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ソーシャルメディア時代の新たなジャーナリズムのかたち―米ジャーナリスト/ブロガー、ダン・ギルモア氏の講演より

 ジャーナリズムの意義を最前線で発信している朝日新聞社発行の『Journalism(ジャーナリズム)』。WEBRONZAでは11月号より「ソーシャルメディア時代に、ジャーナリストはどう立ち向かうべきか?」をお届けします。関連のニコニコ生放送は11月17日(木)20時から。今回は、編集部から服部桂さん、ゲストは朝日新聞編集委員・平和博さんが登場します。詳細はニコニコ生放送のページで。

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 「ソーシャルメディア時代に、ジャーナリストはどう立ち向かうべきか?」―ネットとジャーナリズムのかかわりを問い続けてきた米国のベテランジャーナリストで著名ブロガーのダン・ギルモア氏が、新著『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(朝日新聞出版)の出版を機に来日し、10月11日に朝日新聞東京本社で講演を行った。新たなジャーナリズムとビジネスモデル、そして読者との結びつき。ギルモア氏は、そこに新時代のメディアの可能性を訴える。ギルモア氏の講演と質疑応答の一部を採録する。

(まとめは朝日新聞編集委員・平和博)

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ダン・ギルモア(Dan Gillmor)

ジャーナリスト/ブロガー。

アリゾナ州立大学ジャーナリズムスクール教授。1951年生まれ。バーモント大学卒。

デトロイト・フリー・プレスなどを経て、

94年から2005年まで、シリコンバレーのサンノゼ・マーキュリー・ニュースでコラムニスト。

1999年からブログを続ける最古参のジャーナリスト・ブロガー。

著書に『ブログ、世界を変える個人メディア』

(平和博訳、朝日新聞社刊、2005年)

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 将来の新聞がどんな姿になるのかについて、私の考えやアイデアを皆さんと共有できればと思う。その発展の大きなカギになるのは、読者との会話、データの活用、ソーシャル。それらを最大限推し進めることだ。

メディア3・0へ

 この数千年、メディアがどんな変遷を遂げてきたかを、ざっと見ていこう。

 まずはラスコーの洞窟壁画。これが最初のメディア、“メディア0・1”だ。次にパピルスの巻物(メディア0・5)、そして活版印刷によって生み出されたグーテンベルクの聖書。これは少なくとも西洋社会では、メディアに重要な変革を起こした“メディア1・0”だ。米国の独立戦争の時に掲げられた政治文書も小さいながらメディアの変革(メディア1・1)だった。電信の登場はより大きな動きだったが(メディア1・5)、大変革とまでは言えない。ラジオ(メディア2・0)、テレビ(メディア2・5)といった放送の登場は、変革を次の段階に推し進めた。ただ20世紀までのメディアでは、米国の情報理論研究者クロード・シャノンが描いたように、情報は一方向に流れていくものだった。だが、今のニューメディアの時代(メディア3・0)には、情報は多方向に流れていく。

写真1 ギルモア氏の新著『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』

 民主化したメディアの時代には、誰もがメディアのクリエーター(発信者)になることができ、誰もが情報にアクセスできる。読むだけでなく、書き込むことができるブログなどの登場によって、メディアの消費者はクリエーターに、そしてクリエーターはコラボレーター(共同制作者)になっていくという大変革が進んでいる。

供給と需要

 まず第1に、メディアの供給側のことについて簡単に触れておきたい。私たちは今や情報の洪水にのみ込まれている。この新世界の中で、「一体、誰がジャーナリストなんだ?」という問いかけを口にしがちだ。だがそれは間違いで、問いかけるべきは「ジャーナリズムとは何か?」ということだ。

 ニューヨーク・タイムズ1はジャーナリズムと言えるだろうが、噂話をまき散らすようなブログはジャーナリズムではないだろう。BBCニュース2はジャーナリズムでも、カップルがディスコで踊るようなユーチューブ動画3はそうではない。

 ただ現在では、情報収集のための数々の新しい手法がある。これらはジャーナリズムの一つの形と見ることができるだろう。2009年のイラン大統領選後の混乱の中で、「ネダ」という名の若い女性が、おそらくは政府側に射殺された場面の写真がある4。これは現場にいた人が携帯電話で撮影したビデオの一部で、米国の著名なジャーナリズム賞(ポーク賞)を受けている。しかもこの受賞は、誰が撮ったか明らかになる前に決まっていた。

