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若者に魅力ある新聞ジャーナリズムへ

社会の複雑さをどう引き受けるかが課題

大石 裕 慶応義塾大学法学部教授、日本マス・コミュニケーション学会会長

 「自分の書いた記事が読者に届いていない」。多くの新聞記者がこう嘆く。この言葉は、かつては読者からの反応が乏しい、共感が得られないという意味で用いられていたようだが、今はそうではない。記事それ自体、読まれていないのである。特に若者の大部分は、新聞だけではなくテレビのニュースも見ることなく、ネット情報だけに依存している。驚くことに、マスメディアを志望する多くの学生もその例外ではない。メディア関連のゼミの学生にとっても、新聞は研究資料であり、書籍と同様「構えて」読むものになってしまった。これが現実である。

 そのことを嘆こうとも、批判しようとも、この現実をふまえながら、ジャーナリズム教育、ジャーナリストの育成について考えなければならない。これが今、ジャーナリズムが直面している課題である。新聞を読むことが、日常の行為ではなくなったのである。だからと言って、新聞やテレビの伝える情報が、社会で影響力をもたなくなったわけではない。影響力があるからこそ、一部の政治家や「有識者」はメディアをコントロールすべきと発言するのである。

マスメディアに対抗するオルタナティブ・メディアの出現

 20世紀はマスメディアの時代であった。ただし、マスメディアの受け手としてのマス(=大衆)は、たとえばパブリック(=公衆・市民)と対比される時、つねに批判され、警戒される存在であった。マスメディアに操作されやすく、理性ではなく感情によって判断し、行動するのが大衆と見なされたからである。そうした大衆によって構成される大衆社会の欠点をどう克服するか、それが20世紀の民主主義の一つの重要な課題であった。

 有力な回答は、言うまでもなく教育の重要性を説くことであった。情報に注意深く接し、それを批判的に読み解く力を人々は備えるべきという「メディア・リテラシー」論が注目されるようになった。メディア・リテラシーを身につけた人たちは、次には自ら情報の送り手となり、積極的に情報を発信すべきという主張も広く受容されるようになった。それに関連して、マスメディアを補完し、あるいは対抗するメディア、すなわちオルタナティブ・メディアの必要性も声高に主張されるようになった。

 1980年代半ばから巻き起こった「ニューメディア・ブーム」、そして高度情報社会論は、マスメディアを中心に展開されてきた従来の民主主義とは異なる、もう一つの民主主義の可能性を示そうとしていた。ニューメディアの開発と普及が、マスメディアに簡単に操作されない「市民」の誕生を期待させたからである。その後、パソコンやインターネットが急速に職場や家庭に浸透し、携帯電話やスマートフォンが必需品となった。オルタナティブ・メディアの活用は容易になり、だれもが情報の送り手になりうる時代が到来した。実際、通勤電車の中では新聞や週刊誌を読む人は激減し、スマートフォンに興じる風景が定着した。こうして、特に「デジタル・ネイティブ」と呼ばれる若者たちの間でのマスメディア離れが進んできたのである。

 情報社会論の見解に従うならば、新聞・テレビニュース離れは歓迎すべき現象ということになる。しかし何かが違う。この現象をそのまま受け入れられない人が多数いる。私もその一人である。この「不思議」を解消するためには、やはりジャーナリズム、ジャーナリストの持つ意味を考える必要がある。

既存のシナリオで描かれた「アラブの春」

 

アラブの春、ムバラク大統領の退陣後、軍の装甲車に上がって喜び合う市民たち=2011年2月11日、エジプト・カイロのタハリール広場拡大アラブの春、ムバラク大統領の退陣後、軍の装甲車に上がって喜び合う市民たち=2011年2月11日、エジプト・カイロのタハリール広場
ジャーナリストは言うまでもなく、ニュースを生産する専門職業人である。専門職業人は、概して前例に依拠する傾向が強くなる。前例を知悉(ちしつ)しているからこそ、専門家と呼ばれるのである。ジャーナリストにしても、過去に生じた出来事を参照しながら記事を書く。「参照」というのは穏やかな表現で、「囚われる」と表現したほうが適切かもしれない。既存の枠組みをもとにして、直感的に出来事の重要度を判断し、取材し、報道する。この一連の作業を通して、(意図する、しないは別にして)出来事の意味づけを行う。記者(そして編集者)は、条件反射的に前例に従いつつ、出来事をニュースに変換していくのである。これはジャーナリストの一つの顔である。

