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「愛国のムード」に流された「HINOMARU」

「美しい」「軍歌のよう」、賛否両論を生んだ楽曲が誕生した事情

印南敦史 作家、書評家

RADWIMPSの新曲「HINOMARU」の歌詞カード(右下)と、同曲を収録したCDのジャケット拡大RADWIMPSの曲「HINOMARU」の歌詞カード(右下)とCDのジャケット

 少し前の話になるが、映画『君の名は。』の主題歌で知られるロックバンド「RADWIMPS」(ラッドウィンプス)がフジテレビ系のサッカーワールドカップのテーマソング「カタルシスト」のカップリング曲としてリリースした新曲「HINOMARU」が話題になった。

 「この身体に流れゆくは 気高きこの御国(おくに)の御霊(みたま)」「たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代に さぁ咲き誇れ」という歌詞が賛否両論を呼んだのだ。

 好意的な人はその表現を純粋に「美しい」と評価し、反対派は「軍歌のようだ」「戦争を想起させる」と問題提起をした。6月12日の参院文教科学委員会でも取り上げられたので、記憶に残っている人は少なくないだろう。

 「侮辱的な言葉であるとか差別的な言葉であるとか、何かを批判することは一つも入ってない。いとしい誇らしい、その思いを言っただけ」という自民党の小野田紀美議員の主張は表現としていかにも的外れであり、そこまで断定すべきではないとも感じるが、さまざまな意見があろうこともまた事実だ。

 つまり、絶対的な答えは出ないのかもしれない。しかしここでは、この問題に関して僕個人が感じたことを記しておきたいと思う。

「詰めの甘さ」と「無知」

 僕が考えるに、このことについての最大の問題点は「詰めの甘さ」と「無知」である。「TVじゃ深刻そうに 右だの左だのって だけど 君と見た靖国の桜はキレイでした」と歌ったゆずの「ガイコクジンノトモダチ」にも言えることだが、相応の知名度と影響力を持った人間がそのことを話題にしたいのであれば、「キレイでした」というような認識では浅すぎるということだ。

RADWIMPS 左からギターの桑原彰、、ベースの武田祐介 ボーカルの野田洋次郎2016拡大RADWIMPSのメンバー。左から桑原彰、武田祐介、野田洋次郎=2016年
 そもそも、ボーカルの野田洋次郎氏が書いた「HINOMARU」の歌詞には、大きな欠陥がある。「僕らの燃ゆる御霊(みたま)は挫けなどしない」というフレーズが出てくるのだが、「御霊」とは神や貴人の霊に対する尊称。つまり、「僕らの燃ゆる御霊」という表現はおかしいのである。重箱の隅をつつくようではあるが、こうしたところも詰めの甘さの一端ではある。

 また、この問題に対する氏のコメントにも違和感を覚えた。

 先にも触れたように、「日本は自分達の国のことを声を大にして歌ったりすることが少ない国に感じます」「純粋に何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたいと思いました」と主張するのであれば、まず考え方や信念をしっかりと確立する必要がある。

 そうした上で主張するのであればそれを否定する権利は誰にもないが、「なんとなく漠然としたイメージ」で語っているように見えるだけに、説得力がない。そこを詰めないからこそ、(もしかしたら本人の思惑とは違ったところで)その言葉は浮遊し、誤解されてしまうことにもなりがちなのである。

 さらに、これも細かいことではあるのだが、軍歌のようだという指摘に対する「そのような意図は書いていた時も書き終わった今も1ミリもありません」という一文にも抵抗を感じた。ツイッターでの発言だったとはいえ、それは ・・・続きを読む
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筆者

印南敦史

印南敦史(いんなみ・あつし) 作家、書評家

1962年東京生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ダ・ヴィンチ」「ライフハッカー(日本版)」「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「サライ.JP」「WANI BOOKOUT」など、紙からウェブまで多くのメディアに寄稿。著書に『遅読家のための読書術 情報洪水でも疲れない「フローリーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)ほか多数。新刊は『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)

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