 トーキング・ポインツ・メモ(TPM5、写真4)はウェブのみのジャーナリズムで、紙では存在しない。だが、ポーク賞も受けている政治メディアだ。

写真4 新興の米政治メディア「トーキング・ポインツ・メモ」

 いま重要なのは、「これはジャーナリズムか否か(OR)」の二者択一でなく、「これもまたジャーナリズム(AND)」という新たな動きを理解することだ。

 広がりつつあるメディアの生態系は、極めて複雑な世界だ。その生態系は、狭いニッチなテーマから、マスに向けたものまで、アマチュアからプロの領域まで、様々な方向へと広がっている。

 そして次にメディアの供給と対になる、需要側について見ていこう。

 足を投げ出し、ソファーに寝転んでテレビを見る。少なくとも米国では典型的なメディア消費のスタイルだ。だが情報量は供給過剰となり、しかも大部分はゴミであるという問題を抱えている。

 どの情報が信頼できるのかわからない。そして、写真を加工して現実にはなかった場面を勝手に合成できてしまう、フォトショップなどのツールもたくさんある。

 私たちが求めているのは良質な情報だ。そのためには、ジャーナリズム、そしてビジネスのイノベーションが必要だ。そして、これまで受け身だった消費者は、積極的なメディアの利用者になってきている。ジャーナリストや教育機関は、今こそその動きを先導する役割を担うべきなのだ。

講義ではなく会話

写真2 ダン・ギルモア氏

 第3として、ジャーナリズムで起きている最も重要な変革について。それは、ジャーナリズムが読者への一方的な“講義”ではなく、“会話”になりつつあるということだ。

 第4。それによってジャーナリストの仕事自体も、急速な進化の過程にある。“予言者”から“案内役”への変化だ。

 私たちは、グーグル・ニュース6のような情報のアグリゲーション(集約)ができるようになってきた。読むべきブログを紹介するスウェーデンの新聞社のポータルサイト7もあれば、ソーシャルメディアの情報をアグリゲートするアイパッド用アプリ、フリップボード8(写真5)のような新技術もある。

 ネットの会話に参加するためにはいくつもの方法がある。その一つが読者に協力を求めることだ。フロリダの新聞社、ニュースプレスは読者に対し、公共工事を巡る調査報道についての情報提供を求めた9。また、英ガーディアンは、英国議会で議員らによる経費不正請求が行われていた問題で、45万ページを超す膨大な報告書のチェックに読者の協力を求めた11(写真6)。さらに同紙は10月10日から、取材の予定表も読者に公開し(写真7)、情報提供を呼びかけている11。

 米ボストン・グローブは、道路に空いている穴の情報を集め、地図上に表示するサイトを立ち上げている11(写真8)。これは読者への協力要請、“クラウドソーシング”と呼ばれるものだ。あらゆる道路の陥没情報を集めるには、報道機関の人間だけでは手が足りないが、読者が協力すればそれができる。ロンドンのNGOも同様の道路修理情報を共有するサイト、フィックス・マイ・ストリート11を運営している。ここで集められた情報は、補修を担当する市当局に橋渡しされる。マスメディアだけで情報をやりとりするのではなく、こういった方法でも良質な情報を流通させることができる。

写真5 アイパッド用のアグリゲーション・サービス「フリップボード」
写真6 英ガーディアンは国会議員の経費不正請求問題で読者の協力を求めた
写真7 記者の取材予定表の公開も始めたガーディアン
写真8 米ボストン・グローブが運営する「道路にあいた穴」の情報の集約ページ

データを可視化する

 そして、データ。データはジャーナリズムの大きなフロンティアだ。データはあらゆるところでつくり出されている。政府や企業、そして私たち自身によって。あらゆる方法を駆使して、これらを効果的に使うことが、ジャーナリズムにとって重要な問題になっている。

