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川崎陽子
川崎陽子

チェルノブイリに学んだドイツの原発過酷事故対策

2012年06月26日

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 「ドイツの合理的な放射線防護行政に学ぼう」(1月4日掲載)では、労働者の被曝管理について紹介したが、今回は日本に比べると極めて充実していると思われる原発事故への備えをみてみよう。

チェルノブイリ原発事故がもたらした新たな法律と行政改革

 ドイツの放射線防護行政は、最初から合理的に整備されていたわけではない。86年4月のチェルノブイリ事故により、それまでのあらゆる欠陥が露呈したため、直ちに行政改革を断行し、その後も継続して改善してきた成果である。

 チェルノブイリで事故が起こった当時、ドイツの放射能防護行政は3つの省庁に権限が分散していたが、管轄争いなどの問題を見直し、事故から5週間後にこれらを統括した「連邦環境・自然保護・原子炉安全省」(略称:連邦環境省)が誕生した。現在の放射線防護行政は、同省の傘下にある連邦放射線防護庁に一元化されている。

 国会は早くも86年末、核事故の際に住民と環境を放射線被害から未然に守るための新たな法律「放射線未然防護法」を制定した。事故時の連邦と州の役割分担、情報伝達システム、対策のための線量や汚染基準値の決定、食品流通の禁止・制限などから罰則まで網羅されている。

 さらに、同法を根拠に国内全域のデータを把握・分析する「IMIS(環境中放射能監視のための統合測定・情報システム)」が設置された。環境中の放射能は55年から広範に測定されていたが、政治家たちの正しい状況判断の役に立たず、住民に多大な不安をもたらし混乱させた過ちを繰り返さないためだ。

拡大ドイツ連邦放射線防護庁のサイトにあるIMIS情報=Bundesamt für Strahlenschutz提供

 当時の原発推進派政権が迅速に断行したこれらの改革は、どれも今の日本にこそ必要なものばかりだ。改革の根底には、57年締結のEURATOM(欧州原子力共同体)条約およびドイツ原子力法の「住民や労働者の健康を電離放射線の危険から守る」という、日本の原子力基本法には一切書かれていない目的がある。

過酷事故への備え

 現在のドイツには原発事故に対してどのような備えがあるのだろうか。

 まず、90年に欧州委員会が開発を決定した、RODOSという緊急時放射線防護対策の判断を助けるシステムがある。連邦や州の特定当局からアクセスでき、ロシアや東欧諸国も含むほぼ欧州全体がネットワークで結ばれている。

 住民を防護する対策(避難、安定ヨウ素剤に関する指示、移住など)に活かせるよう、外部・内部被曝量の算出や、放射性物質の大気中拡散、地表への堆積などの試算をする。さらに、対策の有無による健康被害や経済へのポジティヴおよびネガティヴな影響などのシミュレーション結果も提供する。その元になるデータは、気象庁からの予測と前述のIMIS、および「原子炉遠隔監視システム(KFÜ)」だ。

 連邦放射線防護庁にあるIMIS中枢本部は、大気、降水、内陸水域、海洋測定網を含む約2000カ所からの全データを集約する。同庁のサイトにあるIMISにはオンラインで誰でもアクセスできる。例えば、約1800ヶ所ある定点測定所の地図で最寄りの所在地をクリックすると、2時間毎のガンマ線量と過去3ヶ月分の一日の平均値のグラフが表示されるので、とても便利だ。

 KFÜは、「原子炉の稼働は国の監督の元におかねばならない」という原子力法に則り、原発周辺を監督当局(州の省庁)が24時間監視しデータを入手・分析する。このような、原発事業者と監督当局独自の測定結果が別々に送られてくる監視システムは、日本でも是非採用してほしいものだ。

 RODOSでは各地の当局が直接アクセスして訓練用シミュレーションをすることも可能なので、日本の緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)のように、「滋賀県が防災計画策定のために放射性物質の拡散予測情報を求めたが、二ヵ月半たっても文科省は公表せず(5月29日 毎日新聞)」といった事態などはありえない。

 ちなみに、SPEEDIの研究は86年に始まり約116億円も投入されたという。しかし、事故直後米軍には送られたデータが官邸には伝えられず、住民の被曝防護に役立てられることはなかった。当時菅首相の目の前にいた班目原子力安全委員長(文科省)と寺坂保安委員長(経産省)は、伝えなかった理由を聞かれても所管が違うと互いに責任を転嫁し合った(朝日新聞連載「プロメテウスの罠」)。人的災害ともいえる典型的な縦割りの弊害だ。既述のように、ドイツでは管轄争いをなくすため連邦環境省に所管を一元化したが、日本でそのような改革の気配はない。

