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トランプ大統領で世界は発狂するのか?

日本人には見えなかったアメリカの真実

横江公美(ヘリテージ財団元上級研究員・政策アナリスト)

 大方の予想に反して、共和党の大統領候補だったドナルド・トランプが次期大統領に決まった。日本中、いや世界中が「トランプ・ショック」を受けているが、時代を読み解きながらトランプ大統領誕生の背景をさぐると、いま、アメリカに起きている変化がみえてくる。この変化を理解すると、これから幕を開ける「トランプのアメリカ」の姿がある程度、予測がつくであろう。

「本音」のパンドラの箱 アメリカ・ファースト

拡大空調機器工場での演説を終え、両手の親指を立てて成果を誇るトランプ次期米大統領=12月1日、米インディアナ州インディアナポリス
 言い換えると、この変化を見ることなく、これまでの物差しでこの選挙を見ると混乱する。つまり、トランプ勝利をオバマ大統領に対する怒りと単純化してしまうと、今後のアメリカを見誤ってしまうのだ。

 そもそも、オバマ大統領に対する怒りだけであったら、トランプが共和党の候補者になることはなかった。なぜなら、トランプは時代が要請する、オバマ大統領がもたらした変化をしっかり取り入れていたからだ。具体的にいえば、トランプの経済政策は共和党よりも民主党の主張に近かった。トランプの考え方は、従来の共和党とは異なるのである。共和党は、トランプの暴言だけではなく、従来の考え方を否定されることを受け入れることができず、混乱していたのだ。

 トランプは用意周到に時世を読む能力に優れていた。それは「アメリカ・ファースト」という言葉に凝縮されている。国家がそれぞれの国益を第一に考えることは、通常は当たり前である。だが、大国アメリカにとっては、それは言ってはいけない言葉だった。この国では、優秀な者は「リーダーシップ」をとり、他の人たちのことを考え、面倒をみることが求められているからだ。「アメリカ・ファースト」は、アメリカ人が言ってはいけないと思っていた「本音」であった。トランプはその本音のパンドラの箱を開けてしまったのである。

 トランプは選挙中、「自分の言っていることは確定ではなく提案だ。私はフレキシブルなビジネスマンなので、大統領になったらしっかり情報収集したうえで政策は決める」という旨の演説をしていた。いままでの演説や発言を見ると、確かにこの通りであろうと推測はつく。だが、「アメリカ・ファースト」という基本軸だけには変化がないと見た方がいい。

 「アメリカ・ファースト」という軸をとらえれば、トランプ政権の行方が見えてくるのである。

「時勢」はなかったものの「時世」を読んだトランプ

 アメリカの世代論では、2008年が区切りの年とされている。それは、まさに黒人初のオバマ大統領が誕生した年であり、「ミレニアル」と呼ばれる新しい世代の時代が始まった年でもある。

 ミレニアル世代はだいたい1980年から2000年に生まれた世代だ。00年から20年にかけて有権者になる世代で、オバマの勝利で一気に注目されるようになった。08年から約40年間、アメリカのトレンドを牽引する世代ともみなされている。それゆえ、アメリカのメディアはミレニアル世代に注目する。

 ミレニアル世代の時代の特徴は、多様化した社会▽ネット社会▽テロとの戦い—の三つである。共和党より民主党に傾くと予想されており、オバマ大統領は、まさにこの世代のシンボルであった。

 だからこそ、オバマ大統領は、今まで誰もできなかったオバマケアと呼ばれる国民皆保険を導入できたし、同性婚を認めてアメリカの神学論争の立場を一変させ得たし、冷戦の遺物の国々との関係を向上させたうえで、冷戦の象徴ともいえる「核」の時代がそこから始まった広島への訪問を果たせたのである。

 オバマは決して弱い大統領ではなかった。実は敵対勢力である共和党も、オバマ大統領を「アメリカを変えてしまうほど強い大統領」とみなしていた。イギリスのBBC放送は「最近の大統領でもっとも国際社会に影響を与えるオバマ大統領」という特集を作ったが、興味深いのは、そのニュースに最後で流れた映像だ。「なぜか一国だけオバマ大統領を弱いとみなしている国がある。それは日本だ」というナレーションとともに、日本のイラストが画面に現れたのである。

 時代のプラットフォームは民主党に有利だったのである。オバマ大統領の後継者であるヒラリー・クリントンが、得票数ではトランプに勝っているのは、その証左であろう。だが、ヒラリーはそんな時代の「趨勢」をつかみながら、「時世」を読む力でトランプに負けてしまった。

 ヒラリーはマイノリティーの増加という人口動態で優位性は持っていたが、多様化社会への流れの中で置き去りにされた伝統的な民主党の支持者たちから、そっぽを向かれてしまった。また、テロとの戦いで国土が攻撃される国になったという不安に、寄り添うことができなかった。さらに、その秘密体質を体現するかのような「Eメール問題」は、ネット社会の特徴である透明性にも反していた。

 こうしたもろもろの「失策」の末、ヒラリーはベビー・ブーマー世代を抜いて最大の世代となったミレニアル世代から、本来なら獲得できたはずの圧倒的な支持を獲得し損ねたのである。

