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切れ目ない安保法制の整備めざす政権(下)

国民全体を巻き込む議論と、分析的な報道を〈『Journalism』6月号より〉

礒崎陽輔 柳澤協二 長谷部恭男 小村田義之

日本の国のあり方の議論のほうが重要だ

松本一弥編集長(撮影=吉永孝宏)松本一弥編集長(撮影=吉永孝宏)
 松本 安保法制を根本的に変えることで安倍政権は日本をどんな国にしたいのか、「この国のかたち」をどうしたいのかという点をめぐる明確なビジョンがなかなか見えてこないという気がしていますが、いかがですか。

 長谷部 柳澤先生がご指摘になった話とおそらく同じようなことを申し上げることになると思うのですが、日本として今いろいろな安保法制を整備することではたして何が抑止できるのか、どれだけお金をかければその憂いがないという状態に本当になるのだろうか、ということですね。それがないままに、しかも政府の憲法に関する有権解釈のステータスを揺るがせにした形で立法を進めるということになってまいりますと、これははっきり言って実質的な支えというものがないままに国会での議論が進んでいくということになりはしないかという恐れを実は持っています。

 いろいろな法制の準備がなされているようですけれども、それをすべて一つの通常国会でやろうと思ってもそれでは国民のほうとしては細かな技術的な点に目を奪われてしまいます。

 でも、「何が本質的な問題なのか」「日本は一体どんな国になろうとしているのか」「隣国の中国や韓国とどう向き合うことが必要なのか」、そちらの議論のほうが重要なのであって、それらを前提にした時に、日本はどういう安保法制を整えるのかという議論が出てくる、そんな順番になるのではないのかと私は思っております。

 松本 柳澤さん、この点はどうでしょう。

 柳澤 結局従来の路線は、一言でいえば軍事大国的な外交は追求しないということだと思うのです。しかし一方で、アメリカの力が落ちてきた、中国の力が上がってきた、だから日本もそれなりの補完をしなくてはいけない、一言でいえばそういう状況に国際情勢が変わったのだということをおっしゃっているのだと思う。

 そうだとすると二つ考えなくてはいけないことがあって、一つは、どれだけの能力を日本は身につけなければいけないのかということです。

 冷戦時代の防衛力整備というのは陸上自衛隊が18万人、海上自衛隊が60隻、航空自衛隊が430機という体制で、専守防衛に徹して日本とその周辺を守るという位置づけでやってきたわけです。

 これを今度は、南シナ海とか、インド洋のシーレーンのようなところで各国を支援していく。その部分でアメリカの足らざる部分を補完するとすればどれぐらい船の数が必要なのかということは、計算できることですから、ちゃんと計算しなくてはいけない。

 冷戦時代は60隻の船、今は47隻で、中期防完成時は54隻です。それでどうやってよその国と一緒に日本防衛以外の任務を与えられるのか、そこは資源配分の問題としてきちんと説明してもらわなくてはいけないということが一つ。

 もう一つの点は、仮にそれで対中国包囲網のようなものを構想しているとして、それはそれで軍事的な趨勢としてはそれなりの意味があることだと思うのです。

 その場合に考えなくてはいけないことは、日本という国は中国にとって最前線にいる国なのです。だから中国が仮にアメリカを中心とする対中国包囲網に対して戦いを挑むとすれば、真っ先に襲われるのは日本だという事実を忘れてはいけない。全然違う地域で中国と張り合うような活動をすれば、その分、日本の防衛は手薄になるわけで、その時、中国だったら当然手薄なところを攻めるわけですから、この論理をどんどん進めていったときに出てくるリスクというのはそこにある。どういう形でそのリスクをコントロールしていくかという議論をあわせてしないと。「アメリカの船を守れば抑止力が増して、日本はもっと平和になるんだ」といったお花畑の抑止論を振り回すのは安全保障の議論として非常に雑だし、危険だと私は思います。

 礒崎 今回の法制の話にしても、自民党の中には領海警備法を作るべきだという意見も非常に強かったのですが、自衛隊を出すようなことになれば、これはエスカレーションする可能性があるから、こういうことは抑制しなくてはならないということで、今回は自衛隊の海上警備行動とか治安出動とかの運用の改善により迅速化を図ることで収めています。決して私たちは全体的な軍事拡大路線をとろうとは思ってはいません。

アメリカ以外の国とも安全保障面での協力を

 礒崎 国防上量的なものも、充実させていかなければなりませんが、すべてアメリカのものを代替すると考えているわけではありません。もう少しオーストラリアとかインドネシアとか、あるいはベトナムとか協力できる所と広い範囲での協力もあわせてしたいと考えています。日米同盟も深化しつつ、アメリカ以外の国とも、安全保障の話し合いができるような関係を作っていきたい。そういうことを私たちは考えているわけです。

 それから中国と敵対しようなどという考え方は全くありません。今は尖閣の問題、歴史認識の問題で多少齟齬がありますが、日中間が全体的に対立的関係にあるとは考えていませんし、少しずつこの緊張を解いていく外交的な努力を重ねているところです。中国と向き合うような考え方は日本には全くないということは、大きな声で言っておきたいと思います。

