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闘うべき最初の相手は権力ではなく

個よりも組織を優先する無自覚性だ

森達也 映画監督、作家、明治大学特任教授

衆院予算委員会で安倍晋三首相(手前)の答弁を聞く高市早苗総務相=2月29日拡大衆院予算委員会で安倍晋三首相(手前)の答弁を聞く高市早苗総務相=2月29日
 今年1月、ジャーナリズム編集部の竪場勝司から、「弊誌2016年4月号(4月8日発売)で、『権力監視とメディア』(仮)と題した特集を計画しています」で始まるメールが送られてきた。

 「政権側からのテレビ局への介入・圧力が強まっている中、特集では、こうした問題を指摘し、メディアは権力監視の役割を果たしているのかを問う論考を集める予定です。つきましては、森様には、①政権・権力からのテレビ局への介入・圧力の問題をどう捉えているか②こうした圧力に対して、テレビ局はきちんと対処しているのか③介入・圧力の問題に関する報道は十分か④テレビ・新聞などのメディアは権力監視の役割を果たしているか⑤権力監視のためにメディアはどういった報道をしていくべきか、などについて、論考を書いていただきたいと考えております」

 文字数は9400字前後。かなり長文だ。とりあえず了解と返信した。でも机の前に座ってパソコンのワード画面を開いてから、しばらく放心する。何を書けばいいのだろう。何を書くべきなのだろう。

 もちろん書くべきことは決まっている。メディアの最大の使命は権力の監視である。そんなことはもう何十回も書いたり言ったりしている。僕だけではない。多くの人がそう発言している。ましてや本誌の読者なら、それは大前提の知識のはずだ。今さら書いても仕方がない。

① 政権・権力からのテレビ局への介入・圧力の問題をどう捉えているか?
監視されるべき存在が監視する存在に圧力を加えるのだから論外です。

② こうした圧力に対して、テレビ局はきちんと対処しているのか?
対処していません。

③ 介入・圧力の問題に関する報道は十分か?
まったく十分ではないです。

④ テレビ・新聞などのメディアは権力監視の役割を果たしているか?
当然ながら果たしていません。

⑤ 権力監視のためにメディアはどういった報道をしていくべきか?
自分たちへの介入や圧力を、ここぞとばかりに伝える報道です。

 これで終わってしまう。文字数は233字。既定の9400字には全く足らない。困った。もう一度考える。圧力とは何か。圧する力だ。竪場は依頼の文章に「介入・圧力」と記述しているけれど、これを科学的に考察できないだろうか。1㎡あたりに対してどれほどの力が働いているのか? そして時間は? 圧力の総量は力×時間。この場合の介入の定義は?

 ……だめだ。そもそも生粋の文系で、高校時代に物理は赤点ぎりぎりの成績だった。科学的思考は苦手なのだ。だから比較衡量するうえで、他国の事例を考える。

報道自由度ランキングで日本の順位は61位

 2015年、国境なき記者団が発表する「世界報道自由度ランキング」で、日本の順位は61位と発表された。上位を占めるのはこれまで同様、フィンランド、ノルウェー、デンマークなどの北欧諸国だ。アメリカやイギリス、フランスなど先進国の多くは、年によって多少の変動はあるが、基本的に50位内にランクインしている。

 つまり日本は、報道の自由度においては、相当に後進国であると見なされているということになる。

 10年の民主党政権時代、日本はこれまでで最上位ランクである11位を記録している。その前年は17位。ところが自民党政権になってからは、13年には53位、14年には59位と下がり続け、15年には過去最低の61位まで転落した。

 なぜこれほどに評価を下げたのか。要因としては、記者クラブに体現される大手メディアの閉鎖性が東京電力福島第一原発事故でさらに強化されたことに加え、13年に成立した特定秘密保護法における秘密の定義があまりにも曖昧すぎるからと解説されている。

 このランキングで、エリトリアと並んで常に最下位に位置する北朝鮮に行ったのは13年。北京から平壌行きの高麗航空機に乗り込むとき、乗客の半数以上がヨーロッパからの観光客であることに驚いた。まあでもそれも当たり前。日本のメディアの情報だけを聞いていたら完全に国際的に孤立した国と思いがちだけど、北朝鮮と国交関係を有していない国は、アメリカ、日本、韓国、イスラエル、サウジアラビアなど、実はとても少数だ。ヨーロッパで国交を有していない国はフランスだけ。多くの国は北朝鮮と、人も物資も自由に行き来できるのだ。

