メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

森友事件・赤木雅子さんの「正直パワー」は忖度社会を穿つか

矢部万紀子 コラムニスト

 佐川宣寿さんという人は財務省理財局長として、森友学園の国有地取引に関する決済文書の廃棄や改ざんの「方向性を決定づけ(©財務省調査報告書)」ながら、何を考えていただろう。

 報告書によると、目的は「国会審議の紛糾を回避する」。そのためのタスクを遂行しつつ、「ここで安倍首相を守れば、出世が待ってるぞー」とか、「これ、バレたらやばいヤツだよなー」とか、ポジティブ思考と危機意識をぐるぐるさせていたはずだ。両方を併せ持つ人だから、理財局長→国税庁長官という出世街道を歩んだと思う。知らんけど。

 知らんついでに想像するなら、マスコミと野党をやり過ごせば、何とかなる。そう計算していたかもしれない。ハイリターン狙いのハイリスク仕事。失敗したわけだけど。

 などと勝手に佐川さんの頭の中を想像したのは、赤木雅子さんのことを書きたかったからだ。まさか彼女のような人が現れるなんて、想像だにしていなかったに違いない。想定外のところからすごいパワーの女性が来て、自分のみならず、安倍政権の、官僚の、検察の、おかしなところを突いてくる。武器は「正直パワー」のみ。そんな佐川さんもびっくりな、女性の話だ。

第1回口頭弁論で意見陳述する赤木雅子さん=15日午後、大阪地裁、絵・岩崎絵里20200715第1回口頭弁論で意見陳述する赤木雅子さん=2020年7月15日、大阪地裁 絵・岩崎絵里

共著『私は真実が知りたい』で感動した雅子さんの強さ

 赤木雅子さんは、近畿財務局の職員・赤木俊夫さんの妻だ。彼は森友学園の文書改ざんを命じられ、2018年3月に自ら命を絶った。亡くなる前に、パソコンに手記を残していた。「元は、すべて、佐川理財局長の指示です」という一文は、20年3月18日発売の週刊文春(3月26日号)に大きく報じられたから、ご存じの方も多いはずだ。

赤木雅子+相澤冬樹『私は真実が知りたい――夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)赤木雅子+相澤冬樹『私は真実が知りたい――夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)
 発売の日、雅子さんは国と佐川・元財務省理財局長を相手に計約1億1200万円の損害賠償を求めて提訴した。そして第1回口頭弁論(大阪地裁)が開かれた7月15日に出版されたのが、『私は真実が知りたい――夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』だ。

 雅子さんの「正直パワー」があふれる本だった。夫に何が起きたのかを知りたい。彼女が思っているのは、ただそれだけだ。そして、佐川さんに謝ってほしい。夫が愛し、プライドを持って働いてきた財務省だからこそ謝ってほしい。その思いも、まっすぐに届く。心の底から思っていることだから、ブレることがない。それが原動力となれば、驚くほどの行動力が生まれる。その強さに、感動を覚える。そんな本だった。

 1章から5章までを雅子さん、6章から14章までを大阪日日新聞記者で、NHK時代から森友学園問題を追及している相澤冬樹さんが書いている。ノンフィクションの手法としては、雅子さんを取材した相澤さんが全章を書くのが一般的だと思う。そうしなかったのは、「自死した財務省職員の妻による書」というインパクトがあってのことだろう。同時に「真実」とは何かを考え、当事者性を重んじたのではないかと思う。

 夫の死を目の当たりにし、近畿財務局の人とやりとりをしたのは雅子さん。だから、俊夫さんの人生、死の前後のことは雅子さんが書く。財務省に不信を募らせた雅子さんは、YouTubeで見つけた相澤さんにメールを送る。そこまでが5章。6章からはメールをもらった相澤さんが筆を引き取り、雅子さんの提訴への道、その後の雅子さんを書く。

 起きたことは、起きた人にしかわからない。逆に言うならば、起きた人にはすべてわかっている。真実ってそういうものですよね。それを明らかにしてほしいだけ。雅子さんの、そういう強い意思を際立たすための構造ではないかと思う。

「真実を語れない」人にも向く視線

 佐川さんに話を戻す。大阪地裁に訴状を提出した後に、弁護団が発表した雅子さんのコメント全文が9章に載っている。夫の死から2年、心のつかえがとれないままで、「夫が死を決意した本当のところ」を知りたい。改ざんは誰が何のためにしたのか、改ざんの原因となった土地取引はどうなされたのか、真実を知りたい。そのような言葉のあとに、こうあった。

 「今でも近畿財務局の中には話す機会を奪われ苦しんでいる人がいます。本当のことを話せる環境を財務省と近畿財務局には作っていただき、この裁判で全て明らかにしてほしいです。そのためには、まずは佐川さんが話さなければならないと思います。今でも夫のように苦しんでいる人を助けるためにも、佐川さん、どうか改ざんの経緯を、本当の事を話してください。よろしくお願いします」

 私が佐川さんなら、すごく恥ずかしくなったと思う。野党議員や新聞や雑誌からのどんな批判より、こたえたと思う。こういう文章を書けること、それを正直パワーという。

第1回口頭弁論を終え、赤木俊夫さんの写真に手を添え、記者の質問に答える妻の雅子さん=2020年7月15日20200715第1回口頭弁論を終え、赤木俊夫さんの写真に手を添え、記者の質問に答える妻の雅子さん=2020年7月15日

 雅子さんは、最初から手記を公表しようと決めていたわけではない。行きつ戻りつしながらの決意は、本にも書かれている。7月11日に放送された「報道特集」(TBS系)の単独インタビューで、雅子さんは提訴について「こんなこと、本当はしたくないけど、夫のために勇気を振り絞ってます」と語っていた。少女のようなその声から、優しい、争い事は好まない人なのだとわかった。

 それでも提訴に踏み切ったのは、そういう言葉は使っていないが、夫を

・・・ログインして読む
(残り:約2296文字/本文:約4519文字)