宗政一体の運動で「改憲」に王手寸前
2016年05月18日
筆者は、2015年2月、扶桑社系WEBメディア『ハーバービジネスオンライン』(http://hbol.jp)で、安倍政権の背後に蠢うごめく「日本(にっぽん)会議」についての調査・報告を目的とする連載記事「草の根保守の蠢動」をスタートさせた。一介のサラリーマンからライター稼業に飛び込んで最初の大仕事だ。編集部は調査活動に多大なる理解と惜しみない協力を示してくれたが、やはりWEBメディアとしては限界がある。常にリソース難に悩み続ける1年間だった。そしてなによりつらいのが、筆者の目には極めて大きな問題と映る「日本会議」について、全国紙を始めとするメジャーなメディアが沈黙を続けることだった。もし自分の取り扱う事象が、本当に社会的にも大きな問題であれば、きっと大手メディアも追随を始めるはずだ。そんな思いで、ひとりぼっちの孤独な調査作業を続けていた。しかし、大手メディアは動く気配すら見せない。
そんな中、ようやく朝日新聞が立ち上がった。
3月23日の朝刊に掲載された「日本会議研究 (憲法編:上) 改憲へ 安倍政権と蜜月」を皮切りに、いよいよ正面から「日本会議」を取り上げるシリーズ企画がスタートした。しかも、23日の当該記事の真下には「主な改正テーマ 前文や安全保障 国会議員懇談会が方針」と題された「日本会議国会議員懇談会」のリアルタイムな動きを伝えるベタ記事まで配する念の入れよう。特集記事で政府・与党が邁進する改憲路線の概要とその歴史を解説し、速報性のあるベタ記事で直近の動向を伝えるという構成だ。一般的な読者にはなじみの薄いこのテーマを新聞が扱う方法として、これ以上効果的なものはないだろう。
今回の朝日の記事は、気合の入れようが違う。予告通り3日連続掲載された特集記事の最後は、「日本会議」周辺で重要な位置を占める椛島(かばしま)有三(日本会議事務総長)、伊藤哲夫(日本政策研究センター代表)、百地章(日本大学教授)、高橋史朗(明星大学教授)、衛藤晟一(首相補佐官)の名前を並べ、彼らがみな学生時代、新興宗教「生長の家」の活動に従事していた事実と、「生長の家」創始者・谷口雅春の思想から強い影響を受けていることを示唆し、谷口の独特な憲法観を示す彼の著作の一節を引用する形で終わっている。一般紙の限られた文字数の中で、これほどまでに「日本会議」の概要とその本質を描き出した事例は、いまだかつてない。実に見事な出来栄えだ。
しかし、もし今回の特集が、一般読者に安倍政権が推し進める改憲路線の詳細を伝え、背景に蠢く諸勢力の動向を解説し、来る参院選に向け有権者に判断材料を提供することを目的としているものならば、いささか遅きに失したと言わざるを得ない。
所謂「安保法制」採択で見せた無軌道な政権運営や、その前後から相次いで明るみになった閣僚や与党議員の失態があるにもかかわらず、安倍政権はいまだに高い支持率を維持している。本稿執筆時点(3月末)の情勢からは、今夏の参院選を「消費増税延期の是非を国民に問う選挙」と位置づけることで、衆参同日選挙に持ち込もうとする安倍首相の意図が透けて見える。おそらく、この高支持率と経済政策を旗印とした選挙戦略で、安倍政権は今夏の選挙でも再信任を受けることになるだろう。その後政権が「改憲」に向けて邁進するのは、想像に難くない。そうなるまであと数カ月しかない。それまでに「日本会議」の存在や問題点を有権者の判断材料として提供しきるのは、極めて困難だ。
今日に至っても、大手メディアは「日本会議」とその周辺をあまりにも軽視している。これまで、「日本会議」とその周辺の事象についてのリポートや論考を出し続けてきた人々は、もっぱら、ルポライターやフリージャーナリストと呼ばれる人々と、一部の学者たちだ。決して、大手メディアに属するような人々ではない。1970年代から新右翼界隈についての優れたルポルタージュを書き続けていた猪野健治。市民運動の現場から得られた知見と圧倒的な定量情報を駆使し主に教科書問題についての比類ない論考を発表し続ける俵義文。名著『戦後の右翼勢力』をはじめとし、史料的な裏付けから鋭い分析記事を書き続けた堀幸雄。こうした偉大な先達たちは、それぞれの視点から「日本会議」とその周辺に行き当たり、様々な記事を発表してきた。しかし彼らの非凡な作品でさえ、多数の人々の目に触れるような媒体で取り上げられることはなかった。
全国紙としてはようやく最初の事例となった3月末の朝日新聞の特集記事は確かに素晴らしい出来ではある。しかし、これまで同紙がこうした事象を正面切って取り上げた事例はほぼない。東京新聞や神奈川新聞も数度にわたって「日本会議」に関する優れた記事を発表しているが、本格的な取り組みが始まったのはどれもここ数年のことだ。テレビメディアに至っては「日本会議」という言葉が登場した事例さえ、ほとんどない。
