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特集 安全・危険をどう伝えればいいか 放射線リスクをめぐる混乱と課題―低線量、内部被曝、子ども、合意形成【Journalism 9月号より】

甲斐倫明

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 朝日新聞が発行するメディア研究誌「Journalism」9月号の特集は「安全・危険をどう伝えればいいか」です。WEBRONZAではこの中から、甲斐倫明・大分県立看護科学大学理事「放射線リスクをめぐる混乱と課題―低線量、内部被曝、子ども、合意形成」をご紹介します。なお、「Journalism」は、全国の書店、ASAで、注文によって販売しています。1冊700円、年間購読7700円(送料込み、朝日新聞出版03-5540-7793に直接申し込み)です。9月号は9月10日発売です。

 電子版は富士山マガジンサービス(http://www.fujisan.co.jp/magazine/1281682999)で年間購読が1200円(定価の86%オフ)でお読みいただけます。

詳しくは、朝日新聞ジャーナリスト学校のサイト(http://www.asahi.com/shimbun/jschool/)をご参照ください。

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放射線リスクをめぐる混乱と課題 ― 低線量、内部被曝、子ども、合意形成

甲斐倫明(かい・みちあき)

大分県立看護科学大学理事/人間科学講座環境保健学研究室教授、工学博士。1955年生まれ。81年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。日本原子力研究所環境安全研究部研究員、東京大学大学院医学系研究科助手、米国フレッドハッチンソンがん研究センター客員研究員などを歴任。現在、国際放射線防護委員会(ICRP)第4専門委員会委員、日本リスク研究学会会長、放射線影響学会評議員。元・文科省放射線審議会委員・同審議会基本部会長。共著に『リスク学入門5 科学技術からみたリスク』(岩波書店)など。

 

 文科省放射線審議会は、各省庁が放射線に関する基準を定める際に意見を求める機関だ。放射線とリスク解析の専門家である甲斐倫明・大分看護科学大学教授は3・11後、審議会の委員として住民の被曝線量や食品の基準作りの議論に関わった。国際放射線防護委員会(ICRP)のメンバーとしてメディアや講演会でも積極的に発言してきた。専門家も世論の批判にさらされる中、特に100ミリシーベルト以下の低線量被曝に対する社会の不安と混乱に応えるべく奔走した。専門家、政府、メディアの対応を振り返り、それぞれに求められた役割や本来あるべき姿を考察してもらった。(Journalism編集部)

 東日本大震災で引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所事故は、原発事故の恐怖を社会に知らしめた。第一は原子炉から出る大量の放射性物質がもたらす健康影響である。そして健康に対する不安は社会的・経済的影響を引き起こす。本稿では、事故後1年半ほどが経過して、放射線・放射性物質の危険性がどう伝えられてきたかを振り返り、伝えることにどのような難しさがあったかを考える。

 私は放射線の専門家として、放射線の健康影響やそれを基礎にした放射線防護のあり方の教育研究に従事している者として、また、ICRPのメンバーとして、メディアの取材を受け、講演や論文執筆に関わってきた。ひとりの専門家としての立場での発言に徹したため、政府のやり方に批判的でもあったし、メディアの報道に納得できない場面もあった。

議論の内容問わず「政府の立場」に批判

 文科省の放射線審議会の基本部会で事故収束後の対応のあり方を議論したときは、メディアからは私が政府側の立場と見られがちであった。この部会では、事故前から行っていたICRP2007年勧告の法令取り入れに関する検討を再開した。1990年勧告に準拠した現行の法律にはない、ICRPの新しい考え方に対応した放射線防護の考えを議論した。事故後の対応として、20ミリシーベルトから1ミリシーベルトまで段階的に目標値を定め、順次、線量を低減していく進め方を提案したのは、基準となる線量を絶対的な数値と捉えるべきでないことを強調したかったからである(紙面1)。

