メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

政府は「一体改革」というダイエットをやめ

「副作用のある健康法」に飛びつくのか

駒村康平 慶應義塾大学経済学部教授(経済学博士)

1 棚上げされた社会保障・税一体改革

拡大消費税増税再延期を伝える2016年6月2日付朝日新聞朝刊
 安倍晋三首相は6月1日に「新しい判断」に基づいて消費税引き上げの再度の先延ばしを表明した。デフレからの確実な回復と不確実性を増す世界経済への対応がその理由とされた。そして、参議院選挙での与党勝利によって、この首相の判断は国民から信任された。ただし、国民は、消費税引き上げの代わりに、将来どのようなリスクやコストを担うのかを知っておく必要がある。必要最小限に過ぎない社会保障・税一体改革(以降、一体改革)を停止させた安倍政権は、その巨大な政治資本を持続可能な社会保障制度の確立と財政健全化のためには使わないように思える。

 まず消費税の引き上げ時期を2018年9月末の安倍首相の自民党総裁任期後の19年10月としたことから、消費税の引き上げは後継首相・政権の判断になる。しかし、後継首相・政権もまたこの公約に縛られることはないだろう。二度あることは三度あると考えるのは当然であり、一体改革は政治的に棚上げされたことになる。民進党も参院選を前にして、いち早く消費税の先延ばしを明らかにし、一体改革に合意した与野党が選挙を前に先を争って消費税先送りを主張し、2009年の政権交代によって到達した三党合意という僥倖(ぎょうこう)の成果である一体改革はその道半ばで、当事者によって、無にされてしまった。

2 社会保障・税一体改革とは

(1)社会保障・税一体改革の位置づけ

 まず一体改革について確認しよう。現在の社会保障給付費(予算ベース)は、2016年度で約118兆円とGDPの約23%を占めている。社会保障給付費のうち、半分程度の57兆円は年金であり、医療が38兆円、介護が10兆円、残りの約12兆円を生活保護、障害者福祉、児童福祉、労働関係等の給付となっている。今後、高齢化とともに社会保障給付費は増加し、特に団塊の世代が75歳になり、医療・介護の需要が増えるとされる2025年には40兆円近く増加し、約150兆円、経済成長次第ではGDPの30%以上に達すると見込まれる。

拡大社会保険に関する年表
 2016年時点で社会保障給付費(予算ベース)のうち41%強の約45兆円が公費(うち国庫負担は約32兆円)から、残り66兆円を社会保険財源とその運用益等でまかなっている。すでに財政赤字(2016年度で歳入のうち34兆円を公債に依存)が続いている状態で、2025年までに新たに発生する40兆円をどのように確保するのかが大きな問題になった。

 歴史を振り返ると社会保障制度は戦時下の1940年代に原型が生まれ、1960年代の国民皆保険・皆年金が成立、1980年代に老人保健制度、基礎年金が導入され、2000年代前半の介護保険の発足(2000年)、年金制度改革(2004年)、後期高齢者医療制度創設を含む医療制度改革法の成立(2006年)とおおむね20年おきに大改革が行われてきた。20年間隔という社会保障制度改革パターンから見ると、本来は2016年あたりから準備し、2020年頃には、高齢化率40%を想定した次の社会保障制度の構想に着手しなければいけない時期にある。

 にもかかわらず、実際には、2000年代前半の改革の完成に時間がかかりすぎてしまった。高齢化のなかで社会保険料によってのみ増加する社会保障財源を確保すると、現役世代に負担が偏ることになる。そこで、税収が安定し、すべての世代が負担する消費税が社会保障の有力財源と期待された。2000年代前半の各改革でも基礎年金20兆円、介護保険10兆円、後期高齢者医療制度10兆円の半分の財源(約20兆円)を消費税でまかなうことが想定された。しかし、政治は高齢化のなか社会保障を持続させる必要性から消費税の引き上げが必要であるということに正面から向き合うことなく、増税を先延ばし、国債等によって、その場しのぎの政策を繰り返した。

 十分な政治資本を持ちながら、それを郵政改革に費やした小泉政権以降、短命な内閣が続き、結局、2000年代前半の諸改革の財源確保の問題は、2012年の一体改革まで持ち越された。2009年から2012年に政権を担った民主党は、発足当初は行財政改革で増税を回避できるとしてきたが、その後、社会保障制度維持のためには、消費増税が不可欠であることを認識し、民自公の与野党三党合意によって一体改革が決定した。

 社会保障目的の消費税引き上げにより年金、医療、介護の高齢者3経費に加えて少子化対策の財源確保が決定され、かろうじて2025年の団塊の世代が75歳になる前に、社会保障の持続性確保のめどがついた。しかし、繰り返すが、そもそも一体改革とは、本来は2000年代前半に行うべきなのに先延ばしにされてきた社会保障制度の最小限の財源確保に過ぎないのである。

(2)社会保障・税一体改革の課題

 一体改革の具体的な内容は社会保障制度改革国民会議(以下、国民会議)で議論された。議論の対象は、年金、医療、介護、少子化対策であったが、実質的には医療、介護を中心にしたものであった。医療・介護は、赤字を抱えた市町村国保の都道府県移管、地域医療における医療機関の再編の推進、地域における医療・介護を、一体的に整備を進める地域包括ケアシステムの確立などが議論された。その他にも長い間放置されてきた難病に対する新しい医療制度や親に恵まれず社会的養護の対象になっている子どもたちへの支援の財源も一体改革で確保されることになった。しかし、障がい者福祉や生活保護は財源投入の対象外とされた。

