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未熟なネットと指針を失ったマスメディア

新聞はニセモノの「世論」を監視せよ

藤代裕之(ジャーナリスト、法政大学准教授)

 誰もが情報発信できるソーシャルメディアの登場は、マスメディアが取り上げなかった多様な言論を表出させてきた。だが、ソーシャルメディアの普及率が向上していくにつれ、極端で過激な言説が社会に影響を与えるようになってきた。その背景には、未熟なネットメディアと、指針を失ったマスメディアの存在がある。

透析患者批判のブログ炎上 「極論」を扱うべきか否か

 民放キー局出身のフリーアナウンサーが「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」というタイトルでブログ記事を執筆、炎上し、出演していたテレビ番組を降板するという騒動があった。この騒動はソーシャルメディア時代におけるメディアの問題を凝縮しているといえる。

 この極論をマスメディアは取り上げるべきだったのか、否か。本誌のアドバイザリー会議で議論が起きた(本誌には9月からアドバイザリー会議が設置され、筆者も参加している)。ジャーナリストの森健氏は、フリーアナの記事に対して患者団体である全国腎臓病協議会(全腎協)が発言の謝罪と撤回を求める抗議文を送ったことに触れ、このタイミングで新聞が扱うべきだったと話した。

 フリーアナは全腎協の抗議に対して「断固拒否する」とブログで返信し、騒動は拡大。出演していたテレビ番組を次々と降板することになった。新聞は、不適切なブログ記事でフリーアナが番組を降板したという「ニュース」として取り上げた。記事には「ネットなどで批判が集まっていた」という説明が添えられていたが、何が問題なのかは記事を読んでも十分に理解はできなかった。

 森氏が指摘したのは、深刻な社会課題と結びついているのに、単なるネットをめぐる騒動として終わらせてしまっているのではないか、ということだ。

 筆者は、極論については取り上げるべきではない、もし取り上げるとしたらフリーアナ個人の問題にせず構造を解明すべきだと主張した。その理由は、ネットの騒動はごく一部の人にしか知られていないが、マスメディアが取り上げることにより極論に力を与える危険性があるからだ。

 ソーシャルメディアの登場は、これまでマスメディアが扱わなかった多様なニュースの流通を実現した。匿名の「保育園落ちた日本死ね.!」と題したブログの投稿が、待機児童問題を進めることになったのはその典型で、これまで埋もれていた声に光を当てる場合もある。その一方で、当然ながら従来のメディアの常識では考えられなかった極論、暴論、差別発言も流通するようになっている。

 フリーアナは単に「殺せ」と言ったわけではない。ブログ記事は、増大する医療費の問題を指摘しながら、自堕落な生活により暴飲暴食をした結果の人工透析患者を助ける必要があるのか、このままでは日本が滅びてしまうといった主張を行っており、それに対してネットでは一定の支持があった。

 不適切な発言が炎上したというニュースにとどめてしまえば、何が問題なのか理解が深まらない。不適切になった歴史的、社会的な経緯を知る人には「当たり前」だが、理由が分からなければ頭ごなしに否定されたようなモヤモヤした不満だけが残る。その不満が地下に潜りマグマのように溜まり、極論を支持する原動力となる。

 このような、誰もが疑問に思う素朴な問題に対して極論を展開し、世の中の流れを作っていく手法は、世界中に広がりを見せている。アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが不法移民に対してメキシコ国境に壁を建設しろと発言したり、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が麻薬撲滅のためには密売業者は殺害してもよいとの姿勢で臨んだり、というのも同様だ。

 そこには、極論や過激な発言をして注目を集めようとする個人の問題。それを取り上げ「炎上」として騒ぎを拡大してアクセスを稼ごうとするネットメディアの問題。ネットの人気に便乗し、十分に検証しないマスメディアの問題がある。

ミドルメディアが極論を拡大 発信をマスメディアに「逆流」

ソーシャルメディア時代のニュースの流れと新聞社の役割拡大ソーシャルメディア時代のニュースの流れと新聞社の役割
 まず極論が社会に広く表出していく仕組みについて述べたい。

 ブログ記事はソーシャルメディアで話題となり、まとめサイトやネットメディアが取り上げる。それをマスメディアが報じて広く知れ渡ることになる。

 ソーシャルメディアから記事や写真を集めるサイトをミドルメディアと名付けたのは2006年のことだ。それ以前に問題となっていたのは、マスメディアの記事や見出しのコピペだった。読売新聞は、2002年に記事の見出しには著作権があるとして損害賠償と使用差し止めを求めた裁判を起こしている。情報の流れはマスメディアが起点だった。

 人びとの発信(CGM=Consumer Generated Mediaと呼ばれた)は、拡大の一途をたどる。ソーシャルメディアでは、炎上だけでなく、事件や災害の現場から写真や動画がアップロードされたり、社会的な活動を行う当事者による意見が公開されたりするようになる。ニュースをコピペして消費していたソーシャルメディアは、ニュースを生産する現場となっていく。そこに注目したのがネットを舞台に活動するニュースサイトだ。