拡大紙面1 2011年7月10日付朝日新聞朝刊 低線量被曝の基準をめぐる記事。文科省の専門家ヒアリングでの筆者の「段階的な目標値」の説明も紹介している

 しかし、メディアの反応は厳しかった。考え方の妥当性に対する批判ではなく、審議会という政府の委員会の構成メンバーに対する批判であった。政府内にある委員会が社会から信頼されていないという表れでもあったし、社会が放射線の不安に混乱している時期ということもあって、冷静な議論は難しかった。

 事故後、メディアからの取材には積極的に協力した。それは、わかりにくい放射線の物理的側面と健康リスクに関係した基準などを解きほぐして伝えたいという思いがあったからである。ある週刊誌に取り上げられた記事には驚いた。私が話した内容が別の文脈の中でとり上げられ、説明の辻褄合わせに利用されていた。

 放射線という目に見えない物理的実体と格闘する日本社会に様々な情報が発信される中で、私たち専門家に何が要求され、それに応えきれなかったのはなぜか、欠けていたのは何だったのかを考える。

「直ちに影響しない」は何が問題だったのか

 昨年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は福島第一原発を機能不全にし、水素爆発によって大量の放射性物質を環境中に拡散させた。チェルノブイリ原発事故以来の大規模事故は、人々の放射性物質に対する恐怖を引き起こした。人の被曝をもたらす事態になったことで、特に3月から4月にかけては社会的に情報が混乱した。

 「直ちに影響を及ぼすものではない」は、3月の事故直後から、頻繁に枝野幸男官房長官(当時)が国民に向けて発したメッセージである。この表現について、今年7月にまとめられた政府事故調査委員会報告書では、「低線量被ばくが累積した場合の影響については不明であるものの、少なくとも急性症状が生ずるような値ではないとの趣旨で述べられたものであった」と分析した。一方で、人体の影響についてのわかりにくい説明が繰り返されたことの問題を指摘した。しかし、どのような説明が可能であったのか、あるいはどのような説明が望ましかったのか。

 私自身は、枝野氏のメッセージがテレビで流されたときに、必ずしも不適切な表現を用いているとは思わなかった。ただ、かえって疑惑をもたれてしまう表現であるとは予想していた。では、原子炉が不安定で事態の予測のつかない事故初期の段階で、どのようなメッセージが可能であったのか。

 メッセージの意図は明らかに、社会的パニックを防ぐために配慮されたものであった。「放射線被曝によって死に至るような急性症状が出るような状況には至っていない」ことを強調する意図があったと想像される。放射線の影響には、一定の線量を超えると現れる健康障害があるが、そこまで高い線量にはなっていないということを強調したのである。

 その後、「直ちに影響を及ぼすものではない」範囲として、「100ミリシーベルト以下であれば健康影響は発生しない」というメッセージが放射線の専門家から発信され、低い線量であれば影響はないという安心を促す意図の報道が初期には目立った。だが後に、この表現は批判を受けるようになる。直ちに影響がないことはわかったが、将来、影響が発生する可能性があるのであれば、なぜそのことを説明しないのかという批判である。この批判がまさに、「直ちに影響を及ぼすものではない」に対する「説明不足」という指摘に相当する。

 しかし、事故直後の緊急事態のときに最優先されるべきは、被害を最小化するための対策をとることである。その段階の状況を伝えるメッセージとして、「直ちに影響を及ぼすものではない」は決して不適切なものではなかった。問題は、枝野氏の表現そのものにあったのではなく、それ以上の説明がなかった点と、メディアと政府とのやりとりが十分に行えなかった点にあったように思える。

 1999年に東海村で起きたJCO事故直後の報道も同様の状況にあった。原子力安全委員会を中心として、専門家がスポークスマンとなってテレビに登場しながら、事故の状況を説明することなく、社会とのコミュニケーションに失敗したのだ。当時、私たちが活動している日本保健物理学会では、事故報道を含めた対応について提言を行った1。そのポイントは事故時のスポークスマンの不在であり、事故の状況を適切に社会に説明する役割が規制当局に欠けていた点であった。

 これと同じことが今回の事故でも起きた。原子力安全委員会などの規制当局に、スポークスマンという役割は規定されていなかった。「直ちに影響を及ぼすものではない」という発言の問題点は、緊急時におけるスポークスマンの不在にある。だが、今回は表現そのものからくる疑惑に関心が集中した。

