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福島の健康問題は放射線より糖尿病

データと医療知識を冷静に報道せよ

坪倉正治(医師、東京大学医学研究所特任研究員)

 東日本大震災および東京電力福島第一原発事故から5年になろうとする今、住民の健康に影響を与えているのは、医学的には結局のところ放射線ではない。

 放射線ではないというのは、原発事故や放射性物質は関係がないという意味では決してない。

 「放射線が細胞に当たり、DNAを損傷する。空間線量が何マイクロシーベルト(放射線の身体への影響の単位)あり、汚染物質が何ベクレル(放射性物質の量の単位)ある」といったことが問題なのではなく、「家族がバラバラになり、仕事やつきあう人間が変わってしまった。生活スタイルも変化し、未来への希望が描きづらくなった。高齢化もものすごく進んでしまった」などという生活環境の変化や生活再建に関わる問題が主体であるという意味である。

 現場の問題は既に原発被災地だけの特殊なものではなく、日本のいわゆる「田舎」に普遍的に起こっている問題に近い。

 しかし、いきなり放射線ではないと言われても、なかなか納得できない読者も少なくないと思う。

 まずは現状および震災直後の放射線検査結果について詳しく見てみよう。

 我々は、環境中に存在する放射線から常に被ばくしながら生活をしている。

 具体的には宇宙と大地から発せられる放射線を浴び(外部被ばく)、空気と食べ物に含まれる放射性物質を取り込むことによる被ばく(内部被ばく)をしている。

 環境中の放射線からも常に被ばくしているため、放射線被ばくによる身体への影響は、被ばくがあるかないかのゼロかイチかの議論ではない。被ばく「量」、原発事故によってどの程度被ばく量が増えたか、によって決定される。

 現在でも外部被ばくおよび内部被ばくの検査やモニタリングは継続して行われている。特に内部被ばくに関しては、その封じ込めにほとんど成功していると言ってよいだろう。

 事故後長期間、汚染食品の管理不足によって住民に慢性的な内部被ばくを強いたチェルノブイリとは圧倒的に状況が異なる。

 昨年、南相馬市立総合病院、ときわ会いわき泌尿器科、福島県平田村のひらた中央病院の3病院で実施された乳幼児専用ホールボディーカウンター検査(通称:Babyscan)結果が公表された。約2700人の小児、乳幼児を対象として体内のセシウムの計測が行われたが、誰からも検出されなかった。

 同様に南相馬市では99%の小中学生に継続して内部被ばく検査を行っているが、こちらも検出することはまずない。1千万袋を超える新米が検査されたが、2014年度は基準値を超えたものは流通米では一つもなかった。

 内部被ばくは空気からではなく、汚染食品の摂取によって引き起こされるが、食品の汚染はいくらかの特定の汚染されやすい食品に選択的に起こるものであり、福島県産だからという理由で汚染されるという状況ではすでにない。

 汚染が起こったことは事実である。今も学校給食に地元産の食材を使用できない自治体も多くあるし、学校給食を忌避し、自分の子どもにだけ弁当を持たせる親御さんもいらっしゃる。南相馬市では乳幼児を持つ親御さんの半数以上は「子どもにはミネラルウォーターしか飲まさない。福島県産を食べるのを忌避する」と答えるのも現状である。

 気持ちはわかる。

 しかし我々の体内を検査すれば、もともと自然の放射性物質であるカリウムが数千ベクレル存在する中で、ほとんど検出されないセシウムを含む原発事故による他の放射性物質による健康影響を医学的に説明するのは不可能だろう。

かなり低い放射線量 欧州のほうが高い例も

 ちなみに、放射性物質はゼロではないと批判する人もいるし、セシウム以外の放射性物質の影響を指摘する人もいる。しかし、機械の精度はすでに十分に細かいレベル(シーベルトで言うなら年間約0・01ミリシーベルト、胸のレントゲン写真1枚の数分の1以下)まで計測することができるし、福島第一原発事故の爆発の特徴から、住民に及ぼす影響のほとんどはセシウムによるものであることがわかっている。

 外部被ばくについては、空間の放射線量とともに徐々に下がってきている。

 放射性物質の半減期に加えて、放射性物質が雨で流れることで徐々に減弱している。

 基準の年間1ミリシーベルトとは、何か病気を発症するかもしれない境目の値ではなく、それよりもかなり低い値である。

 しかも、学校の除染や線量管理が行われていることで、どの市町村でも多くの子どもの追加被ばく量が1ミリシーベルトを下回っていることが報告されている。

 多くの親御さんたちはホットスポットの存在について神経をとがらせるが、実際にトータルの被ばく量に影響しているのは、長時間生活する場所の汚染度である。汚染の高い場所を一瞬通り過ぎるのと、ある程度の汚染の場所に数時間いるのとでは後者のほうで被ばく量が多くなるのである。

 福島県内の空間線量は震災前に比べて確かに上昇した。しかしながら、空間線量は土壌の種類によって大きく異なり、日本国内でも被ばく量はちがう。

 ウランを多く含むヨーロッパ大陸では、年間数ミリシーベルト程度も被ばく量が異なる。現在の福島県内での被ばく量はヨーロッパのいくつかの国に居住する場合よりもすでに低い。

 そうなると、被ばくに関して議論に残るのは事故初期のもの、特に半減期の短い放射性ヨウ素に関するものであろう。チェルノブイリ事故後には、小児において甲状腺がんの増加が指摘されている。日本でもその懸念から、2011年以降甲状腺超音波検査が実施されている。日本でも甲状腺がんが50倍に増えたという人もいる。

