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スクープ連発 「週刊文春」編集長に聞く

「親しき仲にもスキャンダル」精神で お金のとれるスクープを狙い続ける

新谷学 週刊文春編集長

 「週刊文春」が政治、社会、芸能、スポーツなど幅広いジャンルでスクープを連発している。ネットの興隆で紙媒体やテレビなど既存メディアが苦戦するなか、どうやって活力を維持しているのか。新谷学編集長に聞いた。(インタビューは4月28日)

―「週刊文春」がスクープ連発で売れていますね。今年になって完売も3回ありました。

新谷 週刊誌は、売れるとすべてがいい方向に回ります。現場の記者の士気が上がる。情報提供も増え、士気の高い現場がさらにスクープを放つ。雑誌が売れてますます士気があがる。いまはこうした好循環に入りつつあると思います。

―新谷さんは2012年4月に文春の編集長になりました。6月に「小沢一郎妻からの『離縁状』」と「巨人原監督が元暴力団員に一億円払っていた!」をスクープして完売。でも、その後は佐村河内守氏の偽ベートーベンなどスクープはありましたが、完売にはいたっていません。春画掲載が問題視され、昨年10月から3カ月間休養した後、今年1月に復帰していきなり完売を連発。何か変わったのですか。

新谷 特に戦い方を変えたわけではありません。ただ、3カ月間の休養はプラスでした。毎日、山ほど人に会うなかで、週刊文春はどんな読者に支えられているか見つめ直せたし、自分がどういう人間か客観的に見ることもできた。おごり、特別な仕事をしているという傲ごう慢まんさがたしなめられた気がしました。

―おごり、ですか?

新谷 「これはすごいスクープだぞ」と気負い、上から目線になっていたかもしれない。文春が親しまれるより怖がられるメディアになっていたのかもしれない。ある人から「新谷さん。なんと言われているか知ってますか」って言われ、「なんですか」と聞いたら、「狂犬」。なんにでも嚙(か)みつくって。嚙むのはいい。ただ嚙む相手と嚙み方はよく考えることが大事。文春が嚙むべき相手は誰か。どんな嚙み方をするべきかを、考えないといけないと痛感しましたね。

―甘利明・TPP担当相、宮崎謙介・自民党衆院議員、舛添要一・東京都知事など政治家のスキャンダルも数々暴きました。大臣辞任や議員辞職に追い込まれた人もいましたが。

新谷 クビをとることを目的にスクープを狙うのは、週刊文春の仕事ではない。我々がやるのはファクトの提示。みなさん、知っていましたか? この人はこんなことをしていますよ。そこまでです。

論よりファクトを示しメディアは勝負すべき

―大事なのはファクトだと。

新谷 メディアの報道は、論よりも、ファクトで勝負するべきです。最近、権力がメディアに圧力をかけるのはけしからんという主張がありますが、ちょっと違和感がある。安倍晋三政権に対して旧態依然とした批判を繰り返すより、政権に問題があれば、そのファクトを突きつけるべきです。甘利さんの不祥事はファクトが強かったからインパクトがあった。

―スクープへのこだわりが強いですね。もともと社会の裏側を暴くという意識が人一倍強いのでしょうか。

新谷 正義感というより、エラそうにしている「裸の王様」を、おちょくったりするのが好きな、おもしろがりです。もともとはテレビ局志望で、大人向けのバラエティーをつくりたかった。

―それがどうして文春に。

新谷 某局の青田買いのセミナーに呼ばれ、てっきり入社できると思って油断していたら、最後に落ちちゃいまして。急遽、出版社に転進。建前やきれいごとが嫌いな性分なので、リアリズムを重視する会社がいいと、新潮と文春を受け、なんとか文春に内定をもらいました。でも、実は週刊文春は読んでなくて……。志望書の「よく読む雑誌」の欄に「週間文春」と書いたんだけど、面接官に「週間の『間』は『刊』だから」と突っこまれて、冷や汗をかきました。

―がちがちのジャーナリスト志望ではなかったのですね。

新谷 そうですね。週刊文春にきたのは入社7年目、週刊には通常、新人でいく。同期も私以外、ほとんど週刊の記者からスタート。なのに、私の週刊文春デビューは30歳。圧倒的に遅い。

―文春の記者はどういう育てられ方をするのですか。

新谷 まずは予断をもたずに、適性をみます。仕事はオン・ザ・ジョブで覚える。ただ、みな面倒見はいいので、登記の上げ方から、ブツ読み、地取りの仕方まで、社員であろうが特派記者であろうが関係なく、最初のころは先輩が教えます。2、3年から長い人でも5年ぐらいで他の部署に異動しますが、週刊誌が向いている人は戻ってきますね。

向いているのは理屈をこねる前に身体が動く人間ですね。取材に行く前から、相手はしゃべらないかもしれない、現場に入れないかもしれないなどと理屈を並べるやつはダメ。あと人間的に可愛げのあるやつ。男も愛嬌、女も愛嬌です。