 事故後1~2カ月が経過しても、依然として緊急事態に対応した対策が続いていたが、事故現場から離れた地域では、除染などの環境対応が求められるようになった。このことが新たな混乱をもたらすようになった。放射線基準がなぜ複数存在し、なぜ法律で定めてあった年あたり1ミリシーベルトの基準を超えて事故時には被曝対策が認められたのかという疑問が出されたのである。それが「事故に際して放射線基準は緩和された」という批判につながった。

 事故直後の昨年3月末にICRPは、福島第一原発事故に対応するにあたり、07年に勧告した放射線防護原則を踏まえて緊急事態に対応するようネットを通して強調した。しかし、新聞報道は、事故を受けてICRPが防護基準を緩和したと伝えた。私を含むICRP国内メンバーは、重大な誤解を訂正すべく記者会見を開いて理解を求めたが、事故以前から存在していた複数の基準の意味を伝えることの困難さが残った。

校庭問題で見えた科学と倫理への不信

 事故発生から1カ月ほど経過した4月上旬、福島県内の小中学校や幼稚園594施設の放射線が測定、発表された。福島県は「県内各地で調べている放射線量と比べて大きな違いはなく、直ちに健康に影響はない」とした。この情報を受けて、文科省と原子力安全委員会は学校再開の目安の検討を始め、1時間あたり3・8マイクロシーベルトの放射線量が校庭で測定された学校では屋外活動を制限すると発表した。この数値が年間20ミリシーベルトを基礎に導かれたことが、社会の注目するところとなった。その後、子どもの安全を考える基準として妥当なのか、批判が社会問題化していく。

 そのきっかけになったのは、当時、参与として政府の放射線対応に関わっていた東大教授が、テレビを利用して批判会見を行い辞任したことであった(紙面2)。これを契機に、校庭の放射線基準の妥当性に対する疑いは、政府の放射線対応に対する不信となって広がっていった。

拡大紙面2 2011年5月1日付朝日新聞朝刊 校庭の利用基準「年間20ミリシーベルト以下」について筆者も「健康影響は大きくない」とコメントしつつ住民の安心につながる方策に言及

 このような状況においてメディアは、当初は放射線基準の意味を政府に求めるのではなく、専門家にコメントを求め、1時間当たり3・8マイクロシーベルトの妥当性を後追いする形で報道する傾向が目立った。政府に対する社会からの反発が強くなってきた5月には、ネットや週刊誌などを通して、政府だけでなくテレビと新聞の報道に対する批判が強くなっていった。

 だが、「直ちに健康に影響はない」とした政府や福島県が事故後に定めた「目安としての年間20ミリシーベルト」と、事故前に法令で定めてあった「年間1ミリシーベルト」との違いを説明する動きはなかった。一方で住民は、福島原発が依然として不安定な状況を脱していない状況にあったにもかかわらず、平常時を回復したいという思いから、より安全で安心できる環境を政府に求めていく。

 校庭問題は、事故後の放射線対応として象徴的な社会問題となっていった。年間20ミリシーベルトを拠り所の数値とするのはなぜか。「ICRPが勧告しているから」という政府の説明によって、社会の矛先はICRPに向いていく。年間1ミリシーベルトを勧告してきたのもICRPである。なぜ2つの数値が存在し、それぞれ何を意図するのか、ICRPのメンバーでもある私自身は、メディアの取材や講演会などで説明に努めた。

 そこで見えてきたのは、「サイエンス」に対する疑いと、「サイエンス」を社会的な判断の拠り所とすることへの倫理的批判である。言い換えれば、ゼロでないリスクをどこまで容認するかは社会的合意で決めるものであり、専門家や規制当局が判断すべきことではないという批判であった。