 エブリーブロック11という元ジャーナリストらが立ち上げたサイトがある(写真9)。犯罪発生状況など、米国の都市の近隣情報を収集し、地図上に落とし込むという、〝データ〟に特化した会社だ。今は4大ネット局の一つNBCとマイクロソフトが設立したMSNBCが買収し、運営している。

写真9 地域情報の集約サイト「エブリーブロック」

 私たちはこれまでよりもはるかに簡単にデータを扱えるようになってきた。プログラムについての深い知識がなくても、サイトが公開しているインターフェース情報(API)を使って、複雑なデータも取り扱うことができる。例えばピープルサーチ11というサイトは、このAPIを使って、ネットの検索情報から人探しができるというサービスだ。

 すべてのジャーナリストがプログラムを知っている必要はないが、プログラマーとコミュニケーションができるスキルを学んでおくことは必要だろう。

 データを扱うもう一つの手法が視覚化だ。単なる数字の羅列を、もっと理解しやすい形で見せていくのだ。例えば米国のスーパー最大手ウォルマートが全米に展開されていく様子を、視覚化したビデオがある11。これを見ると、その広がりがどんどん加速されていることが一目瞭然でわかる。視覚化によって、ストーリーをパワフルな方法で伝えることができる。

写真3 変化するメディアの生態系について語るギルモア氏

モバイルを使う

 そして、位置情報とモバイル端末。私たちが肌身離さず身につけているスマートフォンなどの端末は、情報の受け取り方、送り方も変化させている。そして、情報をつくり出す方法そのものも変わってきた。簡単に使えるツールによって、これまでになかったようなストーリーを表現できるようになったのだ。

 アリゾナ州立大の私の学生と行った実験では、州都フェニックスで画廊などが集まるアートの盛んな区域を1時間取材し、携帯電話やスマートフォンで写真を撮って、キャプションをつけて送信させ、それを地図上に落とし込むということをやってみた。

 モバイル端末を使って、人命救助に役立てるという取り組みもある。ウシャヒディ11という誰でも使えるオープンソースのプラットホームがある。10年のハイチ大地震11では、携帯電話のショートメッセージ(SMS)などを使って現地から発信された被災情報を、地図上に集約し、救命活動に役立てた(※東日本大震災では、ボランティアグループによって、このプラットホームを使った震災情報集約サイト、sinsai.infoが運営された11)。

ソーシャルメディアへの取り組み

 ジャーナリズムはまた、会話になり、ソーシャルになってきた。ワシントン・ポスト22など多くの報道機関は、フェイスブックを使って、読者とコンタクトをとり、これまで以上に幅広く情報を伝えるようになっている。

 ただ私から見ると、新聞社がフェイスブックを使う場合、読者にコンタクトできるという意味もあるが、リスクもある。つまり、それによって新聞社が得るものよりも、より多くの利用者データをフェイスブックが手にすることで、同社のビジネスにもたらす価値の方が大きいのではないか、ということだ。

 ジャーナリストがソーシャルメディアを使う場合には、そこにどういう機能があり、どんな活用の仕方があるのかを理解しておく必要がある。BBCはソーシャルメディア上の情報について、真偽を見極めるための手順をルール化している22。ただ、そういったルールが常に機能するとは限らない。

 情報の正確を期すために最大限の努力をしたとしても、加速するソーシャルメディアのスピードは、誤報を生む原因ともなる。定評のある米公共放送のナショナル・パブリック・ラジオ(NPR22)は、今年1月にアリゾナ州で起きた銃撃事件で、実際には一命を取り留めたガブリエル・ギルフォード下院議員が「死亡した」というニュースを流してしまった22。

メディアのビジネスモデル

 ジャーナリズムを成り立たせていくための、ビジネスモデルについても見ておこう。はっきりさせておきたいのは、ジャーナリズムの未来を約束するようなビジネスモデルの〝正解〟があるのではなく、いくつものビジネスモデルを実験し、どれが機能するのかを探していく必要があるということだ。

 課金については、これまでにも様々な取り組みがあった。ニューヨーク・タイムズは最近、新たなオンライン課金を始めた22。契約者はかなりの数に上っている。

 またメディア企業が競合するニューメディア企業を買収するケースもある。放送ネットワークのCBSは08年、テクノロジーサイトのCNETを買収した(※日本ではCNETなどを運営していたシーネット ネットワークスジャパンをこの翌年、朝日新聞社が買収している)。