 しかしながら、現状この甲状腺がんの問題は、検査を行うことによるスクリーニング効果であると考えるのが妥当であろう。

 その根本的な理由は、福島県内で、甲状腺被ばく量がチェルノブイリ事故後に比べて桁違いに低いことに求められる。確かにチェルノブイリ原発事故後、放射性ヨウ素による甲状腺内部被ばくのため、数千人を超える小児が甲状腺がんを発症した。被ばくの大部分は、放射性ヨウ素が付着した食餌をとった牛から搾取された牛乳の摂取によって起こり、周辺地域での甲状腺等価線量は、「平均」で数百ミリシーベルトであった。

 ベラルーシでは平均で1千ミリシーベルトを超えているという報告もある。それに比べて、今回の事故での甲状腺等価線量は、初期の避難と食品の出荷制限でかなり減弱された。

進行遅い甲状腺がん 「副作用」のほうが不安

 最も被ばくを受けたと考えられる個人でも50ミリシーベルト前後、多くが数ミリシーベルト前後であった。川俣町、飯舘村などで1千人以上の小児の甲状腺検査が行われ、長崎大学や弘前大学も実測を行っている。
最も被ばく量が多かったであろうと考えられる浪江町の山側の地区に3号機の爆発後も滞在しておられた方の検査結果も数十ミリシーベルト前後であった。

 他にもいくつかの大学や研究者が独自に甲状腺被ばく量の推定を行っているが、最大で数十ミリシーベルト、多くが数ミリシーベルト前後という結果だ。そこに大きな差はない。

 結果的に、住民のほとんどが甲状腺防護のための安定ヨウ素剤を飲む必要があるレベルには到達しておらず、チェルノブイリで計測された被ばく量と比べて、文字通り桁違いに低い。

 確かに、事故直後、もっと多くの人を対象として被ばく検査が広範囲に実施されていればよかった。そのことは論をまたない。高濃度に汚染された牛乳を繰り返し摂取してしまった小児が福島県内に一人もいない、と主張することもできない。甲状腺による被ばくがあったことは確かである。そしてそれが無用に引き起こされたことも確かである。

 しかしながら、実測および、環境中の値から推定される被ばく量が前述の通りである以上、県内の広範囲で小児の大量の甲状腺被ばくがあり、「甲状腺がんが50倍に増えた」と主張するには無理がある。

 また、被ばくに関しては、チェルノブイリでもそうだったように、より小さい子ども(乳幼児)のほうが被ばくに対して感受性が大きく、リスクが高い。しかし、日本で見つかった甲状腺がんのほとんどは15歳以上であり、被ばくから甲状腺がんが起こったということにも無理がある。

 甲状腺がんは非常にゆっくり進行するがんであり、数年で全例ががんを発症し、末期に進行するものではない。

 特に成人女性では数人に1人は甲状腺の腫瘍性病変を持つとも言われる。実際に甲状腺がんで命を落とす人もいるが、大多数は男性の前立腺がんのように、持っているけれども健康に影響を及ぼさないものである。細かく検査を行えば、小さい腫瘤も多く見つかってしまう。

 韓国では、乳がんの検診と同時に甲状腺の検査が行われ、その結果20%程度の人を検査しただけで、甲状腺がんの数が15倍に跳ね上がってしまったことが報告されている。

 ほとんどがゆっくりとしか進行しない(そして寿命を終えるまでに進行しないかもしれない)甲状腺がんについて、そのすべてが数年で進行すると仮定して計算すれば、これまでの県内の検査から甲状腺がんが増えたといった結果をはじき出すこともできるのかもしれないが、そのような報道は現実に即しているとは言えない。

 正直なところ、実際に患者を診ていない数字遊びという印象しか持てない。

 他県のデータと比べればよいという意見も聞くが、そもそもリスクもないのに甲状腺がんの検診を他県で行えば、結果的に無用な「副作用」を招く恐れがあり、倫理的に許容できない。

 多くの親御さんが事故直後の行動を悔やみ、甲状腺に関して不安の中にいることは重々承知している。実際に検査を行い、「結果を見て安心した」とおっしゃる方も多い。

 しかし結果的に、現在治療不要かもしれない甲状腺がんに介入している恐れは十分にある。

 除染と同じように、始めてしまった以上、もはや検診をやめるという決断はできないだろう。しかし、チェルノブイリの事故後、甲状腺がんを発症し、その後亡くなった人の多くは、甲状腺がんそのものによる死亡ではなく、長期間の治療により精神を病んで自殺したり、治療薬の副作用による白血病などを原因とする死亡であったりした。

発がん危機はほぼない むしろ糖尿病が増加

 そのことを考えると、むしろ現在考えるべきは、実際に甲状腺がんが見つかった場合に、その方々にしっかり心のケアを行い、医療費免除など経済的な援助を行うことにあるだろう。

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筆者

坪倉正治(医師、東京大学医学研究所特任研究員)

坪倉正治(医師、東京大学医学研究所特任研究員)(つぼくら・まさはる) 医師、東京大学医学研究所特任研究員

1982年生まれ。2006年3月、東京大学医学部を卒業、11年4月から東京大学医科学研究所研究員として勤務、現在は特任研究員。東日本大震災発生以降、毎週月~水は福島県浜通りに出向き、南相馬市立総合病院、相馬中央病院を拠点に医療支援を行っている。血液内科が専門、内部被ばく関連の医療にも従事している。