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販売効果が大きい本屋大賞 書店の力に頼る出版社も出現

星野渉 文化通信社取締役編集長、東洋大学非常勤講師

「村上海賊の娘」で2014年本屋大賞を受賞した和田竜(りょう)さん 「村上海賊の娘」で2014年本屋大賞を受賞した和田竜(りょう)さん

 今年の第11回本屋大賞は、和田竜氏の歴史長編小説『村上海賊の娘』が受賞した。2012年12月~13年11月に刊行された日本の小説の中から、全国の書店員が投票で選んだ。4月8日に東京都港区の明治記念館で開かれた発表・表彰式には、大事件があったのかと思わせるほど多くのメディアが集まった。

 私も数多くの出版関係の授賞式に参加してきたが、これほど多くのマスメディアが集まる賞はほかにない。

 最初からこうだったわけではない。広告会社の博報堂グループが運営をサポートしているが、第1回の発表会場は日本出版クラブ会館という出版業界の人ぐらいにしか馴染みのない場所だった。取材に来たのも専門紙や書評紙などが中心で、テレビカメラはほとんどなかったと記憶している。

軒並みベストセラー 発行部数を上回る重版も

 それが、現在のように注目を集めるようになったのは、受賞作が軒並みベストセラーになるからであろう。『村上海賊の娘』を刊行する新潮社は、受賞が決まった後、それまで発行部数が17万7000部だった上巻を22万部、15万8000部だった下巻を20万部それぞれ重版した。それまでの累計発行部数より多い部数を重版するということは、同賞受賞による販売効果がいかに大きいかを示している。最近は、よほどの賞でもない限り、「受賞したから重版」ということすら少なくなっているのである。

 さらに、同賞が販売に与える影響が他の賞と違うのは、ノミネート段階から売れ行きが大きく伸びる点だ。毎年1月にノミネート作品10点が発表されるのだが、この時点で書店からの注文が増える。

書店員がファンになりノミネート作も好調

 それは、ノミネート作品が全国の書店員たちの投票で選ばれ、さらにノミネートされた作品に書店員が投票して大賞が決まるからだ。すでにこの段階で、多くの書店員が支持する作品が揃うため、「ノミネート作品コーナー」を作る書店も多い。販売現場の書店員たちがファンになって盛り上げているのである。

 ちなみに今回投票した書店員の数は、1次投票が全国479書店605人、2次投票が330書店386人に達している。これだけの書店がその気になれば、売れないわけがない。

既存の文学賞に反発し売りたい本を選ぶ賞

 一方で、「本屋大賞は売れている本に贈られる」という批判を耳にすることもある。本来、文学賞は〝質〟を重視し、売れていなくても独自性があって質の高い作品にこそ光を当てるべきだという考え方がある。その背景には、「売れる本=良い本ではない」という思いがあるのかもしれない。

 しかし、そもそも本屋大賞を作った書店員たちは、「売りたい本」を選ぶ賞を作ろうと考えたのであり、そこには、もしかしたら「売れる本=良い本ではない」というタイプの文学賞に対する反発があったのではないだろうか。

 賞にもいろんな目的があると思うが、商業的な成功に結びつく賞があるのは良いことだと思う。テレビカメラや新聞記者が押しかける会場の高揚感は、本を書きたいと思う人々の励みにもなるだろうし、多くの人に読んでみようと思わせることにもつながるであろう。

 そして発表会場には、大賞受賞を逃した作品の作家も多数出席する。今年は大賞の和田氏のほか、ノミネートされた6人前後の作家が会場に来て書店員たちと交流したという。これも他の賞にはない光景である。

 それだけ作家にとって本屋大賞は気になる賞なのだろう。賞を運営する書店員たちは、自分の書いた本を最前線で売ってくれる人であると同時に、最も熱心な読者でもある。さらに、物書きは総じて子供の頃からよく書店を利用しており、好きな書店を持っているものだ。そんな書店員と過ごしている作家たちは、本当にうれしそうだ。

お手軽な販売方法に寄りかかる出版社も

 書店員の力でベストセラーを作り出すという流れは、2001年に千葉県の書店の店長が手書きで作ったPOPをきっかけに、刊行から数年を経た文庫『白い犬とワルツを』(新潮社)が大ベストセラーとなったことが最初だった。

 それまでにも、陳列場所や陳列方法など、書店員の売り方一つで売れ行きが違うことは知られていた。だが、手書きPOPという積極的な販売活動の効果が注目され、その後、書店発ベストセラーが相次いで登場するようになった。その流れが、本屋大賞にもつながっている。

 しかし、一方でこうした書店の販売力に寄りかかる出版社も現れている。いきなり書店に自社の本にコメントを書くようFAXを送り、そのコメントを新聞広告などに掲載するといったことが増えているのだ。

 かつては出版社の営業担当者が書店を訪問して、これはと思う本を熱心に薦め、共感した書店員がPOPを作るといった関係が多かった。だが、だんだんマニュアル化され、お手軽な方法で売れ行きを伸ばそうとするようになっている。こうなると本末転倒であり、こうしたことが横行すればPOPや広告への信頼感も落ちてしまうだろう。

 本来、プロモーションは本を出す出版社の大切な仕事であり、出版社の存在理由ともいえる。書店が売りたい本を積極的に薦めたり、自ら本屋大賞を運営したりするのは素晴らしいことである。しかし、もしそのことで本来行うべき仕事を放棄する出版社があるとしたら、書店員の努力を無にすることになってしまう。

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星野渉(ほしの・わたる)
文化通信社取締役編集長。 東洋大学非常勤講師。
1964年生まれ。国学院大学卒。共著に『オンライン書店の可能性を探る』(日本エディタースクール出版部)、『出版メディア入門』(日本評論社)など。

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』5月号から収録しています。同号の特集は「集団的自衛権を考える」です