「安全・危険」を決めるのは専門家の役割なのか

 前者は、ICRPが放射線防護勧告の基礎にしているサイエンスに対する疑いである。例えば、アルファ線とベータ線は電離密度が高いために、ガンマ線に比べてより集中的に細胞に損傷を与えることをICRPは十分に考慮できていないという批判(ホットパーティクル論)がある。この批判は、欧州議会内の緑グループが結成したECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)という組織が中心になって展開している。福島第一原発事故が起きるまでECRRの名称を耳にすることはほとんどなかった。ホットパーティクル論自体は古くから知られている批判で、それに対する科学的な論争は十分に行われてきたはずと理解していた私にとって、これを「サイエンス」論争とみることは難しかった。実際、放射線の科学の世界(学術誌や学術的会議を中心とした科学的活動)では、問題として認識していなかった。だから、その背後には何があるのか知りたかった。

 放射線に対する社会的な見方を大きく変えたのはチェルノブイリ原発事故である。世界に、特に欧州に大きな衝撃を与え、その後の放射線に対する社会の認識に影響を与えたのは間違いがない。この事故が招いた放射線の健康影響をいかに科学的に理解するかについては、国際的な活動が行われている。その中で未確認の事例が論争の種となっていた。しかし、「サイエンス」論争として信頼できる学術誌での科学論争に欠けていた。

 この「サイエンス」問題は、ICRPとECRRの対立という構図で捉えられているが、問われるべきは、その背後にある科学的データとそこから導かれる知見が信頼できるかどうかである。二つの組織の問題ではない。だが、社会は対立点を明らかにしたいがために、どちらの主張が正しいのか二者択一を求めた。

 政府からの発表を後追い的に報道していたメディアが社会の批判の的になっていった昨年5~6月に、大きく変わった様を見せたのはテレビの報道姿勢である。社会の政府不信を受けて、放射線影響の問題について、対立する立場から専門家に説明させ、国民に判断してもらうというやり方を取り始めた。社会問題や政治の世界では、対立意見を互いに論じることで国民が判断するという通常行われているスタイルである。だが、私自身はこのスタイルに大いに疑問があった。

 専門家はそこで、客観的な事実や知見のみを語る役目を求められるわけではない。「安全と考えてよいのか、大丈夫なのか」と質問され、その内容が一般にわかりにくいほど、回答に苦慮する場面がある。対立する専門家のうち一人が「大丈夫と考えている」と発言し、もう一人の専門家が「危ない状況である」と発言したときに、社会はどちらを信じるのか。

 これは明らかに科学の問題ではなく、「安全とは何か」、あるいは「安全とはいかなる状況を意味するのか」の見解の違いかもしれない。その論拠とする内容に科学的に意味があって、その内容を一般人が理解することが難しい場合に、専門家個人の判断に頼ることにそもそも問題がある。専門家には、「安全」か「危険」かを語るのではなく、その科学的な根拠と問題点を伝える役割が求められるべきだ。安全、危険で割り切れないリスク問題を伝えることの難しさは、基準の意味や背後を誤解なく伝えるために必要な情報が、十分に整理されていなかったことにあると感じた。

食品汚染への不安と基準設定の体制

 食品汚染問題の焦点として、国の基準とその基準を遵守するための管理体制に社会の関心が移っていった契機は、昨年7月に放射性物質で汚染された福島県産の牛肉が検査をすり抜け、首都圏をはじめ全国に広がっていたことが明るみになったことだった。それ以後、食品汚染は日本国民の大きな不安材料になっていった。事故によって環境中に大量にばらまかれた放射性物質が、食品とともにさらに全国に拡散していく可能性を目前にして、消費者は食品からの内部被曝に対して不安をもち、生産者は根拠のない「風評被害」を恐れる日々が続いた。

 事故直後に国が定めた食品基準は「暫定基準」と呼ばれるものであった。これは、事故前に原子力安全委員会が、チェルノブイリの教訓から事故時に対応するための目安レベルとして設けた「飲食物摂取制限指標」を引用したものであった。日本の法律では食品衛生法が食品の安全規制を担い、厚労省が所管する。つまり、原子力安全委員会が防災指針として示してあった「指標」を、事故後、厚労省が最終的な制限値を決定するまでの「暫定基準」として使用していた。

