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テレビが報道しなかった秘密保護法成立までの「プロセス」

水島宏明 ジャーナリスト

特定秘密法廃止を訴え、「人間の鎖」が国会を包囲した=2014年1月24日午後、東京・永田町、飯塚晋一撮影 特定秘密法廃止を訴え、「人間の鎖」が国会を包囲した=2014年1月24日午後、東京・永田町、飯塚晋一撮影

 テレビ報道では「結果」を伝えるだけでなく、「プロセス」を伝えることも重要な役割だ。たとえば、国会で審議された法案がどんな質疑を経て可決され、法律になったのか。それをどのタイミングでどう伝えるのかは、それぞれの報道の「価値」を決める重要な要素だ。

 私はNHKおよび主な民放キー局の報道番組の「特定秘密保護法」(案)についての報道を、3カ月あまりチェックした。朝と夕、夜のニュース番組、週末の報道番組が対象だ。国会審議前から法成立にいたるまでテレビはどう報道したのか。

 重要な要素と考えるのは以下の三つの点である。

(1) 法案の「内容」の報道―なぜ必要なのか。何が特定秘密に当たるか。「利害関係者」は誰か。それぞれの分野ごとに何が課題なのか。課題への対処はどうなったか十分報道されたか。

(2) 国会の「審議」についての報道―審議のプロセスについての報道は十分に行われたか。

(3) 合意形成をめぐる報道―民主主義のプロセスを踏み、国民の納得が得られたか、という手続きの視点の報道が十分か。憲法上の権利にかかわるだけに、適正な手続きだったかという観点は不可欠だ。

 まず(1)について、NHKのニュースは、「なぜ必要か」を防衛・外交・警察の元官僚の声を集めて報道した(昨年11月25日「ニュースウォッチ9」)。が、懸念される問題として、どの職業にどんな懸念があるのか、たとえばジャーナリストや原発作業員、市民運動家、映画監督らにどんな危険がありうるのかについて、当事者の主張を十分に報道することがなかった。NHKの「利害関係者」は政府関係者と同盟国に限定されていた。

 10月22日、連立与党が法案を合意して国会提出が事実上決まった夜、TBS「NEWS23」は「報道の自由」への懸念に焦点を当て、何が「適切な取材」なのか西山事件を例に引いて4分間放送した。対照的に「ニュースウォッチ9」は、「ホット炭酸」商戦を6分半特集した後のわずか1分の扱いだった。

 その後もNHKは、政府の見解と各党の意見を羅列する「政治部ニュース」に徹した。権力の暴走を懸念する識者を登場させる、という一部民放に見られた姿勢はほとんどない。反対にテレビ朝日「報道ステーション」は10月25日、「警察の裏金問題」を内部告発した元警察幹部を取材し、「警察が捜査と称して色々なことをやり始める」と危惧する声を伝えている。

 (2)の国会審議についても、NHKは「政治部ニュース」に徹した。衆参の特別委員会で法案が強行採決されたニュースで、テレ朝、TBS、フジが「強行採決」という表現をタイトルテロップで使ったが、NHKと日テレは「強行」の文字を避けた。

 審議の「中身」に力を入れて報道したのはテレ朝「報道ステーション」だ。12月4日、参院特別委で安倍首相が、情報保全諮問会議と保全監視委員会の設置を発表した。その際、「今日になって明らかにした」と付け焼き刃ぶりを強調し、「官僚主導で運用されることが明らかだ」と批判的に伝えた。NHKは「総理が(略)設置する考えを示しました」とだけ伝えた。

 翌5日の参院特別委での強行採決。「報道ステーション」は福島瑞穂議員による森雅子少子化担当相への質疑に時間をさいた。どういう場合が教唆に該当するか、担当相の回答は要領を得ないという点が強調された。

 参院本会議で可決する直前の6日も、秘密文書が「保存期間前に廃棄されることはない」と首相が答弁していたのに、この日、閣議決定された答弁書で、例外的に廃棄もありうると書かれた事実を伝えた。最後まで「懸念」を特集したのは「報道ステーション」だけ。政治の動きのみ伝えるNHK「ニュースウォッチ9」との違いは明白だった。

 報道で(3)の論点を明示していたのも前者だ。NHKはこの点、まったく触れていない。

政治も報道も「プロセス」を軽視

 こだわりを見せたのがTBS「報道特集」だ。法案が衆議院を通過した週末の11月30日、55分間の特集をこのテーマだけに集中した。

 政財官による原発推進を小説で告発した覆面キャリア官僚が、法案を「国民はバカだという官僚の選民意識の表れ」と断言。福島市の地方公聴会で意見表明した原発技術作業員は「内部告発しにくくなり安全性を保てなくなる」と懸念を示した。

 原発の核燃料輸送の安全性を監視する市民団体も「輸送ルートを知ることが出来なくなり、知ろうとすると拘束される」。北朝鮮による拉致問題で政府公表以外の被害者の存在について情報公開を求める市民団体は「役所がますます都合の悪い情報を隠す」と〝市民の目〟が届かなくなることを危惧した。

 米国政府による通信傍受の実態や、韓国で同様の法案が2度廃案になった歴史も伝えた。

 秘密保護法成立翌日の12月7日は、国会審議をくわしく特集。福島瑞穂議員が、内閣情報調査室が中心になって官庁間の「すり合わせ」を1年半もしていた証拠文書を暴露した。官僚主導による法制化の証拠ともいえるこの文書を、他局のニュースが伝えない中で唯一報じた。たとえ事後であっても「プロセス」を報道する重要さを示した。

 国会周辺での反対デモや集会に参加した作家、記者、弁護士、学者、NPO関係者の懸念も取材。特定秘密保護法の目的はスパイ防止だが、第二次大戦中、沖縄住民がスパイ扱いされ日本軍に虐殺された過去も紹介した。

 原発、拉致などの情報公開や、官僚の思惑、国外の現状などを多角的に伝えた報道が光るのは、他局が不出来なためだ。

 秘密保護法の成立過程では、パブリックコメントでの多数の反対や採決直前のアリバイ的な地方公聴会など、民意をくみ取る「プロセス」が軽視された。テレビでも一部を除き、「プロセス」の報道が軽視された、といわざるをえない。

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水島宏明(みずしま・ひろあき)
ジャーナリスト・法政大学社会学部教授。
1957年生まれ。札幌テレビ、日本テレビで海外特派員、ドキュメンタリー制作、解説キャスターなどを歴任。2012年4月から現職。主なドキュメンタリーに「ネットカフェ難民~見えないホームレス急増の背景」など。「ヤフーニュース・個人」でテレビ報道の問題などの記事を投稿中。

本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』2月号から収録しています。同号の特集は「『だってネットに出てたもん』を考える」です