 柳澤 ただ軍事的な側面で言うと、やはり中国のいわゆるA2/AD能力(注6)に対するアメリカの「エア・シー・バトル」(注7)のような文脈の中で、特にガイドラインの協力などは語られていくに相違ないと思います。

 ただその時に、いきなり自衛隊を出すようなことはよくない。私はそれはそのとおりだと思いますし、そこはリスクコントロールの世界なんですね。そこの絵柄が見えないとなかなか、後方支援とはいえ、その周辺以外のところでもいろいろな自衛隊の役割が拡大していくという方向性は間違いなく出ているわけだから、そういうところをトータルにぜひ議論を深めていく必要があるのだろうと思います。

 長谷部 アメリカのエア・シー・バトル構想というものを考えていく上で、私はそんなことはまずないと思うんですけれども、ある一つの例としてこのことを考えるとしますと、結局日本が危ないという時、「ほんとうにアメリカは助けてくれるという前提で物を考えていいのか」ということだったと思うのです。

 というのは、これもまた憲法学者の議論になってしまいますけれども、日米安全保障条約5条自体が、締約国各国の憲法の規定と手続きに沿ってそれぞれの義務を果たすということです。

 北大西洋条約機構(NATO)の条約もそうですが、こういう相互安全保障条約というのは自動執行性はないという前提ですので、あくまで本格的な軍事行動を起こすには議会の承認が要るというのは大前提です。これは米憲法がそれを要求しているのです。ですから、エア・シー・バトルなどということをアメリカの連邦議会が果たして承認するかどうか、そういう憲法上の問題があると思いますし、少なくとも可能性としてあり得るのは、アメリカ政府が「いや、議会の承認がもうとれません」という判断をするということはあり得る話だと思うのです。

中国との向き合い方が安倍政権最大の課題

 小村田 日本はどこへ行くのかという問いに戻ると、これは非常に難しいのだと思います。中国というのが、2020年に、2030年にどういう形になっているか、かなり不確実性が強い。日本国民も政権も含めてどうしたらいいのかわからないというのが今の日本の状況だと思うのです。

 その中でアメリカにつくのか、中国とやっていくのか、という判断がつかないままうろうろしていると、今回のアジアインフラ投資銀行(AIIB)のような話が起きて「あれ?」ということになる。中国との向き合い方をどう考えてうまくマネジメントしていくかということが、歴史的に見ればおそらく安倍政権の最大の課題だと思うのです。そのときに、慎重に歩を進めていったほうがいいと思います。

 日本の国家像の描き方というのが非常に難しい時代の中で、今回の安保法制とか集団的自衛権の話というのはやや不用意な形でベクトルを定めてしまっているのではないかなと危惧を覚えるのです。

 礒崎 中国との外交をどうやっていくかは非常に難しい課題であるのは事実です。難しいけれども、早く氷をとかさなければならないので、あらゆる手段を通じてできるだけ早く全般的な課題を議論するための首脳会談が行われるべきです。今の安保法制の整備は中国に対抗するためにやっているわけではありません。ただいろいろな国際情勢の変化の中に、中国の軍事力の増大というのが一項目入ると説明しているだけです。

 それから、集団的自衛権もいろいろ言われますが、これは国連憲章が認めている権利です。だからそれを世界の国々と同様にきちんと法的に位置付けておこうというだけであります。このことはいろんな席で説明しているのですが、法制というのは、「できること」を定めておくものです。「できること」を定めるのであって、「すること」を定めるわけではないのです。実際に集団的自衛権を行使するときは、その時の政府の判断と国会の判断が必ずかかってきますから、そこはしっかりと議論して判断するのです。法制の整備をすれば何でもするというようなことは大誤解ですから、そこはぜひとも解いていただきたいと思います。

 小村田 結果として対米追従という色合いは強まり、米軍との一体化が強まるというところは明らかにあると思います。

 礒崎 それも両面性があります。はっきりと目標の一つは日米安全保障体制の深化にあると言っています。ただ一方で、アメリカ以外の国とも安全保障対話を始めようとも言っているのであって、そのニュアンスをぜひわかってほしいと思います。

 アメリカは一番大事な同盟国ですから、アメリカとの関係は当然強めていかなければなりません。だからといってアメリカだけとつき合っていればいいのか、そうではないのです。やはりもう少し広く価値観を共有する国とは関係を深めていないと、いざというときに、アメリカだけを頼りにしておくわけにはいかないと考えます。ほかの国とも安全保障上仲よくしようと思っても、今の法制ではできないのです。

 そういうことも含めてほかの国とも仲よくしつつ、ある意味日本がより自立するということも考えてのことです。自立した上で日米関係を深化させよう、自立した上でアメリカ以外の国とも安全保障対話ができるようにしよう。そういう構造で私たちは考えているのであって、アメリカ追従というのとは全然違います。

 松本 自立というのは「アメリカからの自立」を含むということですか?

 礒崎 「アメリカからの」と言う必要はなく、日本の自立ですよね。今までは、アメリカの傘の下で日本の安全保障を確保してきたのです。しかし、これからは、それに加え、日本の自立的な安全保障体制を築かなければなりません。それを確実にできるようにするためには、

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