―遅い週刊誌記者スタート。大変でしたか。

新谷 異動直後の1995年3月20日、いきなり地下鉄サリン事件です。「やるぞ!」と意気込んだが、どうしていいか分からない。ネタ元も一人もいないですから。麻生幾さん(現作家・ジャーナリスト)や友納尚子さん(皇室取材で活躍)といった警察に強い特派記者や事件の得意な社員が集まってひそひそ話をしているのが、悔しくてたまらなかった。

ネタ元をつくるにはどうすればいいか。とりあえず暇さえあれば、表参道駅近くのオウムの南青山総本部に行きました。そこで新聞やテレビの記者たちに片っ端から名刺を配り、「教えてください」と頼んで回った。大抵は相手にされないけれど、なかにはお茶をしながら事件のイロハのイから教えてくれる人もいた。

そうやって少しずつ情報が取れるようになりました。ひそひそ話のグループに「こんな話を聞きました」と言って、「おっ、よく知ってるな」と驚かれたときはうれしかったですね。結局、地道な積み重ねしかない。

袖触り合うも全部ネタ元 「一番」になる努力大事

―その後、どうやってネタ元を広げたのですか。

新谷 若い記者たちにもよく言うのですが、袖触り合うも、全部ネタ元、だと。どれだけ人に会うか、その出会いをどれだけ大事にするかに尽きます。

相性がよかったり、情報を持っていそうだったりする人とは、用事がなくても「お茶を飲みませんか」「食事をしませんか」とこまめに会う。そのうち情報のキーマンが見えてくる。そういう人たちに可愛がってもらい、「特ダネ」に接したときには、まっさきに自分の顔と名前を思い浮かべてもらえる、一番の存在になるように努力する。

さらにそういう人たちに情報を持っている人を紹介してもらう。例えば、政治部記者と知り合う、仲良くなる、記者が付き合う政治家に引き合わせてもらう。その政治家から派閥のボスを紹介してもらう、というかたちで人間関係を広げていくことが大切です。

―苦労はありましたか。

新谷 90年代は、いまとは比べものにならないぐらい、メディアの間にヒエラルキーがありました。NHK、大手新聞、キー局などが上位グループで、週刊誌は最下層。ほとんど相手にしてもらえない。当局なんて門前払いです。

それが劇的に変わったと思ったのは、NHK「紅白歌合戦」のプロデューサーをつとめた人物の横領をスクープした2004年です。NHKのチーフプロデューサーが番組制作費を実績のない会社社長に払い、一部をキックバックして懐に入れていた問題を文春がすっぱ抜き、7月29日号(発売は7月22日)で「NHK紅白プロデューサーが制作費8000万円を横領していた!」と報じました。私が担当デスクでした。

NHKは発売の2日前に会見してこの問題を発表。メディア各社も報道したが、うちがNHKの内部資料を含め、すべての証拠を持っていたので、新聞、テレビ各社の記者が「レクチャーを」と列をなしたんです。我々が新聞やテレビの記者にレクチャーする! かつてを思うと、まさにコペルニクス的転回でした。

―ヒエラルキーが崩れ始めたのはいつごろですか。

新谷 変化を感じたのは、小泉純一郎政権誕生と同時にデスクとして週刊文春に戻った2001年以降です。当時、国会では田中真紀子氏や鈴木宗男氏らのスキャンダルが国会をにぎわしていて、新聞、テレビなどとも随分協力しました。

02年4月に田中真紀子氏の秘書給与疑惑をスクープしたときは、文春と新潮が同着になると分かったので、発売前にTBSに「明日発売の週刊文春によると」というかたちで報じてもらったり、共同通信記者に「週刊文春の報道で分かった」という記事を書いてもらったりしました。

―変化をもたらしたのは何ですか。

新谷 文春がスクープ主義を続けたことではないでしょうか。世間で週刊誌離れが進むなか、他誌は取材にかける人や取材費を減らし、頭で考えた企画もので数字をとる路線に変わったように思います。それでも文春は人も経費も減らさず、同じ戦い方を続けてきた。その結果、情報提供が増えた。

メディアにとって大切なのは、なんといってもネタ、コンテンツなんです。とっておきのコンテンツを握る。うちからしか情報が出ないとなると、政治家もテレビや新聞も近づいてくる。そうなれば主導的に状況に対応できる。

―甘利さんの問題なんかは本来、新聞社も特ダネとして報じるべきでした。

新谷 甘利さんにお金を渡した一色武さんは最初、大手新聞の記者に話を持ち込んだ。でも、その記者は気のない態度で、自分のお茶代さえも払おうとしなかったらしい。文春の記者に会ったのは、その後です。

大ネタでメシを食べる プロに徹した記者たち

―なぜ、大手メディアの記者は食いつかず、文春記者は食いついたのでしょう。

新谷 うちの記者は、自分に期待されているのは何かを、よく分かっているからでしょう。編集長に就任したとき、

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