 この問題を複雑にしたのは、食品安全委員会と厚労省の両者が基準作成に関係していることであった。我が国の食の安全は、リスク評価とリスク管理の機能を分けて行う体制をとっていて、リスク評価機関として内閣府に所属する食品安全委員会が存在し、厚労省は法律案を作成し執行することで安全を管轄するリスク管理機関と位置づけられていた。このことの意義や限界を報道が理解していたかは疑問であるが、放射性物質の食品新基準は、食品安全委員会のレビューと議論に始まり、厚労省が基準を設定するという流れで進められていった。

 事故以後、さまざまな放射線に関する対応基準が国で定められたが、食の安全という世界も注目する基準設定の作業が、すべての国民の注目のもと、事故発生からわずかな期間で進められた。緊急時から抜け出て比較的安定した汚染状態になってきたときに、いかなるリスク管理が求められるかを国民とともに考えるという視点では、必要な作業であった。

求められる社会的要因と専門家委員会の限界

 事故による食品汚染は、昨年5~6月ごろまでの混乱期を除けば全体的に低いレベルで推移してきたにもかかわらず、なぜこれだけ社会的なインパクトをもつ問題として続いているのか。放射線影響の最大の不安材料になっているのは、子どもの内部被曝であることを厚労省は理解していた。そこで、今年4月から適用された新基準策定にあたっては、乳児用食品の基準を計算された最小レベルのさらに半分にすることで、放射線感受性の高い可能性があるとされる子どもへの配慮を示した(紙面3)。これは、校庭基準で社会問題化した子どもの内部被曝に対する国民の不信を、政府としては先取りする形で対応したと推察される。その結果、社会的には厚労省の新基準は受け入れられたように見えた。

拡大紙面3 2011年12月21日付朝日新聞朝刊 厚労省の基準案では、子どもに配慮して乳児用食品と牛乳を一般食品の半分とした。審議会の議論を経て今年4月から適用された

 しかし、内部被曝に対する不安は新基準とは関係なく潜在し、新たな問題を生んでいく。「基準以下であっても、検出限界を超える食品の出荷は受け入れない」という全国的な動きによって、基準とは何かが再び社会の疑問となっていった。

 新基準の導入にあたっては、厚労省の審議会と文科省の放射線審議会での議論に温度差があった。通常時の化学物質と同じ規格をめざす厚労省と、事故後の放射線防護のあり方を考える放射線審議会の違いであった。後者のメンバーとして参加した筆者は、基準設定の難しさを改めて認識した。基準設定には根拠の妥当性が当然争点となるが、それ以上に、基準がもたらす社会的な影響、例えば消費者の不安を抑えたい、生産者の風評被害を抑えたい、食品管理の信頼性を保つべきといった様々な論点が入り込む。サイエンスのみで決定できない以上、社会的な合意でしか成立しえない。専門家を中心とした委員会の限界がそこにあった。

低線量被曝で考えるリスクの二つの側面

 リスクとは「被害の発生する可能性の程度、被害の重大さを考慮して、確率で表したもの」と定義される。人の健康リスクとしては死に至ることが最も重大であるので、死亡確率をもってリスクとして捉えることが多い。

 リスクで表現される対象の多くは、地震や事故など一般に確率が低いものを扱うために、発生前はリスクで捉えていても、いったん発生して被害が大きくなると、その結果は被害の大きさとして認識される。そのため、リスク問題の難しさとして、「事前のリスク認知が確率や結果の大きさだけでなく、制御可能性や未知性といった特性のどれに影響を受けるか」がリスクの社会心理学の主要なテーマとして研究されてきた。

 原発事故の場合、環境中に放出された大量の放射性物質(ベクレルでその量は表現される)によって受ける放射線被曝(シーベルトで表示される)がもたらす健康影響が、安全問題の中心となる。

 今回の事故では、100ミリシーベルト以上の比較的高い放射線量を短期間に受けることがなかったので、被曝後短期間に発生する健康障害は幸いにも発生していない。これは放射線量を測定することで推測され、臨床的に放射線と関連する健康障害が発生していないことで確認される。「直ちに影響を及ぼすものではない」という趣旨に相当する。これに関しては一定の値以上で影響が出る「しきい線量」があるため、「安全」と「危険」の線引きが容易にできることが特徴である。

