2012年06月29日
長期間の不況にあえぐ米国でも、天然ガス産業はブームに沸いてきた。新たな技術により、以前は採掘が難しかった地中の頁岩(けつがん/シェール)層から、天然ガスを採掘できるようになったためだ。天然ガスは燃やした後の排ガスもクリーンで、石炭や石油に比べればCO2 の発生も少ない。埋蔵量の豊富なシェールガスは、100年分の国内需要を満たすと考えられている。
シェールガス・ブームで、今や米国の天然ガス価格は、100万BTU(英国熱量単位)あたり2.5ドル以下へと大幅下落した。「環境にやさしい」、「豊富な埋蔵量」、「安い価格」とくれば良いことづくめのようだが、シェールガス開発ブームの中心を担ってきたテキサス州ダラス・フォートワース地区の住民は、夢の「シェールガス革命」に疑念を抱きつつある。
■シェールガス・ブームの10年
フォートワース市周辺の地中には、3億2000万年以上前に堆積したバーネット・シェールと呼ばれる頁岩層が、1万3千平方キロメートルにわたって広がっている。埋蔵量は米国最大と推定され、10年ほど前に登場したフラッキングと呼ばれる水圧破砕や、水平抗井などの新技術により、バーネット・シェールのガス井開発は経済的な成功を収め、全米のシェールガス開発ブームに火をつけた。
シェールガス井開発にはその他にも追い風があった。2005年、ブッシュ政権下で、シェールガス開発は連邦政府の水質・大気排出規制の対象から除外され、開発企業は環境対策コストを大幅に削減することができた。また米国では土地所有者が地下の鉱物に対する財産権を持っており、開発は土地所有者の懐も潤す。開発企業はこれを利用し、地主に奨励金を与えるなどしてガス井用地の借地権争奪に躍起になった。
現在バーネット・シェールには、フォートワース市や周辺市を中心に1万4600を超えるシェールガス井がある。フォートワース市では、この10年でバーネット・シェール関連で10万の雇用が生まれ、地元政府に53億ドル(約4000億円)の税収をもたらした。
しかし、それと同時に、ガス井開発に伴う環境や経済問題も浮上してきた。ガス井開発は筆者の住むダラス市にも拡大したが、ダラス市議会は「安全なガス井戸開発」を求める住民と、産業界からのプレッシャーの狭間で大きく揺れている。
■フラッキングに対する不安
シェールガス採掘に欠かせないフラッキング(水圧破砕)では、地下3000メートルほどの井戸を掘り、ガスが閉じ込められている硬いシェール層に高圧の水圧をかけて割れ目を入れる。破砕後は0.5%〜2%ほどの砂粒状の物質と化学薬剤を混ぜた大量の水を注入する。この薬剤にはベンゼンやメタン、プロパンなどの発がん物質や、有害物質が含まれている。
フラッキングに使われる大量の水をためておく「フラック・ポンド(人工池)」。後ろ写っているのがシェールガス井戸で、アーリントン市の住宅のすぐ近くにある。フラッキングで使用する水には、有害物質を含む薬剤が加えられる。=(c)W.L.Sunshine,http://energy.about.com
ガス開発企業は「坑井は何層にもなったパイプで、地下の帯水層のはるか下まで掘り下げて水圧破砕を行うため、帯水層が汚染される恐れはない」と説明する。しかし2010年12月、米国環境保護庁(EPA)は、フォートワースのガス開発企業であるレンジリソース社に対し、同社の開発がトリニティ地下水(飲料水源)の汚染に関係しているとして緊急行政命令を発行している。
フォートワース市や周辺市で行われたガス井関連の大気汚染調査でも、トルエン、アセトン、二硫化炭素、キシレンなど様々な有害物質が検出されている。調査では「健康に影響する汚染レベルではない」と結論づけているものの、ダラス・フォートワース地区の子供の喘息は、全米平均の2倍だ。