そもそもなぜ「日本会議」とその周辺は「報道されるべき存在」と言えるのか。まずはその点を確認しよう。
しばしば「日本会議」は「日本最大の右派系市民団体」と形容される。こう表現されると極めて巨大な組織のように聞こえるが、その会員数はわずか4万人弱にすぎない。会員数4万人前後の市民団体など珍しくはないだろう。
だが「日本会議」は、旺盛な運動を長期間かつ多方面に展開している。「日本会議」の公式サイトに掲載された「国民運動の歩み」(http://www.nipponkaigi.org/activity/ayumi)ページで確認できるだけでも、「大嘗祭(だいじょうさい)への国費支出を求める請願署名600万筆」「終戦50年決議反対署名506万筆」「夫婦別姓反対署名100万筆」「教育基本法改正署名350万筆」などなど、その署名活動の規模の大きさと頻度の高さがうかがい知れる。署名活動のみならず、「国立追悼施設反対集会及び国会請願行進(1500人参加)」「『創ろう!誇りある日本・国民大会』(2000人参加)」「教育基本法改正を求める中央国民大会(2000人参加)」と、大規模なデモ・集会も、頻繁に開催しているのが見て取れる。
さらに注目すべきは、こうした「国民運動」のほとんどが、法制化・制度化という結果を生んでいる点だ。大きな議論を生んだものの、大嘗祭は国費負担で挙行された。「終戦50年決議」は、強固な反対意見が原因で参院への提出さえ見送られる事態となった。改正後の教育基本法には、表現こそ緩和されたものの日本会議が要求していた「愛国心条項」がしっかりと組み込まれている。
そして、今「日本会議」は、こうした実績を多数生んできた手法を用い、改憲運動に総力を挙げて取り組んでいる。彼らは目下、改憲運動のための実働団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を通じ、1000万筆獲得を目標とした大規模な署名活動を全国各地で展開中だ。また、昨年11月には、「今こそ憲法改正を! 1万人大会」と称する集会を日本武道館で開催。タイトル通り1万人が集結し、改憲に向け気勢をあげた。この大会には、古屋圭司(自民党)、中山恭子(日本のこころ)、松原仁(民進党)、藤巻健史(おおさか維新)など各政党の幹部クラス議員の参加が確認されている。また安倍首相もビデオメッセージを寄せ、この運動への期待を表明した。彼らの訴える改憲要求の声は、すでに政権にまで届いているのだ。
もう一つ、「日本会議」とその周辺が展開する改憲運動で見逃せないのが、「日本政策研究センター」の動向だろう。
同センターの代表を務める伊藤哲夫は「安倍首相の筆頭ブレーン」とも称され、日本会議政策委員でもある人物だ。「日本政策研究センター」はシンクタンクを自称する団体であり、「日本会議」のように、大規模な市民運動を展開するわけではない。しかし現在、全国各地で「明日への選択セミナー」と称する講演活動を活発に開催し、改憲に向けた啓蒙活動を展開している。そのセミナーで配布されたレジュメからは、彼らが「緊急事態条項の創設」「憲法24条への家族条項の追加」「憲法9条2項の改正」の3点セットを改憲のポイントとして挙げていることが読み取れる。そしてこの3点セットは、安倍政権が主張する改憲目標と、まさに同じだ。
このように見ると、安倍政権が進める改憲路線と「日本会議」とその周辺が進める改憲運動は、見事に連動しているように見受けられる。そうであるならば、有権者に判断材料を提供する意味でも、また政権の意図を伝える意味でも、やはり報道によってカバーされるべき事象だと言えるだろう。
しかしやはり、「日本会議」とその周辺には、報道や論評の対象として一種の取り扱いにくさがある。その一つの理由は、宗教団体の存在ではあるまいか。
表1は、「日本会議」公式サイトで公開されている役員名を一覧表形式にまとめ直したものだ。役員総数56人(1人重複)のうち、23人が宗教団体関係者であることがわかる。役員の3分の1以上が宗教関係者なのだから、「日本会議」は極めて宗教色の濃い団体と言えよう。
過去に実施された「日本会議」のイベントでは国柱会、倫理研究所、神社本庁、IIC(霊友会)、佛所護念会教団、念法眞教、崇教真光等の各種宗教団体別の受付窓口が設けられていることが確認されており、
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