 多くの地方紙を抱える米メディア企業、ジャーナル・レジスター22は、デジタルでのニュース配信を率先し、その後で紙の新聞を考えるという〝デジタル・ファースト〟の方針を掲げている22(写真10)。

写真10 “デジタル・ファースト”に取り組む米メディア企業「ジャーナル・レジスター」CEO、ジョン・ペイトン氏のブログ

 これらのすべてのデジタル化の取り組みには、リスクも伴っている。なぜなら紙の新聞の広告収入は、デジタルの収入より遥かに大きいからだ。それでも紙のビジネスモデルは崩れつつある。その中で、デジタルへ移行するしかない、ここを通り抜けるしかないということだ。

 この他にも様々な取り組みがある。英ガーディアンは、多額のコストをかけてオンラインの米国版を立ち上げた22。今は課金をしていないが、いずれそうなるかもしれない。公共放送NPRの場合は課金ではなく、聴取者に寄付を呼びかけるモデル22だが、ちゃんと成功している。

 ジャーナリズム・オンライン22は、中小の新聞社向けに、広告の配信とオンライン課金の支援プラットホームを構築し、最も効果的な組み合わせを提供するという試みだ。

 私がアドバイザーを務めているSpot.us33という小規模な実験的取り組みもある。読者に対して、具体的な取材テーマを提示して、関心があれば寄付をしてほしいと呼びかけ、目標額が集まれば実際に取材し、記事化するという仕組みだ。

 財団などから資金提供を受ける運営スタイルもある。プロパブリカ33はこのスタイルで、調査報道に特化した組織(写真11)。データを多用、駆使しているのも特徴だ33。オンラインのジャーナリズムは、このようにデータを活用することによって、その特質を出していくことができる。

写真11 調査報道に特化した米メディア「プロパブリカ」

 新興の報道機関と既存の報道機関の提携というスタイルも、新たな試みだ。ニューヨーク・タイムズは、いくつかの都市の報道について地元報道機関と提携。サンフランシスコ・ベイエリアでは新興サイト、ベイシチズン33と提携しており、地域ニュースについては同サイトから提供を受けている33。この提携は、ベイシチズンにとっても、ニューヨーク・タイムズの大量の読者が流れてくるというメリットがある。

 すでに紙からオンラインへの移行が成功している報道分野がある。テクノロジー・ニュースの分野だ。かなり多くの広告出稿もある。例えばテクノロジー・ニュースのサイト、PCワールド33、テックランチ33、IGN33、マック・イン・タッチ33の4つのうち、PCワールド以外の3つは、そもそも紙媒体としては存在していなかった。テクノロジー・ジャーナリズムのメディアの多様性という面ではいいことだが、伝統的メディアの生き残りの難しさを示してもいる。

低コストの実験

 この大変革のポイントは、大手の報道機関であれ、中小のメディアであれ、個人であっても、新しいことの実験が極めて低コスト、場合によってはほぼコストゼロでできるということだ。

 良質なコンテンツを手にベンチャーを立ち上げたジャーナリストたちの中には、大手のベンチャーキャピタルなどからの投資で成り立っているケースもある。テクノロジー・ニュースのギガオム33や、政治ニュースのTPMなどだ。どちらも豊富な資金を調達できている。

 私の学生たちが立ち上げた3つのプロジェクトを紹介しよう44。フェニックスの路面電車の各駅の情報を集めたシティー・サークル、映像制作者のオンライン・コミュニティーであるバンスレート、デジタルサイネージ(電子看板)を双方向に使って地域ニュースを配信するブリミー。いずれも学生でもできて、しかもほとんど金がかかっていない取り組みだ。

行動するメディアのルール

 新著『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術44』で述べているメディアクティブ44(行動するメディア)についても触れておきたい。この本では、メディアの消費者であれ、利用者であれ、クリエーターであれ、私たちみんなにとって重要だと思うルールを紹介している。

 まず、メディア消費のルール―疑ってみる、自分で判断する、視野を広げる、質問をし続ける、メディアの手法を学ぶ。

 そして、メディアのクリエーターのルール―徹底的に、正確に、公平に、独立して考える、透明性を保つ。伝統的なメディアは、最初の4つのルールについては、実践してきたと言えるだろうが、今の時代になって新たに出てきたのが〝透明性〟の問題だ。これは私たちみんなが従うべきルールだ。