化学物質を含んだ廃水の浄化は一部しか行われず、大部分の廃水は地下注入井戸に流し込まれている。井戸への廃水注入は地震を起こす原因と見られている。歴史的に地震がなかったダラス・フォートワース地区では、この数年、小規模な地震が増えている。ダラス・フォートワース空港の滑走路下にあった注入井戸は、安全性の観点から昨年閉鎖された。
米環境保護庁は4月、石油・ガス開発企業に対し、2015年からガス井や貯蔵施設、パイプラインから漏れる有害物質や温室効果ガスの回収を義務付けることを決定した。しかし、フラッキングに対する懸念は高まる一方で、バーモント州は今年5月、全米で初めてフラッキング(水圧破砕)を禁ずる州法を制定した。またニューヨーク州、ニュージャージー州も一時的にフラッキングを禁止している。海外ではフランスとドイツがシェール・ガス掘削を一時禁止している。
■シェールガスの経済性
企業は当初、ひとつのバーネット・シェール井は20〜30年間のスパンで採掘でき、今後半世紀にわたりダラス・フォートワースの経済原動力になると主張していた。しかし現実には、ガス井の場所によって生産量に開きがあり、また多くのガス井は稼動後2年弱で生産量が減り始め、平均使用年数は7年程度だということが明らかになった。生産量を確保するには次々に新たなガス井を掘る必要があった。
ダラス連邦準備銀行の諮問委員で、シェール・ガス井の経済性について調査したデボラ・ロジャースさんは、「フォートワース市は2008年にガス井から5000万ドルの歳入を得たが、2010年にはガス井の数が4倍に増えたにもかかわらず、歳入は3800万ドルに落ち込んだ。自転車操業で穴を掘り続けても、期待していた収入に達していない」と話す。
天然ガス価格の下落も響いている。7年前、100万BTUあたり15ドル程度だったシェールガスは、今や2.5ドル以下である。もっともこれは一時的なボトムだという見方もある。現在は政府の規制によりシェールガスの輸出は制限されているが、「石油メジャーは輸出規制撤廃後、アジアや欧州への輸出機会を考えているはず。そうなれば将来的には米国内のガス価格も上がる」と、ロジャースさんは分析している。
しかし当面は国内の天然ガス価格が上がる見通しはなく、地主に払われる使用料はごくわずか。チェサピーク・エナジー社のように多額の債務を抱えるガス開発会社は多く、厳しい経営状況に直面している。
■都市部でのガス井開発の代償
こうした現状にもかかわらず、ダラス市内の新規の掘削提案が浮上しており、市側は現在、開発にかかわる条例の改正を検討している。
今年5月、ダラス市内で環境保護団体らが中心となって開いた市民集会に足を運んでみた。同集会ではすでにガス井開発を経験しているフォートワースや周辺市の住民らも出席し、「ガス井ができれば、パイプラインが通る。ダンプカーが昼夜走り、汚染や事故の危険も増す。貸した土地は、二度と同じ状態には戻らない」、「開発企業は条例の中の特例を使い、巧みに規制逃れをする。気がついたら子供が遊ぶ公園のすぐ近くにガス井ができていた」、「ガス会社に土地を貸すか、貸さないかの議論で町内が分裂した。土地を貸した人は、最初は良かったが、今や冗談のような金額しかもらっていない」などの体験談を語った。
一方、開発企業側は「シェールガスは我々に与えられたギフトだ。雇用と繁栄をもたらすギフトを使って、皆で豊かになるチャンスだ」と、ガス開発企業お決まり宣伝文句を繰り返した。これに対して出席者は、「ガス田開発のために払う代償を考えたことがあるのか」、「公園や地域を穴だらけにして、それを豊かになると言うの?」という野次が飛び、この日の市民集会は終わった。

東京生まれ。東京都の行政専門紙記者を経て、1995年に渡米。カンザス大学にてジャーナリズム修士取得。カンザスシティ・パブリックTVほか、在米の米系、日系企業に勤務。2000年より米国人の夫とテキサス州ダラス市在住。English Journal、月刊「連合」など各種媒体に米国の話題を寄稿。