 日本で見ていると、暴言と失言のオンパレードで、政治家の経験もなく危なっかしいトランプだが、オバマ大統領の政策をきちんと見据え、冷徹に選挙人を獲得する戦略を立てていた。人種が多様化するなか、オバマ大統領の取り組みからこぼれた人びとに逆に手を差し伸べたし、テロ対策と透明性については、ヒラリーよりもずっと「時世」を読んでいた。

オバマケアを一定評価 共和党の主張とはズレ

 マイノリティーに対する差別的な言辞が目立ったトランプだったが、発言を子細にみると、マイノリティーに配慮するオバマ大統領の政策をある程度踏襲することと、独自の「アメリカ・ファースト」を推し進めることの両方を主張していたことが分かる。

 前者のオバマ大統領の継承とは、オバマケアの扱いである。

 アメリカではいま、マイノリティーが急速に増えている。1990年代、アメリカの人口の4分の3は白人であったが、2000年代以降、マイノリティーが急増し、現在では白人は60%前後まで減っている。マイノリティーの合計が白人に追いつき、追い越す時代へのカウントダウンが始まっている。

 マイノリティーが存在する社会とは、言い換えれば、多様化した社会である。オバマ大統領は多様化した社会に対応するため、国民皆保険であるオバマケアを導入し、まずは最貧下層を救ったが、これは共和党には受け入れ難い。建国の精神を党是とする共和党にとって、健康保険はあくまで自己責任の範疇だからだ。

 だが、トランプは選挙戦を通して、共和党とは異なる立ち位置をとった。一応オバマケアの撤廃は訴えてはいたが、その後で、「私ならもっといいものが作れる」「再構築する」といった言葉を付け加え、国民皆保険そのものの必要性は認めていたのである。さらに、当選を決め、オバマ大統領と会談した翌日には、「オバマケアはいいところもある。残すべきところは残したい」とオバマケアを一定程度、認めてもいる。

 実際、アメリカの世論は社会保障の拡充の必要性を認めている。2016年3月の「ピュー・リサーチ・センター」の調査では、現在の社会保障の削減に、民主党員の72%、共和党員の68%が反対している。共和党は政府が健康保険を提供することには反対であるが、現在の社会保障を維持するという点では、両党員で差異がほとんどない。トランプ支持の共和党員に限ると73%が社会保障の削減に反対しており、民主党と同レベルである。小さな政府を訴える共和党は時代遅れになっているとも言えるのだ。

白人中間層に響いたアメリカ・ファースト

 次にトランプの独自政策である「アメリカ・ファースト」について見てみる。

 最近のアメリカは、上位の1%が44%以上の資産を持つと言われるほど超高所得者層が占める資産の割合が増加し、そのぶん、中産階級の生活が苦しくなっている。こうした中産階級の多くは白人の労働者層である。従来、白人層は南部の共和党支持と北部の民主党支持に二分されていた。南部は農業などの自営業が多く、北部は労働組合がある大企業で働く労働者層である。

 ところが、今回の大統領選挙では、民主党の支持基盤であった労働組合の集票活動が作動せず、北部のペンシルベニア州、ウィスコンシン州で共和党のトランプが勝利した。背景にあるのは、多様化社会への不満である。

 自動車、炭鉱といった戦後アメリカを支えた産業を有する地域は、「アメリカは好景気」という報道と裏腹に、生活が向上しないどころか、ますます厳しくなっている。オバマケアの導入で健康保険料は昨年に比べて全米平均で約30%も上がっている。移民の急増、換言すれば、マイノリティーの増加に伴う多様化社会のなかで、仕事のみならず税金もとられていると感じているに違いない。そういった人々にとって「メキシコとの間に壁を作る」という言葉は暴言ではなく、自分たちの本音の代弁として聞こえる。

 雇用の流出を招く北米自由貿易協定(NAFTA)は再交渉、環太平洋経済連携協定(TPP)は破棄、というトランプの発言も、好景気から置き去りにされた白人中間層にとっては救いだ。多様化社会を見据えたオバマ大統領の救済政策からこぼれ落ちて生活苦にあえぐ、従来は民主党を支持してきた白人中間層の心に、トランプの「アメリカ・ファースト」は響いた。アメリカン・ドリームの成功者であり、不法移民よりも「アメリカ・ファースト」、自由経済圏の創設よりも「アメリカ・ファースト」と言ってくれるトランプなら、自分たちの窮状をなんとかしてくれるのではないか、という希望を抱いたというわけだ。

 ビル・クリントン大統領の懐刀と言われたディック・モリスは、 ・・・続きを読む
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筆者

横江公美(ヘリテージ財団元上級研究員・政策アナリスト)

横江公美(ヘリテージ財団元上級研究員・政策アナリスト)(よこえ・くみ) ヘリテージ財団元上級研究員・政策アナリスト

1965年生まれ。明治大学経営学部卒。94年に松下政経塾に入り(15期生)、アメリカ大統領候補の本部で現場研究をする一方、プリンストン大学、ジョージ・ワシントン大学の客員研究員として、世界の選挙についても研究した。VOTEジャパン社長を経て、政策アナリストに。著書に『日本にオバマは生まれるか』(PHP新書)、『アメリカのシンクタンク』(ミネルヴァ書房)、『崩壊するアメリカ トランプ大統領で世界は発狂する』(ビジネス社)など。