 これらのルールについて、私たちは互いに教え合っていくことが必要だと思っている。そしてメディア企業は、ここでもその先導役を担うべきだと思う。

【質疑応答】

Q ギルモア氏が提唱する「起業家ジャーナリズム」について。

A 起業家のように新しいメディアをつくっていくのが起業家ジャーナリズム。それを実践するのは、若い世代の人たちだろう。起業家として成功するためには大変な仕事量をこなさなければならないし、リスクをとることも必要になる。しかし、起業家的ジャーナリストの時代は、やってこざるを得ない。旧来のメディアのビジネスモデルは機能不全に陥っているのだから。

 新しいメディアをつくるための実験に、ほとんどコストはかからない。メディアの生態系では、非常に多くの実験が行われていて、どんどん多様に、そして持続可能なものになってきている。長期的に、どれが成功するかわからない。そして、ほとんどのベンチャーは失敗する。だが実験の数が膨大で、大半が失敗したとしても、ほんの数パーセントの成功事例だけで随分な数になる。

 そこではジャーナリズムそのものの実験と同時に、新しいビジネスモデルの実験が必要だ。その両方がなければ、ジャーナリズムの役割の新たな担い手として機能しなくなってしまう。

Q ネット時代の既存メディアの役割は。

A 既存のメディア企業には、メディアリテラシーとは何かを教え、ジャーナリズムがどのように機能しているのかを説明する役割があると思う。良質なジャーナリズムをつくり出す作業がどんなものか、実は、一般の人にはあまり知られていない。それを知ってもらうことで、良質なジャーナリズムの価値を理解し、信頼し、それが読者に必要なのだとわかってもらえるだろう。

Q 読者から寄せられる間違った情報への対処は。

A シリコンバレーで記者をやっていたときも、重要人物たちは私にウソをついていた。言われたことが事実かどうかを判断し、集めた情報を文脈の中に整理するというのは、ジャーナリズムの役割の一つでもある。ハイチ大地震の後に使われた被災情報の共有サイト、ウシャヒディでは、ボストンのタフツ大学大学院の学生ボランティアと協力し、寄せられた情報を信頼度によって「信頼できる」「間違い」「恐らく信頼できる」という分類を行った。それによって、現場の救助作業の支援に役立つことができた。煩雑な手続きだが、このようなやり方は可能だ。

 これはジャーナリストにとって、これまでよりも良質な情報を得ることができる、大きなチャンスだと思っている。時に間違った情報も交じるだろう。ジャーナリストは読者に対して、知り得た情報が正しいかどうか、どのように確認したのか、まだわかっていないこと、確認できていないことは何かを、きちんと伝えることが必要になってくる。

Q ソーシャルメディアの運営にかかる人的コストをどう考えたらいいか。

A 実験は低コストだと言ったが、そこには人件費は入ってない。ベンチャーには時間ならたっぷりあるだろうが、大企業では同じようにはいかない。既存メディアのジャーナリストの場合、これまでやってきたような仕事を全部こなして、さらにソーシャルメディアも扱うというのはかなり難しいだろう。

 私の場合、1999年にコラムニストとしてブログを始めたときに、仕事のやり方を変えた。それまでの仕事を全部やるのは無理だと思い、選別して、その優先順位を変えていったのだ。ブログを通して読者と結びつくことの価値は、そのための労力よりはるかに大きい。だから、私にとって仕事のやり方を切り替えるというのはさほど難しい選択ではなかった。あらゆるジャーナリストが今、そういう選択を迫られているのではないか。

Q 現場の記者のソーシャルメディア利用について。

A 災害時のソーシャルメディアは、一定のスキルのある現場記者にとっては極めて価値のあるツールと言える。そのような記者なら、現場で目にした状況を単なるツイートの洪水ではなく、きちんとした文脈に位置づけて伝えることができる。被災者自身が、自分の見たこと、体験したことを発信する情報にも、極めて高い価値がある。能力のある記者なら、それらを取り込みながら、より広い視野から伝えることができるだろう。

