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ネット時代の出版社の役割、出版社の機能を法律でどう評価するか

植村八潮(専修大学文学部教授)

 電子書籍市場が急速に立ち上がる中で、海賊版対策や健全な市場育成のために、出版社への法的権利付与について検討が進んでいる。昨年暮れには、法律専門家が中心となったシンポジウムも相次いで開催された。

 具体的には、実演家やレコード会社、放送会社が持つ「著作隣接権」を出版社にも与えようというものである。楽曲に限らずテレビドラマなどの作品は、一度生み出されたあと、何度も再利用、再放送されている。再利用について、著作権者だけでなくレコード会社や放送会社なども、勝手に複製されない権利として著作隣接権を持っている。

 一方、出版社は発行書籍に対して著作権者と何らかの契約をしない限り、特段の法的権利を持っていない。出版物を編集して世に送り出していくという「出版者の機能」を法律でどのように評価するのか。これまでの動きを振り返ってみよう。

 出版社の権利についての検討は、2010年総務・文科・経産の三省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」の報告書にあった「出版社への権利付与の必要性」提言がきっかけとなっている。これを受けて文化庁が「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」を開催したものの、その後、継続検討となった。

 この間、インターネット上における海賊版問題は深刻化を増していった。アップストアで日本人作家作品の海賊版が販売されていた問題では、日本書籍出版協会などが抗議声明を出している。この事件は、出版社には訴訟などの法的対応策がとれないということを明らかにしたといってよい。

 インターネット上の膨大な海賊版や違法コピーに対して、作家が出版社に取締まりを期待することは至極当然のことである。出版社もその使命を十分意識しているし、世の中の感覚とも合致している。しかし、従来の出版契約のままでは、出版社はインターネット上の海賊版に対して訴訟ができないのだ。

 より大きな問題として、電子書籍市場がなかなか拡大しない点がある。理由の一つに、電子書籍流通の制度的整備の遅れがある。欧米諸国やアジア主要国では、電子書籍流通に対して正面から取り組んでいる。独仏では電子書籍に対して書籍同様、定価販売を可能とした。また英国同様、最近の中国でも書籍版面を権利保護の対象としたときく。世界的レベルで電子書籍流通の基盤づくりが進められている。

海賊版対策から始まった出版社の権利再考の議論

 この必要性を感じた中川正春元文部科学大臣が座長となり、超党派の国会議員、作家、出版社のトップ、図書館関係者らに声をかけて、昨年2月に「印刷・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(中川勉強会)が発足した。私も委員の一人として参加した。誤解されがちであるが、出版界の働き掛けでできた勉強会ではなく、出版文化・コンテンツ振興という国策の立場で立ち上げられたものだ。

 中川勉強会では、書籍および電子書籍の新しい流通基盤整備という緊急を要する課題が先ずあり、この検討から始めて具体的にどうするかに議論が進んだ。

 勉強会ではデジタル・ネットワーク環境により出版物に関わる権利の必要性が新たに高まったという認識で一致した。本を作る上で出版社の役割が大きいことは委員全員の共通認識である。これについては、権利付与への反対論者からも異論はない。

 紙と印刷の時代には、本は複製しても高がしれていた。著作隣接権がなくても、安定的・慣用的処理でなんとかなってきた。しかし、電子書籍では「出版社の果たすべき役割」は大きいものの、デジタル複製の容易さ、ネットワークの拡大速度は従来の比ではなく、現行法制度では対応できない状況となっている。

 反対意見の一つに、著作権者に加え出版社に権利が付与されることで、権利が重畳し、その結果、許諾が煩雑になり、流通を阻害するという主張がある。しかし、出版物の多くは、単一の著作権で構成されるものではなく、複数の著作権で構成されている。出版物を二次的に利用しようとした場合、権利者を見つけ出すことは容易でなく、まず例外なく出版社を窓口にしている。むしろ出版社に権利を付与することで、利用促進が図られると考えている。勉強会では「著作権の流通」を議論したのではなく、「出版物の流通」を議論したといってよい。

 昨年6月に中間報告が発表された際に、議員立法による法制化が取りざたされたことから、一部の反発も招いた。いわゆる「(違法)ダウンロード刑罰化」が議員立法によって制定されたことから、議員立法という手法に対する警戒感が先立ってもいた。「なぜ文化庁の審議会で検討しないのだ(議員立法は間違っている)」という声は、今に続いている。

 いうまでもないことだが、法律は立法府によって制定されるのであり、法制化手続きとして、議員立法と審議会での検討とどちらがよいかという問題ではない。ただし、ダウンロード刑罰化の場合、制定のプロセスがあまりに急で、議論が尽くされたとは言い難い点があった。

 そこで勉強会では、議事録の公開や説明会を開催し、できる限りオープンな議論を進めることとした。関係団体へのヒアリングと並行して、公開シンポジウムをたびたび行い、広く意見を集めてきた。出版社の役割を認めた上で、印刷出版だけに適用される出版権を電子まで拡大すればよい、という意見も寄せられている。

 法律は私たちのためにある。委員の一人から、政治家や法律学者でなく、当事者を中心に法制化の提言が行われたことに、それも極めてオープンに議論が進んでいることを高く評価する、という声があった。関係者の一人として、この評価が変わらぬように進めていきたい。

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植村八潮(うえむら・やしお)

専修大学文学部教授/(株)出版デジタル機構取締役会長。1956年千葉県生まれ。東京電機大学工学部卒業。東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。著書に『電子出版の構図』(印刷学会出版部)。

本稿は朝日新聞社の専門誌「Journalism」3月号から収録しています