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自前メディアの活用、市民との協働……

高度化した政治の情報発信の陥穽とは

西田亮介 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

EU離脱・トランプ当選 世論が政治・経済に影響

 2016年は「世論」に振り回されることの多い一年であった。

 例えば6月に国民投票の末、EU離脱(Brexit)を決定したイギリスの世論である。事前の世論調査では、僅差とはいえ、残留が優勢だっただけに、土壇場で世論に何が起きたのか、議論を呼んだ。
当初は泡沫候補といわれながら、したたかに支持を広げ、11月の米大統領選でついに次期大統領の座を手にしたドナルド・トランプをめぐる世論の動向も、既成の概念では捉え切れないものであった。そこでは従来型の世論調査の「敗北」も取りざたされた。

 日本に目を転じれば、7月の参院選で安倍・自民党を大勝させ、衆参両院に憲法改正発議を可能にする議席をもたらした世論とは一体、何だったのか。他方、脱原発の知事を誕生させる世論も存在した。いずれにせよ、世界で、そして日本で、過剰に流動する世論が、政治に経済に社会に、顕著な影響を与えている。

 そんななか、英オックスフォード大学出版局が、16年に注目を集めた英単語に「POST-TRUTH」を選んだのは象徴的である。「世論形成に客観的事実が影響力を持たない状況」という意味だが、とすれば何が世論をつくるのか。PRや広報、マーケティングのあり方が、世界規模で社会問題化しつつある。

 その観点から、政治にからむ世論の形成過程を考えるとき、三つのプレーヤー、①政治主体(政党や政治家)②生活者(有権者)③両者の間をつなぐメディアとコンテンツ(媒体と内容)―に分解してみるアプローチがありうる。もちろんメディアと言っても、マスメディア、ネットメディアなど様々な性質や特徴をもつメディアが存在するし、政治主体とメディア、生活者との関係性にも注目するべきだが、本稿では、新しい世論と政治の関係を考える端緒として、政治主体、なかでも政党の情報発信に注目する。

 これまでも筆者は、政治や政治家が世論を視野に入れつつ、どのような戦略と戦術のもと、新技術や新しいメディアと対峙してきたかというテーマに関心を持ってきた。とりわけ、日本で長く政権与党であった自民党の情報発信に注目し、ネット選挙が部分的に解禁された13年参院選における自民党の情報発信や、自民党とメディア、ジャーナリズムの関係性の歴史的変化を分析した『メディアと自民党』(角川新書)も上梓した。

 だが、同書の公刊から既に1年以上が経ち、筆者が耳にする限りでも、政治の情報発信における変化がかなり大がかりなものになりつつあるということは把握していた。とはいえ、それは人づての噂話の域を出なかったし、前著では自民党以外の政党まで十分に手が回らなかった。そもそも、現代日本の政党の情報発信とその戦略、戦術に関する研究は十分ではないとも感じていた。

 そこで本稿では、主要政党の16年時点の情報発信の実態を整理し、規模や期間など基本的な点について、各政党の取り組みの比較を行う。そのうえで、世論形成への影響を考えてみたい。

 とはいえ、紙幅も限られている。興味深いテーマは多数あるが、その中から今回は共産党の「野党共闘広報のための市民協働の活用」と、自民党と公明党の「野党時代の投資と刷新」という二つに焦点をあてる。そもそも、共産党はなぜ、従来とは違う取り組みに踏み出したのだろうか。自民、公明両党はどうして、新しい情報発信に注力するようになったのだろうか―。

マスメディアから自前のメディアへ舵を切る政党

 はじめに本稿執筆のための調査の方法を説明する。

 本稿でいう「主要政党」とは、自民党、民進党、公明党、共産党、日本維新の会。衆議院の議席数の上位5政党である。これらの政党に対し、10月から11月にかけて、同一のフォーマットで質問票を送付した。各政党の今夏の参院選における情報発信や広報広聴戦略、さらに選挙の運動期間以外の平時の情報発信や広報広聴戦略などを問うたものであった。

表1 各政党の応対表1 各政党の応対
 政治に関するアンケートではよくあることだが、回答の方法は各政党によって多様なものになった(表1)。それでも全体を通して、各政党からかなり詳細な回答をいただくことができた。内容的にも当初予想したよりも、遥かに詳細で踏み込んだものであった。本稿ですべてを取り上げることはできないのが残念だが、いずれ各政党の戦略や意図、経緯についても詳しく論じるつもりである。

 ただし質問項目への回答を各党の任意に委ねたので、回答の抽象度や具体的な言及の仕方には、ややばらつきがあった。また、関係者に直接会って取材し、回答内容について掘り下げなどができた政党と、文書回答のみの政党に分かれたことも、回答のばらつきに影響した。

表2 各党の広報広聴戦略表2 各党の広報広聴戦略
 以上を踏まえたうえで、アンケートの回答を具体的に検討する。まず、主要5政党の情報発信、広報広聴活動の概略は表2に示す通りである。

 政党によってアプローチはかなり異なるものの、いずれの政党も情報発信の刷新にはかなり積極的であった。政党の内部に、選挙運動の期間だけではなく、通常の時期にも恒常的な体制をつくり、新しい技術や手法、サービスを活用しようと試行錯誤している様子がうかがえる。