 その結果、多くの読者にとっては理解しやすい記事が作成されることになる。例えば、「アラブの春」、そしてチュニジアに端を発した「ジャスミン革命」は、「中東の民主化」という言葉でわかりやすく語られた。「民主化」、あるいは「革命」という言葉が先行したのである。もちろん、現場からの報告の中にも、こうした言葉に惑わされることのない冷静な記事があったのも事実である。しかし、当時のジャーナリストの多くは、いくつかの条件は付しながらも、「民主化」という言葉によって中東の政治変動をとらえ、伝えていたのではないか。「民主化」という既存のシナリオ、あるいは「物語」をまずは設定し、その枠の中でこの状況の意味づけを行おうとしたのではないか。

 もちろん、だからと言って、新聞記事が既存の思考の枠組みを揺さぶり、変化をもたらすのに有益ではないと主張するつもりは毛頭ない。特有の優れた嗅覚を働かせ、社会の暗部に光をあて、皆が気づかない問題をえぐり出し、適切な報道、解説、論評を行う記事が多数存在するからである。専門的な情報や知識に裏づけされた記事、それに基づいた独自の解釈や意味づけを行う仕事は確かに存在する。これは、専門職業人としてのジャーナリストのもう一つの顔と言えるかもしれない。

避けるべき 瞬間風速だけの判断

 2015年9月28日の毎日新聞は、「クローズアップ2015:憲法解釈変更、公文書残さず 揺らぐ『法の番人』」という見出しで、以下の記事を掲載した。それは、「政府の憲法解釈を一手に担う内閣法制局が、40年以上維持してきた『集団的自衛権の行使は違憲』という判断を昨年夏、180度転換した。その過程を記す公文書は何も残されていない。……国のかたちを根底から変える9条の解釈変更について、法制局はたった1日の審査で『意見なし』とし、結果は憲法解釈を担当する第1部の参事官が電話で内閣の担当者に伝えた」(日下部聡ほか)というものであった。安保法制に関する論議が高まっていたことから、この記事はきわめて時宜を得た内容であった。「立憲主義」対「集団的安全保障の必要性」という二分法図式とは異なる角度から、内閣法制局の集団的自衛権に対する取り組みの問題点を浮き彫りにしたからである。

 しかし、一方で、まずは物語ありきの既視感を覚える記事が数多く掲載されていたという指摘もできる。例えば、「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)」に関する記事、すなわち「東京・渋谷や国会前などで数千人を集める力を持つ。そのスタイルは斬新だ。洗練されたデザインのプラカード。軽快なヒップホップのリズム。今風の若者がラッパーのようにコールする。「戦争立法絶対反対」「民主主義ってなんだ」「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」」(前田直人、朝日新聞2015年6月28日)がそれにあたる。SEALDsの活動は原発反対を叫ぶ一連のデモ、あるいは時代をさかのぼって「60年安保」や「べ平連」のデモと関連づけられ、朝日新聞をはじめいくつかの新聞では大きく報じられた。

 『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎・SEALDs著、河出書房新社)のように、SEALDsの活動を「新たな民主主義の芽生え」と評価することはもちろん可能である。2015年6月に選挙権の年齢が18歳に引き下げられ、ソーシャルメディアを利用したデモや集会への動員という点も含め、若者の政治行動に一層注目が集まるようになったことも理解できる。この運動を貶めようとした、一部保守派の発言は論じるに値しない。それでもなお、この記事のような書き方には違和感を覚えてしまう。なぜなら、政治・社会運動に関しては、瞬間風速だけで判断することは控えるべきと考えるからである。この種の運動はかなりの期間持続しなければならず、影響力を増すためには、程度の差はあれ一定の組織化が必要になる。ところが、SEALDsに関してはその展望が明確になっていなかった。加えて、運動はつねに制度(選挙など)を視野におさめ、制度化された組織(政党など)と連携する必要が生じてくる。それが民主主義のもう一つの現実である。

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筆者

大石 裕(慶応義塾大学法学部教授、日本マス・コミュニケーション学会会長)

大石 裕(慶応義塾大学法学部教授、日本マス・コミュニケーション学会会長)(おおいし・ゆたか) 慶応義塾大学法学部教授、日本マス・コミュニケーション学会会長

1956年、東京都生まれ。慶応義塾大学大学院法学研究科(政治学専攻)博士課程単位取得退学。関西大学社会学部助教授などを経て現職。著書に『ジャーナリズムとメディア言説』(勁草書房)、『メディアの中の政治』(同)、『ジャーナリズムは甦るか』(共著、慶応義塾大学出版会)など。