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公演中止の先のあるもの、コロナ禍の演劇界で

小劇団のリアル、その後【下】

シライケイタ 劇団温泉ドラゴン代表、劇作家、演出家、俳優

前半から続く)筆者が所属する劇団温泉ドラゴンは、東京芸術劇場シアターイーストで4月1~5日に上演する予定だった『SCRAP』を中止した。換気や消毒など可能な限りの配慮をして公演しようと準備を進めていたが、3月26日夜、劇場から「日程を変更できないか」と強く働きかけられた。いったんはそれを断り、予定通りの公演を目指すことにしたのだが……。

3月27日:ゲストとの議論、4時間

温泉ドラゴン『SCRAP』の舞台装置(松村あや美術)=宿谷誠撮影

 翌27日。稽古開始の2時間ほど前に劇団員だけで稽古場に集まりました。

 昨夜の劇場側との話し合いの結果を、ゲストにどのように伝えればいいのか。そして、予定通り上演することに決めた昨夜の判断が正しかったのか、もう一度話し合わないかと、誰ともなく言い出したのでした。

 26日の夜までは、作品作りに没頭することと感染予防対策の強化を考え続けることで、なんとかコロナに対する恐怖を抑え込んでいたし、自分達だけは大丈夫という根拠のない思い込みで突っ走っていたように思います。

 しかし、我々の稽古場の論理を全くまとわない、第三者としての劇場の方と話をしたことで、これまでに感じたことのない「世の中の空気」のようなものが我々の体の中に入ってきた感覚がありました。「このまま我々の思いだけで上演を強行していいのだろうか?」という迷いが生じ、もう一度稽古前に話し合おうということになったのです。

 その日のニュースでは、イタリアで1日の死者が900人を超えたと報道していました。感染者の数ではありません。死者の数です。もしかしたら、我々が思っていたよりもずっと、深刻な事態になっているのかもしれない、と思い始めていました。

 そこで、ゲストの意見を聞いてみよう、ということになりました。世界の被害状況を見るにつけ、劇団員だけの判断では決められないと思ったのです。

 車座になって話をする中で、様々な意見が出ました。

 「ここまで稽古してきたのだから、ウイルス対策を万全にしたうえで予定通り上演したい」

 という意見や、

 「お客さんが来ても来なくてもやるという劇団の覚悟に一票。やろう」

 という上演決行論が出た一方で、

 「自分のお客様に感染者が出たらと思うと怖い」

 「自分たちが罹患する怖さもあるが、お客様に感染者が出た時にどう責任をとればいいのか」

 という慎重論も少なくありませんでした。

 「無観客で上演し、ライブ配信すればいいのでは」

 「無観客上演を撮影し、DVDにすればいいのでは」

 という全く新しいアイデアも出ました。

 4時間ほど話し合いましたが結論は出ず、無観客上演も視野に入れたまま、その日の通し稽古は時間切れでできず、解散しました。思えばこの時が、稽古場の雰囲気が上演中止に向けて大きく舵を切ったタイミングでした。

3月28、29日:週末、踏み込んだ自粛要請、劇場の閉鎖 

 そして、翌28日と翌々日の29日の週末は、東京都から「不要不急の外出を控えるように」という、これまでよりも一歩踏み込んだ外出自粛要請が出されました。

 前日の話し合いで慎重論が出たこともあり、ゲストの健康を守らなくてはとの思いから、要請に従い我々の稽古も中止にしました。更にショッキングなことに、あれだけ「閉鎖はしない」と言っていた東京芸術劇場が、この2日間閉鎖しました。

 当然、その日に公演を予定していた団体の上演は中止になりましたし、我々の公演期間である次の週末、4月4日と5日も、同じように外出自粛要請が出されることが予想されていました。そうなると、やはり劇場が閉鎖されて、我々の公演も中止を余儀なくされます。

 翌30日は劇場入りの日でした。東京都の感染者の数は増え続け、イタリアの死者数は1万人を超え、志村けんさんの訃報が流れました。それでも予定通りセットを仕込み、照明を吊り、楽屋を作りました。

 僕は仕込みを中抜けし、演劇人の仲間と一緒に内閣府と文化庁に「舞台関係者に対する適切な補填を求める要望書」を提出しに行き、その足で記者会見にも参加しました。

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