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突拍子もないギャグ作品のはずだった

現実が追いつき、政治風刺になった

新田たつお 漫画家

 僕は現在、小学館の青年コミック誌「ビッグコミック」で徴兵制をテーマとした『隊務スリップ』という漫画を描いています。

 徴兵制をテーマ……というと、シリアスな作品と思われるかもしれませんが、かなりギャグ要素も入り交じった作品です。「突拍子もない作品」と言ってもいいかもしれません。実際、自分では当初そういうつもりで描いていました。

引退志向を撤回させた安倍総理発言への疑問

 『隊務スリップ』を描くきっかけは、さかのぼれば2012年、安倍晋三総理(当時・自民党総裁)の「憲法を改正して自衛隊を国防軍に」という発言でした。

 「もし捕虜になった時、軍人ならばジュネーブ条約で人道的待遇を受けられる」というのが理由ということでしたが、それを聞いた時に「ん?」と、ひっかかるものがあったのです。

 待てよ、捕虜になるということは、つまり他国に行って戦うということではないか。それは日本の国を守るためではなくて、アメリカのいいなりになって一緒に戦う、ということではないのか。日本はまだアメリカに占領されているんじゃないのか!?

 最初に感じたその憤り、そして実際に国防軍ができたら、いずれは徴兵制も?という想像、さらには現在の若者たちが徴兵されたら、一体どういうことになるのか?という漫画家としての興味、それらが作品の発想につながりました。

 当時の僕は『静かなるドン』という長期連載を描き終えた直後でした。漫画家となって約40年、ずっと娯楽に徹した作品を描いてきました。読む人の暇つぶしになってくれればいい、と思っていたのです。『静かなるドン』を終えた後は、引退も視野に入れていました。

 しかし、やおら描きたい気持ちが高まったのです。戦争をテーマにした作品を描こう。娯楽ばかりでなく、ここらで世の中へのメッセージとなる作品も描いておこう、と。

 というのは、今の若者を見ているとあまりにも気の毒で。一部、大企業に就職できた人は別でしょうが、非正規の仕事に就いた若者には絶望しか待っていないかのような格差社会です。

 漫画家ですからどんどん想像の世界が広がっていきます。国は分厚い中間層を破壊して、狙って貧困層を増やしているのではないか? その行き着く先には徴兵制が待っている……。貧しい若者が働き口を求めて軍隊に入らざるを得なくなる……。

 幸い、ビッグコミックから連載の話をいただきました。初めに考えたタイトルは『国亡軍』です。

 自衛隊を国防軍に格上げ(?)したらどうなるのか。また以前と同じような軍隊になるのか。そうして再び何百万人もの国民の命が失われ、国土を穴だらけにされたら、それは国を守るというより国を滅ぼすことだ、という皮肉を込めたタイトルです。

 しかし、「タイトルとしてはちょっと硬すぎる」という編集部からの意見もあり、僕も挑発的すぎると思っていたので、結局『隊務スリップ』となりました。

冗談のつもりの徴兵制 憲法解釈変更で現実味

 近未来、東京は核テロで壊滅し、首都は静岡県の熱海に……という設定です。なぜ熱海かというと、日本を牛耳る黒幕が温泉好きだから、という実にバカバカしい理由で(ま、自分の都合や選挙の票のために、バカバカしいことを実行させる為政者は現実にもいるでしょう。例えば田んぼの真ん中に、人がほとんど乗り降りしない新幹線の駅をつくる……など)。

 東京核テロ後、憲法9条はなくなってしまい、再び軍靴の音が響く暗い時代に入った物語です。
主人公のひ弱な青年・青乃(あおの)盾(たて)が就職した先は、倒産寸前の饅頭屋。饅頭屋の社長は軍と組んで「突撃饅頭」(軍が兵士に支給する覚醒剤入り饅頭。戦闘への恐怖心がなくなる)を売りたいがために、従業員たちを軍隊へ出向させる。

 出向させられたのは、ひ弱な主人公のほか、小柄なヒロイン、元エロ漫画家、ニューハーフ、元暴力団員、更には若者ではないけれどアラフィフ童貞の独身男などなど。

 あらゆるタイプの人間を出向させるのは、徴兵制の実験台という意味があった―というのが第1巻の内容です。

 この漫画の世界では「特定内緒話保護法」や「武器輸出三倍速」「集団的袋叩き権」があり、更には「特別高圧警察(思想犯や反戦活動家を取り締まる警察の中でも特別高圧的な人間が集まった実にイヤな組織)」まで出てくるという、どう考えてもギャグなのですが、それがいつの間にか現実とシンクロする政治風刺漫画になってしまいました。

 2013年暮れに連載を始めた時は、本当に「突拍子もない作品」を描いているつもりだったのです。

 いくら総理が国防軍だなんだのと言っても、徴兵制なんて現実離れした冗談だと思っていました。憲法を変えるには国民の抵抗がありすぎて、あまりにもハードルが高いですからね。

 ところが現実はご覧の通り、憲法を変えられないなら解釈を変えればいいと言い出した。

 現政権の、この突拍子もない発想には驚かされます。徴兵制も一概に冗談とも言えなくなってきた感があります。

 他にも、描いたことが現実にあり得る展開になってきて驚くことがあります。例えば第2巻に出てくるドローン(無人機)も、描いた時にはまだ世間的には耳慣れない言葉だったのに、あの後すぐに有名になりました。

 元エロ漫画家の江戸山金太というキャラクターは、政府の表現規制が強まったために失職し、饅頭屋への就職から軍隊に出向、という設定です。僕は江戸山に「言論、出版、表現の自由は俺達みたいな末端から抑圧されていくんスよ」と言わせていますが、今それもじわじわと現実になりそうな気配があり、空恐ろしさを感じています。

 それでも自称・自由の戦士(笑)の江戸山には、負けてほしくないと思いながら描きました。
主人公・青乃が江戸山に言う「清濁併せて自由世界なんです」「江戸山さん、いつまでもそのままでいて下さいね。軍隊は個性的な集団が徐々に没個性になっていく所ですから」というセリフは、僕がこの作品全体を通して言いたいことでもあります。全体主義の反対、多様性を認められること、それこそが平和だと思うからです。

 様々な本や新聞、テレビ、ネットの情報を参考として見ますが、心がけていることは左右双方の情報に触れることです。作品中で現実の政治問題を盛り込む時には、左右どちらかに偏り過ぎないよう、イデオロギー的なことからは離れ、原点で考えた時に、おかしいものはおかしい、と表現しているつもりです。

 専門的なアドバイザーはいませんが、唯一のブレーンと言えるのは妻ですかね。妻は元漫画家なので、セリフの推すい敲こう、ストーリー展開なども相談しています。

最近のNHKには疑問 教科書の変容にも憂い

 その妻とも最近よく話すのは、どうも最近のNHKはおかしいんじゃないかということ。国会で重要な審議がされている時に限ってそれを中継しなかったり、夜のニュースで国会審議内容を伝える時に、政府の言い分だけをまとめたり、これではまるで政府広報放送局のようです。その代わりにどうでもいいニュースを延々と垂れ流したりしていて……。

 我が家もそうなのですが、中高年から高齢者世帯では、民放の騒がしさが苦手でNHKしか見ないという家も多いと思います。今のNHKは安倍政権の息がかかっているとしか思えないのですが、NHKしか見ない人間にとってこれは問題です。

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