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巧妙な宣伝を展開するイスラム国

メディアは事実をもって対抗せよ

川上泰徳 フリーランス・ジャーナリスト

「イスラム国」による邦人殺害事件を受け、戦場取材の意義などを考えようと開かれたシンポジウム「なぜジャーナリストは戦場へ向かうのか」=2015年2月17日、東京都渋谷区の東京ウィメンズプラザ、小川智撮影拡大「イスラム国」による邦人殺害事件を受け、戦場取材の意義などを考えようと開かれたシンポジウム「なぜジャーナリストは戦場へ向かうのか」=2015年2月17日、東京都渋谷区の東京ウィメンズプラザ、小川智撮影
 今年に入ってイスラム過激派が関わるニュースが相次いだ。パリのシャルリー・エブド社襲撃事件▽「イスラム国」(IS)邦人殺害事件▽チュニジア博物館襲撃事件である。共通するのは、イスラム過激派によるテロ事件ということである。特に日本人拘束・殺害事件は、初めて日本が「イスラム国」と対峙する事件となった。パリとチュニスで起きたテロ事件も「イスラム国」が絡み、日本の新聞、テレビは、連日、「イスラム国」関連のニュースを流し続けた。しかし、「イスラム国」については、「国家を名乗りながら、近代国家の常識からかけ離れ、暴力的に支配地域を広げようとする理解しがたい組織」(朝日新聞社説)などと一種のブラックボックスとして扱われ、総じて実体に迫ろうとするような報道が乏しかった。

 「イスラム国」が日本を含む世界の脅威だということは強調されたが、実際にどのような脅威なのかが見えてこない。日本の対応についても、安倍首相の「テロに屈しない」という言葉が耳に残っただけで、日本の中東政策は今後、どうあるべきかという議論は弱かった。

 朝日新聞の3月18日付オピニオン面に、『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋)の著者でイタリア人ジャーナリスト、ロレッタ・ナポリオーニ氏の大型インタビューが掲載された。その中で、彼女はこう語った。

 「私たちがISが残酷な組織だと強く感じるのは、初めてソーシャルメディアを通じてそれを見せられているからでもあります。フェイスブックやユーチューブは、ごく最近の現象で、ISはそれらをフルに活用する最初の過激派組織になりました。残酷な映像を見せられれば見せられるほど、彼らを絶対的で大きな存在と感じてしまいます。映像が彼らの持つ力を実態以上に増大させる。彼らはそういうメディアの性質をよく理解しています。だからこそ私たちはISの幻想を解体する作業を始めなければならないのです」

 「イスラム国」のメディア戦略は日本でも成功を収めたということになるだろう。彼女は「イスラム国」の脅威を否定しているのではなく、「ISのローマ侵攻まで心配する報道がある」というイタリアメディアの騒ぎぶりを挙げながら、「私たちは欧州でISができることを過大評価し、中東での脅威を過小評価している」と指摘している。

中東情勢全体を見る視点が欠けたメディア

 私は朝日新聞で20年間、中東記者として働いてきたが、いまほど中東の情勢に危機感を抱いたことはない。「アラブの春」でアラブ世界の民主化が始まると考えた。しかし、民衆が主役となる国造りは、シリア内戦の激化やリビアの民兵の台頭、エジプトの軍事クーデターなどのようにむき出しの武力によってつぶされた。いま、中東のいたるところで暴力が噴き出しているが、秩序を維持する力は脆弱である。「イスラム国」であれ、アルカイダであれ、またはイエメンのシーア派武装組織「フーシ派」のような別の武装集団であれ、増殖するのはたやすい状況になっている。

 ナポリオーニ氏が言う「イスラム国」は中東にとって重大な脅威だというのは、そのような危うい中東情勢の中で考える必要がある。「ISの幻想を解体する作業」とは、中東情勢の中で「イスラム国」の存在を相対化して位置づける作業でなければならない。しかし、メディアは「イスラム国」にばかり焦点をあて、中東情勢全体を見るという視点が決定的に欠けている。

 「イスラム国」を相対化する報道として、イスラムの文脈で「イスラム国」を問う作業が必要なはずだが、私の知る限り、日本の新聞やテレビの報道で、アラブ世界で著名で有力なイスラム宗教者やイスラム主義者に「イスラム国」について正面からインタビューするような試みはなかった。日本の専門家以外では、西側のイスラム研究者やアラブ世界の世俗派に「イスラム国」を解説させる、という企画ばかりだった。

 さらに、日本で、「イスラム国」が属するイスラム厳格派「サラフィー主義」研究の第一人者であり、自ら何度か訪問したことのあるイスラム法学者の中田考氏に突っ込んだインタビューをする試みがなかったのはなぜだろうか。日本のメディアは「イスラム国」を本気で知ろうとしたのか、読者、視聴者に伝えようとしたのかが問われる点である。

 なぜ、多くの若者たちが「イスラム国」に集まるのか、という読者、視聴者が当然持つ疑問に対して、メディアの側が差し出す答えは常に「洗脳されている」という常じょう套とう句くで終わっている。

 「イスラム国」に参加した若者の親たちが「息子は洗脳された」と語るのは分かるが、新聞やテレビが、「イスラム国」が若者たちを集めるのは「洗脳」によると当然のように書いている。「イスラム国」がインターネットサイトでバラ色の情報を出したり、「イスラム国」の協力者が若者を甘い言葉で勧誘したとしても、物理的、心理的な強制を伴わなければ、「洗脳」とは呼ばないことは、常識のレベルである。「イスラム国」による「宣伝」にすぎないものに対して「洗脳」という誇張した言葉を使うのは、「イスラム国」がその力を実態以上に増大させるメディア戦略に自分から乗っていることになろう。

 「イスラム国」とは何かを考える時に、「本当のイスラムではない」という論法がメディアの中で繰り返される。NHKは「イスラム国」は「国」ではないことと、「イスラム教への誤解」を生みかねないので「イスラム国」という表記をやめ、「過激派組織IS=イスラミックステート」と表記することにしたという。しかし、「イスラム国」を名乗ることは、 ・・・続きを読む
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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) フリーランス・ジャーナリスト

1956年生まれ。元朝日新聞編集委員。朝日新聞で94年からカイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、2014年8月まで中東アフリカ総局長。イラク戦争や「アラブの春」などを取材。15年1月に退社し、現職。著書に『イラク零年』(2005年、朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命』(2011年、岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと』(2012年、岩波書店)。WEBRONZA筆者も務めている。