 ミドルメディアの最大の特徴は、人びとが発信したニュースがマスメディアへと「逆流」することにある。ミドルメディアを提唱した当時は、ターゲットを絞ったマスメディアよりも小さな規模のメディアのことだと誤解した人も多かったが、重要なのはニュースの逆流構造だ。

 ミドルメディアを考えるきっかけとなったのはJ-CASTニュースだ。2006年7月にスタートしたJ-CASTニュースは、ブログや掲示板の書き込みに対して、批判や誹謗中傷が殺到する炎上と呼ばれる事象もすばやく記事化したことで「炎上メディア」とも、人びとが興味を持つ記事に飛びつくことから「Jカス」とも呼ばれたが、10年で月間1億ページビューに成長した。この成長に刺激され、多種多様なニュースサイトが生まれ、成長していった。

 この成長を支えたのがポータルサイトだ。ライブドア事件で、マスメディア各社が記事を引き上げたライブドアは記事不足に悩むことになる。そこで、ブログやニュースサイトの記事を扱い、新聞やテレビの記事と同じ「ニュース」としてポータルサイトに掲載するようにしたのだ。ミドルメディアの拡大はマスメディアが引き金を引いたとも言える。

議題設定の機能を失った新聞 ネット言論に引きずられる

 新聞のジャーナリズムは、ウォーターゲート事件のワシントン・ポスト、リクルート事件の朝日新聞などで知られるように、権力と向き合い、社会を動かしてきた歴史がある。アジェンダ・セッティング(議題設定機能)と呼ばれ、人びとに何が重要な争点であるかを打ち出す役割を担ってきた。

 政治学者の草野厚・慶應義塾大学名誉教授らは、2001年に小泉政権がイージス艦派遣を打ち出すも見送られた事例における新聞報道の役割を研究し、イージス艦議題設定が完了すると、各党の政治家のコメントが紙面に掲載されることで擬似的な議論の場になっていくことで、政策決定者に影響を与えた可能性があると指摘している。議題設定機能はメディアとしての「力」と表裏一体といえる。

 しかしながら、新聞の発行部数は2005年の約5200万部から10年で約4400万部まで落ち、力は弱まるばかりだ。一方で、ミドルメディアとポータルサイトの組み合わせによる影響力は高まってきた。それを痛感したのは、2008年に発覚した毎日新聞のネット版英語メディアに卑猥な記事が配信されていた「Wai Wai問題」だった。

 問題は、一部のブログや掲示板が断続的に取り上げていたが、J-CASTニュースが記事化し、ヤフーニュースのトピックスに掲載されたことで騒動は拡大した。その後も、盛り上がるソーシャルメディアの反応をミドルメディアが取り上げ、次々と記事化することにより、批判のうねりが発生していった。その結果、既存マスメディアは大きくは報じていないにもかかわらず、毎日新聞は1面を使って問題についてお詫びと調査結果を報じ、関連した社員の処分を行うことになった。

 ネットがニュースの発信から、議論まで一定の影響力を持つことを示したが、当時はミドルメディアのマスメディアへの影響は間接的なものに過ぎなかった。例えば、2007年に起きた「ねんきんダイヤル」問題に関する報道がある。社会保険庁が年金相談を設けたが、その相談員をコールセンター経由で募集していたという事案で「素人が相談とは何事か」と批判を浴びた。

 掲示板にはコールセンタースタッフの求人情報を見つけたという1次ソースが投稿され、ミドルメディアのニュースサイトが記事にした。その後、朝日新聞が記事にしたが、構成がそっくりだった。ミドルメディアからニュースを拾った記者が、ネットの事情に詳しくないデスクのチェックをすり抜けて「コピペ」記事を書いたのではないかと、私は疑ってしまった。

 このままでは、いつか大きな問題が起きる。ネットの情報をどう扱うか、ニュース性について吟味するチェック体制が必要だと関係者に警告したが、深刻に受け止められることはなかった。議論や体制が整わないまま、ますますネットの言論に引きずられるようになっている。

共振するテレビとソーシャル ツイート数とテレビの扱いリンク

 これはテレビの変化が大きく影響している。いまやテレビのソースはネットだ。ライブドア事件で反発しあったテレビとネット業界は、東日本大震災以降急速に接近。テレビ朝日はサイバーエージェントと共同でネットテレビ局「Abema TV」を設立している。リアルタイム性の高いソーシャルメディアは、テレビの視聴率獲得や話題作りに親和性が高い。

 テレビを見れば、事故や災害現場の様子、事件の被害者の顔写真、「ネットで話題」の面白動画や新商品など、 ・・・続きを読む
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筆者

藤代裕之(ジャーナリスト、法政大学准教授)

藤代裕之(ジャーナリスト、法政大学准教授)(ふじしろ・ひろゆき) ジャーナリスト、法政大学准教授

1973年生まれ。広島大学卒。立教大学大学院前期修了。徳島新聞入社後、社会部、文化部などを歴任。NTTレゾナント(goo)でニュースデスク、新サービス開発を担当し、2013 年から法政大学社会学部メディア社会学科准教授。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。著書に『発信力の鍛え方』(PHP研究所)、編著に『ソーシャルメディア論』(青弓社)など。