 カンファレンスなどで、私は講演者の話す内容を、ブログやツイッターを使ってリアルタイムで中継することがある。それにかかる時間は、ノートにメモをとるのと大して変わらない。ただそれをコラムに書くとなると、きちんと調査もした上で、大きな文脈の中に整理して、文章をまとめることになる。その作業中は、ツイッターなどのソーシャルメディアに書き込みをしたりはしない。

Q 米国でのネット課金の現状について。

A ネット課金の成功例は、今のところウォールストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズなど、極めて限られている。米国のローカル紙でかなり初期から課金している例もあり、うまくいっているようだとも聞く。多くの実験が行われて、それぞれ独自の課金方法を試してみるのはいいことだと思う。ニューヨーク・タイムズの〝メーター方式〟は、お金を払わなくても限られた本数なら記事を読める。課金とジャーナリズムを両立していて、うまい方法だ。

 ネット課金の〝壁〟をあまり頑丈にしてしまうのは、長期的にはいい作戦とは言えない。圧倒的にユニークなコンテンツを提供できるのであれば、そこに可能性もあるだろう。ただ私の目から見ても、非常にユニークで価値があると言えるメディアは、残念ながら現実には少ない。

Q 米国のネット課金の価格について。

A 紙にしろデジタルにしろ、あるいはその両方の組み合わせにしろ、今は読者が一体、どれだけお金を払ってくれるのかを実験し、見極めている最中だと思う。私はウォールストリート・ジャーナルのオンライン版を何年も前から購読している。最初は新規加入者の割引価格なのだが、契約更新時には購読料が通常価格に値上がりする。そこでいったん解約して、改めて契約しなおし、新規加入者として割引価格で購読しているのだ。それは実際にはやってはいけないことになっているし、ジャーナル側も気づいているはずだが、何も言ってこない。オンラインの値付けは大きな実験だ。

 ニューヨーク・タイムズは、紙の新聞をとっていれば、デジタルの購読料はそれに含まれる。私はタイムズの日曜版だけを自宅でとっていて、この場合もデジタル版を読むことができる。そして、その値段はオンライン版を単体で契約するより安いのだ。奇妙に思えるが、紙の方の部数が増えることによる広告費の増収で、その差額がまかなえるという理屈だろう。かなりきちんと計算をした上で値付けをしている。

Q メディア企業のソーシャルメディア利用の際の注意点について。

A 例えば、ソーシャルメディア利用を巡って名誉毀損などのトラブルが起きた場合にどうするかというのは、非常に複雑な問題であり、最終的には訴訟で結論を出すことかもしれない。米国のいくつかの新聞社にはそれについてのルールや、ガイドラインがあり、長文にわたってあれこれ規定しているところもある。ジャーナル・レジスターのCEOジョン・ペイトンのルールはシンプルだ。「ルールは3つだけ」と言いながら、その3つとも空欄。自由にやれということだ。私がルールをつくるなら、やはり3つ。人間的に、尊厳をもって、会社を困らせるな、ということだ。

 一方で、ソーシャルメディア自体のリスクもある。フェイスブックは今や極めて強力で、使わないという選択肢はなくなりつつある。ただ、講演でも触れたが、私たちが個人として、報道機関として、フェイスブックから得られる価値より、フェイスブックの広告ビジネスにとっての価値の方が大きい。フェイスブックはメディアにとって、いずれ広告ビジネスで競合する相手になると思う。

 報道機関は、ソーシャルメディアの登場以前から、読者の協力を求めるという〝クラウドソース〟を行ってきた。ただ、ソーシャルメディアによって、読者を見つけること、彼らが発信する情報を集めることが極めて簡単にできるようになった。報道機関はこれまでも、読者のコミュニティーを持っていて、ブランド価値によって信頼と協力を得ることができていた。ソーシャルメディアを使うことで、さらに多くの協力を得ることが可能になったのだ。だから、ソーシャルメディアの利用自体を否定するつもりはないし、さらにそれらを含めた幅広い会話に参加していくべきだが、フェイスブックにだけ特化した取り組みというのは、お勧めできない。

1 http://global.nytimes.com/

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10 http://mps-expenses.guardian.co.uk/

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