 ただし観光には不向きな国だ。このときの宿泊は、よど号メンバーが居住している平壌郊外の施設の離れの一角だったけれど、周辺の野山を散策しても日本と違いはほとんどない。しかもホテル代など外国人向けの物価は高い。さらに自由に街を歩けない。外国人には必ずガイド同伴だ。実際にはお目こぼしもあって、滞在中にカメラを手にして僕はかなり一人で街中を歩いたけれど、多くの市民や警察官らしき人から凝視されて閉口した。

 滞在数日が過ぎたころ、戦争博物館に足を運んだ。正式名称は祖国解放戦争勝利記念館。その展示コンセプトを一口にすれば、「自存自衛のための戦い」だ。自らの歴史や現状への懐疑や批判など欠片もない。ひたすら「我々は決して屈さない」などと自画自賛。このあたりは、「誇り高い」とか「気高い」とか「美しい」などと自らを称揚するこの国の今の姿とよく似ている。

 アメリカとその同盟国は、我が国を侵略する機会を虎視眈々と狙っている。平和を守るために誇り高き自分たちは戦う。正義は我々とともにある。邪悪な敵には決して屈さない。

 ……館内を歩きながら気づく。北朝鮮が特別な国なのではない。すべての国が犯してきた(あるいは今も犯しつつある)過ちが、あらゆる情報が遮断されて閉鎖されているがゆえに、この国ではより高い純度で凝縮されているだけなのだと。

 新聞には社会面がない。正確には「ない」わけではないが、事件や事故の報道はとても少ない。1面で大きく伝えられるニュースは、すべて政府(朝鮮労働党)の公式発表がソースだ。特に最高指導者の動向は写真付き。テレビも同様。事件や事故などのニュースはほとんどない。スマホなど携帯電話はかなり普及しているが、ネットも含めて国外との情報のやり取りはほぼ不可能だ。僕もノートパソコンと携帯電話を持ち込んだが、もちろん国外とはつながらない。

 なぜメディアが自由に報道しないのか。なぜ国民に海外との情報のやり取りをさせないのか。答えは明らかだ。個人崇拝と絶対服従を強制する独裁体制が存続できなくなるからだ。

 遮断された国外からの情報の代わりに、国民たちは絶え間なく、アメリカとその同盟国の危険性を注入される。気を抜くと彼らは攻めてくる。我が人民は滅ぼされる。危機的状況だ。だからこそ自国防衛を最優先する先軍政治が支持される。

 北朝鮮の正式名称は朝鮮民主主義人民共和国。デモクラシー(民主主義)を謳っている。そしてそれは、あながち嘘ではない。多くの人民たちは金正恩体制を支持している。もしも普通選挙が行われたとしても、大きな変革は望めないだろう。

一極集中に付和雷同 誰かがやるから私もやる

 こうして民主主義と独裁体制が矛盾なく共存する。稀有な事態ではない。ナチスドイツはどのような過程で権力を掌握したのか。大日本帝国はなぜ軍事国家となったのか。クメールルージュはなぜあれほどに自国民を虐殺できたのか。いずれの政権も(選挙制度に多少の問題はあったとしても)とりあえず国民から承認されている。その手続きに重大な瑕疵はない。

 これらすべての事例に共通する要素は、メディアの機能停止だ。「世界報道自由度ランキング」で、北朝鮮と共に毎年最下位にランクインされるエリトリアやトルクメニスタンも、それぞれ独裁体制が敷かれている。政権がメディアを支配してコントロールすることで、外の敵を煽り続け(金正恩の国内における最重要な肩書は「国防委員長」だ)、国民からの支持は盤石なものとなる。

 こうして人は過ちを繰り返す。

 なぜならば人は弱い。大地を疾走する速い脚もなければ、空を飛ぶ翼もない。鋭い爪や牙は進化の過程で退化した。もしも裸で喧嘩をしたならば、僕はチンパンジーにも勝てないだろう。

 だからこそ人は群れる本能が強い。単独ならば天敵に捕食されてしまう。でも集団となっていれば、 ・・・続きを読む
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筆者

森達也(映画監督、作家、明治大学特任教授)

森達也(映画監督、作家、明治大学特任教授)(もり・たつや) 映画監督、作家、明治大学特任教授

テレビ番組制作会社などを経てフリーに。監督作にオウム真理教信者に密着したドキュメンタリー映画「A」など。ゴーストライターをテーマにした新作映画「FAKE」を6月から上映。