするが。

 5日間放置した鯖を食べて冥途に来た喜六(七海ひろき)は間抜けすぎてお茶目だし、「めいど・かふぇ」の看板娘である初音(有沙瞳)は髪を染めたヤンキー娘である(「初音ミク」からとった名前だそうだ)。業界若手の奪衣婆(だつえのばば)・艶冶(音波みのり)は、現世ではタカラヅカでもお馴染みの傾国の美女だったらしいし、赤鬼赤太郎(瀬央ゆりあ)はたった一場面だけで強烈な存在感を残していく。『くらわんか』にも登場したビンちゃんこと貧乏神(華形ひかる)も懐かしい。極め付けは「冥途歌劇団」のスター(美稀千種)の味わいだろう。個人的には無表情さが逆に可笑しい阿修羅(如月蓮)が気に入っている。

 個性的なキャラクターは枚挙にいとまがなく書ききれない。しかも、キャラクターに合わせた衣装が凝っているのだ。とくにフグ紋で揃えた徳三郎御一行と、サバづくしで決めた喜六の衣装は必見である。

 小池修一郎氏が長年構想を温めていたという『ポーの一族』は明日海りおがいたから成立し得た作品だと思ったが、『ANOTHER WORLD』もまた、落語の舞台化を得意とする谷正純氏がいつかやりたいと思っていた作品だそうだ。そして、これもまた紅ゆずるの登場によってようやく実現したのではないだろうか。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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