 それでは100ミリシーベルト以下の線量では何が予測されるのか。現在の科学的知見によると、人や動物実験によって直接影響を観察するまでには至っていないが、100ミリシーベルト以上の線量と発生確率との量的な関係から、線量に応じて健康影響が発生する確率があり、大きな集団の中で一定の割合だけ増加することが予想されている。

 健康影響として発生する可能性があるのはがんと遺伝的影響であり、それぞれの発生確率をこの場合はリスクと呼んでいる。このリスクはゼロ確率を前提としていない連続量であるため、いわゆる「安全量」が存在しない。一般に、安全は一定の条件を備えれば「安全」、それに欠如があれば「危険」というわけでもない。しかし、一定の条件に欠如があれば「安全度」は低下する。リスクはこのような「システムに対する信頼性」、あるいは「健康に対する不安材料」の程度を示したものである。いくら放射性物質(ベクレル)や放射線量(シーベルト)を正確に測定したとしても、たとえ検出限界以下であったとしても、理論的にはリスクが存在する限り、「安全」を求めることはできない。

 リスクには定義からくる二つの側面がある。確率などを推定したりする科学的側面と、ゼロを前提とせず、数値の意味や不確かさを含めて判断することを助けたり伝えたりする社会的側面である。

リスクを伝える際に欠けていた視点

 そもそも「安全」とは何か。この問いに対して専門家に答えを求めることに無理があった。それは、「安全」とは、一定の社会的な合意のもとで得られる約束や手順のようなものであるからであり、リスクが一般に考えるような客観的な線引きが可能なものではないからである。さまざまな放射線基準がいかなる意味をもつのか、政府も説明に失敗し、報道も説明に苦慮した背景には、リスクという概念を理解することの難しさがあった。リスクを真正面から考え、食品の放射性物質汚染などの問題で科学的側面と社会的側面を区別して政府やメディアが伝えることの難しさがあった。

 「安全」をこのように捉えると、予想もしていなかった事故によって、あらかじめ社会の合意のもとで決めていなかったさまざまな基準に対する不信の理由が見えてくる。そこにあるのは科学に対する不信ではなく、社会的な取り決めのないところで進められた社会的判断に対する不信である。この問題は東大グループよって取り上げられ、『低線量被曝のモラル』(河出書房新社)として出版されている。この本を通じて、リスク問題の社会的側面が浮かびあがっている。

 一方、リスク問題の科学的側面については、リスク推定には科学的な不確かさが伴うため専門家による対立があると伝えられている。しかし福島第一原発事故以後の専門家による意見対立という報道は、必ずしも科学的な側面を伝えたものになっていないようだ。リスクが不確かさをもつことは避けられないが、対立点が科学的な事実あるいは理論のどこにあるのかを明らかにするべきであった。

 リスクを伝えることが難しいのは、リスクに関係した事実や理論の現時点での全体像を、科学がうまく伝えていないことにひとつの原因をみることができる。この問題は、私たち専門家集団の大きな課題であると認識している。

 リスクを確率と定義しているからといって、確率の数値がどんな意味合いのものか社会が判断することには限界がある。「リスクがあるかないか」(裏返せば、「安全か危険か」)という姿勢で社会に伝わる限り、社会的側面を含めたリスクの全体像に政府やメディアが注目することはない。特にメディアの問題意識は、科学者や行政関係者に影響を与える。その点からも、「リスクの時代」である現代にふさわしいリスク感覚をもった報道が求められている。

 一方で、私たち専門家は、事故の教訓を「リスク学」のさらなる発展に生かし、「リスクの時代」における科学的事実を発掘するだけでなく、リスクの大きさや性質の理解を助ける役割が期待されていることも自戒しなければならない。 

「東海村臨界事故に対する日本保健物理学会の提言」(2000年4月)

  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps1966/35/2/35_2_159/_pdf