 福田・麻生政権のもと与党のみによって設置された社会保障国民会議や一般的な審議会と異なり、国民会議は与野党によって選出された委員で構成された。そのため、専門家でありながらも、重視する問題点や政策への価値判断が異なり、国民会議では、委員間で激しい議論の応酬もあったが、その内容がマスコミで紹介されることはなかった。専門家間で判断が異なる点は以下のようなものである。社会保障制度の抱える課題は、(1)制度の財政的な持続可能性の確保、(2)適切な給付水準の維持、(3)世代間の公平性の確保、の三つに大別できるが、厳しい高齢化のなかで、この三つの問題を同時に解決することは困難であり、三つのいずれに重点を置くかで、専門家でも政策の評価が異なる。例えば、(1)については、持続可能性とは将来のどの範囲まで考えるのかという論点があるが、国民会議の視野は2025年までにとどまった。それは、消費税10%への引き上げを正当化し、確実に実施することを優先し、高齢化率が最終的には40%に達するであろう2025年以降の見通し、つまり現役世代の老後のことを議論する余裕がなかったからである。

 さらに一体改革という制度横断的な装いにもかかわらず、年金、医療、介護、子育ての各制度「ごと」に議論が行われ、制度横断的な議論は行われなかった。自助は別にして、日本の社会保障制度は社会保険(すなわち共助)中心型で、税を財源にした公助(生活保護や社会福祉)がそれを補完する形になっている。すなわち、社会保障制度の給付を受ける際に、福祉に類似の給付があってもまず社会保険制度からの給付が優先される。たとえば、生活保護では、年金同様に現金給付があるため、まず年金の受給権があれば先に年金を受給し、不足している部分について生活保護が補足的に給付される。したがって、一体改革で年金、医療、介護の各社会保険の持続可能性を高めるためにそれぞれの給付水準を引き下げれば、その「つけ」は、最終的に生活保護制度に転嫁される。国民会議の年金制度に関する議論でも、一部の委員からは、「年金制度は2004年の年金改革で導入されたマクロ経済スライドによって高齢化率の上昇に応じて、一人あたりの給付水準を引き下げるため、財政の持続可能性は維持できているので、もう改革の必要はない」という趣旨の発言があった。たしかに、マクロ経済スライドで高齢化率に連動して給付水準を下げ続けるため、年金財政の持続可能性は確保される。しかし、基礎年金にマクロ経済スライドが30年間適用されることになっており、基礎年金水準は対賃金の価値で30%低下させることになる(詳細について後述)。これだけ給付水準を下げれば、年金財政は持続できるかもしれないが、年金制度としての適切な水準を維持できなくなる。「財政」は持続できても年金制度としての「機能」を失うことになり、低所得高齢者が増加し、生活保護受給者が急増する。医療・介護でも同様である。今後も年金から天引きされる後期高齢者医療保険料、介護保険料は2025年までには1・3~1・6倍程度上昇することになり、医療費窓口負担も考慮すると低所得高齢者の可処分所得は大きく低下するであろう。

(3)一体改革「棚上げ」の影響

 一体改革は、消費税の大半を、現行制度を持続させるため(制度維持)に使うことになっていた。他方、制度充実は、消費税5%から8%時点での充実分1・35兆円と8%から10%時点の充実分1・3兆円と2段階になっていた。はじめの3%(5→8%)で、まず子ども・子育て新制度の財源確保が優先された。充実には低所得者に対する国民健康保険、介護保険の保険料軽減、国民健康保険への財政支援などがある。そして次の2%(8→10%)で、低年金者に対する月額5000円の給付金、年金の受給資格年数の短縮(25年から10年へ)、低所得者に対する国民健康保険・介護保険負担の追加軽減、保育サービス供給拡充等が想定されていたが、増税が先送りされたことにより、この財源のめどがつかなくなった。

 また一体改革の内容も、当初の三党合意の内容とは徐々に変化している。例えば、自公協議で導入された軽減税率導入により、低所得者が医療、介護、福祉を利用した場合に、その自己負担を軽減する「総合合算制度」の導入は見送られることになった。

3 財政再建をどうするのか?

(1)公的債務の縮小方法

 消費税の先送りによって、社会保障給付が急増するなかで、国と地方合わせて1千兆円超の公的債務と財政再建はどうなるのか。政府は、2020年のプライマリーバランス(PB)の黒字化の旗は降ろしていないが、内閣府の中長期試算では、 ・・・続きを読む
(残り:約5641文字/本文:約9851文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

駒村康平(慶應義塾大学経済学部教授(経済学博士))

駒村康平(慶應義塾大学経済学部教授(経済学博士))(こまむら・こうへい) 慶應義塾大学経済学部教授(経済学博士)

1964年生まれ。95年、慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。国立社会保障・人口問題研究所研究員、駿河台大学助教授、東洋大学教授を経て、2007年から現職。12~13年、社会保障制度改革国民会議委員として社会保障・税一体改革に携わる。著書に『年金はどうなる』(岩波書店)、『福祉の総合政策』(創成社)、『日本の年金』(岩波新書)など多数。