 ドイツにはまた、緊急時防護対策の責任者である16の州政府が、統一した基準の元でそれぞれ災害対策計画を策定できるように、二つの重要な指針「核技術施設周辺の災害防止のための枠組み勧告」と「事故による放射性核種放出の際に住民を守る対策を決定するための放射線学的根拠」がある。

 後者には、「屋内退避」、「安定ヨウ素剤の服用」、「避難」、「長・短期的移住」を決定するための基準値と根拠、被曝の経路や健康被害などの詳細な解説もあり、消防・警察出動原則とも関連づけられている。

 このような指針とRODOSのようなシステムが日本にもあったなら、3.11の直後に安定ヨウ素剤服用の徹底はもとより、屋内退避や避難などの指示も、放射線学的根拠に基づく共通の認識とデータに沿って速やかに実行でき、住民の健康被害も自主避難などの混乱も極力回避できたはずだ。

 二つの指針を担当した放射線防護委員会は連邦環境省の諮問機関で、メンバーは全員専門家だが名誉職だ。国際機関の勧告などには依存せず、委員独自の調査研究報告を元に住民を守るための基準値などを勧告する。ドイツの法令に定めた被曝限度値が、常にICRP(国際放射線防護委員会)勧告より厳しかった所以だ。高給を保証されながら、子どもや原発内作業者の被曝限度値をICRP勧告だけに頼って事故後なし崩し的に引き上げた、原子力安全委員会や放射線審議会の委員とは比較にならない。

 さらに、ドイツではICRPや日本の御用学者たちが無視する内部被曝についても、前述の指針や連邦放射線防護庁の報告書にきちんと説明してある。

 以上のような政治による備えもさることながら、メディアの果たす役割も大きい。公共第一TVは91年、人気ドラマの多いゴールデンタイムに「死の地帯」という原発事故をシミュレーションした番組を放送した。制作者は、自治体の首長たち、気象学者、物理学者、国民経済学者などに、大惨事が起きた場合、国の被害未然防止対策によってどのような被害の程度や結末が予想されるかの聞き取りを行ったという。

 また、3.11の2カ月前には民放TVが、政府が稼動期間延長を決めた古い原発で最悪の事故が起き、200万人都市ハンブルクが無人状態になるというドラマを放送していた。

未曾有の原発震災が進行中でも何も変わらない日本

 3.11後の日本では、チェルノブイリ事故後のドイツと同様、放射線防護行政に関わるあらゆる問題が露呈した。

 班目原子力安全委員長は、国会の事故調査委員会で「シビアアクシデント(過酷事故)は事業者が自主的に対策を打っておけばよく、規制の対象外だった」旨を述べた。すなわち、過酷事故対策が国の管理下にはなく事業者任せだったわけだ。一方、ドイツの「放射線防護政令」は、核施設の事業者(電力会社)に対し、事故の予防・防護対策を義務付けている。

 寺坂原子力保安院長(事故当時)は、同調査委員会で「シビアアクシデント対策が十分できていない中で事故が発生した」と、体制や安全基準など規制当局としての問題を認めた。

 だが、1年以上経っても事故の収束がみえない中で、規制当局の問題も事業者任せも事故当時のままである。チェルノブイリを教訓に住民防護の新法や行政を迅速に整備した、ドイツのような政権が存在していないからだ。

 それどころか、国民や良識ある専門家および民主党内からの多くの反対の声にもかかわらず、野田内閣は「再稼動」を強引に進めている。同じ政党でありながら、菅直人前首相や鉢呂吉雄元経済産業相のように既存の政策や体制を見直そうとした閣僚は、退陣に追い込まれたようにみえる。ドイツの政党ではありえないことだ。

 たとえ内閣が代わっても、国会に電力利権にまつわる議員が多数いる限りは、何も改革されず次の過酷事故への備えもないままだろう。改革できる議員を選べるのは、有権者だけなのだ。

プロフィール

川崎陽子(かわさき・ようこ)

環境ジャーナリスト。横浜国立大学卒。半導体関連研究職及び液晶基板関係の技術職を経て、ドイツ・アーヘン工科大学にて応用工学修士(環境学と労働安全)取得。ドイツ・ ベルギー国境地域在住。共著に「福島原発事故の放射能汚染−問題分析と政策提言」(世界思想社)。

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