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必見!『犬ヶ島』は、国辱映画か?(下)

ウェス・アンダーソンの作家性再説など

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

ベルリンオープニング上映を前に会見する「犬ケ島」のウェス・アンダーソン監督(左から2人目)拡大ベルリン国際映画祭のオープニング上映を前に会見するウェス・アンダーソン監督(中央)=2018年2月

 今回は、これまでに触れえなかった『犬ヶ島』についてのトピックを、断章形式で記してみたい。

*ウェス・アンダーソン(以下WA)の厳格な描法のエッセンスをあらためて要約しておこう。すなわち、遠近法の消失点を隠すような正面ショットなどの静止画的な、一つひとつのショットの構図の設計にこだわりつつも、それとは一見相反するような<運動>、つまりカメラの移動や編集によって――また被写体自身の描く動線によって――物語をスムーズに(時にめまぐるしいほど素早く)進行させること、そうした静と動のせめぎあいにこそ、WAの到達した稀有な<形式=作家性>があると思われる。なおWAについては、2013/02/11、同02/12、2014/07/08の本欄も参照されたい。

ウェス・アンダーソンの新作、『ムーンライズ・キングダム』は素晴らしい!(上)――少年少女の駆け落ちをポップに描く(2013/02/11)
ウェス・アンダーソンの新作、『ムーンライズ・キングダム』は素晴らしい!(下)――少年少女の駆け落ちをポップに描く(2013/02/12)
『グランド・ブダペスト・ホテル』は驚きの連続だ!――またもや炸裂、ウェス・アンダーソンのブリリアントな才能(2014/07/08)

非心理主義的なパペット=犬たち

*これまでWA作品のメイン・テーマであった<家族>の主題は、本作では前面に出ないが、しかし、アタリ少年と犬たちは擬似家族的な紐帯で結束するし、アタリが小林市長の養子である点に、ねじれた父子関係というモチーフは表れている。

 また実はスポッツの弟である元野良犬のチーフが、いきおい、スポッツと同じ純血種の猟犬であるという設定にも、<家族/血族>のモチーフは読みとれよう。また、チーフの毛が黒いのは実は汚れのせいで、アタリがシャンプーでチーフを洗うと彼の地毛が白いことが判明する、というエピソードも議論を呼びそうだ。

*ストップモーション人形アニメに登場する人間は、当然ながら、擬人化され生命を吹きこまれたパペット/人形であり、ある種のレプリカント(人造人間、人間もどき)的な存在であるが、これとは対照的に、『ブレードランナー』(1982、リドリー・スコット)や『ウエストワールド』(1973、マイケル・クライトン、傑作!)、あるいは『A.I.』(2001、スティーブン・スピルバーグ、これまた傑作!)などでは、生身の人間の俳優がレプリカントを演じる。ゾンビやフランケンシュタインの怪物や幽霊を含めて、映画史における<人間の姿をした非人間>のテーマには興味をそそられるが、あまりにも膨大な量の作品があるので、正面切って論究するのは腰が引けてしまう(それに、くだんのテーマについてはすでに様々な研究が俊英によって進行中だ)。

 また、ストップモーション・アニメに登場する犬などの動物(の人形)も、文字媒体の童話などのそれと同じく、むろん擬人化された、言葉を喋る存在であるが、これを人間主義的な動物観の表れとする見方も当然ありうるだろう(<擬人化>とは、人間でないものを人間に見立てて表現すること。ちなみに、『ファンタスティック~』のキツネたちは2足歩行だったが、『犬ヶ島』の犬たちは4足歩行)。

 ただし、擬人化されているとはいえ、WAの犬のパペットたちは――アタリ少年やその他の人間(のパペット)同様――、ほとんどいつも無表情で、他の多くのアニメに出てくる動物のように、可愛らしさを表情によって強調することはない。彼・彼女らはけっして内面を欠いているわけではなく、ポーカーフェイスなだけであって、鋭い思考力や喜怒哀楽の感情を持っているが、それらをごく控えめにしか表現しないのである。つまるところ、パペットたちのこうしたクールなパフォーマンスは、WAの実写映画における役者たちの、あのあまり表情を動かさない、非心理主義的な演技と同質のものだといえる。

日本語、犬語、英語の<媒介/中継>

*『犬ヶ島』の声優(ボイスキャスト)も錚々たる顔ぶれで、 ・・・続きを読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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