 今年の参院選から実施された、投票年齢の満20歳以上から満18歳以上への引き下げ、いわゆる「18歳選挙権」への対策もかねて、インターネットやソーシャルメディア、SNS、ネット動画の活用に注力するようになっているのも特徴的だ。複数のメディアを横断的に用いるメディアミックスにも前向きで、ネット広告、ソーシャルメディアのプロモーションハッシュタグなど一般的なネット広報で用いられる手法も取り入れようとしている。

 さらに主要5政党が、いずれも情報発信のために広義のオウンドメディア(自社による情報発信のための媒体)を用意するようになっている点も目を引いた。自前で広報番組を制作し、ネット動画サイトで放送するといったことが、各政党で行われている。民進党はインフォグラフィックスを活用するなど、新たな政治の表現技術も開拓していた。動画配信技術やサービスの低コスト化が、メディア参入のハードルを低くしたと考えられる。

 インターネットやSNSの日常的な活用も進んでいる。政党が様々なSNSやソーシャルメディアに公式アカウントを開設することは、すでに「選挙の常識」「政治の常識」になっている。各政党ともおおむね、「どのように生活者に対して情報を届けるか」「どの媒体が、強い支持、信頼の獲得といった目的のために有効か」を検討する段階に入っていた。単にアカウントを開設して情報を発信すればよかった頃から、明らかに次のステージに入っている。公明党の「コメ助」、共産党の「カクサン部」など、政党独自のキャラクターを用いて、各媒体を運用する例も見られた。

 政党の広報活動は今や、伝統的なマスメディアへの広告出稿などを重視するアプローチから、オウンドメディアを重視する路線へと舵を切りつつあるようだ。

情報収集でも目立つネット使った技術革新

 このように政治の情報発信については、2013年の公職選挙法改正に伴うインターネット選挙運動の部分的な解禁以後、政党や政治家によるネットの利活用が実践されるようになっているが、ここにきて政治の情報収集、広聴活動においても、ネットを取り込んだイノベーションが起きている。

 例えば、選挙運動期間を中心に、ネット上の言論傾向をモニターし分析を加えたうえで、選挙運動に与えるインサイト(示唆)を党内にフィードバックする体制が構築されるようになっている。ソーシャルメディアについても同様だ。

 ソーシャルメディア時代の政党の公聴活動の先駆的な事例としては、13年参院選において自民党が鳴り物入りで導入した、ネット活用のための特別チーム・「Truth Team(T2)」が記憶に新しい。最近では、自民党だけではなく、民進党や公明党、日本維新の会なども類似の体制を設けていた。党内の専門チームなどが、ネット上の書き込みや中傷、風評被害などを監視し、それへの対策について具体的に提案するのである。

 党内情報を共有する仕組みとして特筆されるのは、公明党の取り組みである。党内に独自の情報共有システムを導入し、職員や議員の「気づき」を全党で共有できるようにしていた。システムは改修が重ねられ、ソーシャルメディアとも連動しながら、かなり有効・有益なものとして、党内では実感されているようだ。

 最大の強みは、全国の政治活動や選挙運動に関するノウハウや気づきを蓄積、共有することで、水平展開ができることだ。実際、蓄積された情報や視点が、他の地域における政治活動や選挙運動において参考にされているといった事例が増えている、という。

 一方、共産党では、全国に無数に張り巡らされた支部網からの「情報の吸い上げ」が有効であることが認識されていた。ただし筆者の理解では、それはあくまで非公式なものであって、公明党のように体系化された情報共有システムが構築されているというわけではないようだった。

 以上、主要5党それぞれにおいて、体制、注力規模、完成度において差異はあるものの、独自の情報収集、分析、発信、フィードバックの体制が構築されようとしていることがわかる。

共産党カラー脱したユニークな広報手法

 ここからは、注目すべきケーススタディーとして、共産党と自民党・公明党の「広報刷新」の動機づけに注目する。前者は、他の政党とはかなり異なるアプローチを取っている理由が、後者では、自民党・公明党を広報広聴刷新に駆り立てた、理由が分かるはずだ。

 共産党が強く企図しているのは「野党共闘広報のための市民協働の活用」である。そのため広報においても、「野党共闘」に前面に掲げることで、これまで共産党とはかかわりがなかった一般の市民を巻き込んでいく手法が特徴的である。取材を通じて、この考え方が党内に根強く浸透しているという印象を受けた。

 共産党中央委員会宣伝局長の田村一志氏は、共産党が昨今、重視する野党共闘を、情報発信でも相当重要視していると、繰り返し語った。具体的には、党中央委が実施する広報全般において、自党の活動に加え、野党共闘にフォーカスした広報の探求に注力しているという。田村氏によれば、こうした姿勢は全般的にかなり好意的に評価されているらしい。

写真1 共産党の小冊子「JCP magazine」写真1 共産党の小冊子「JCP magazine」
 広報手法の開発にあたっては、現場の裁量で市民との協働を積極的に活用している。例えば、若い人向けの小冊子「JCP magazine」の制作過程では、これまで付き合いがなかった個人のデザイナーやウェブクリエーターとコラボして、使用する紙の品質やデザイン、政策表現や取り上げるテーマの順番に配慮、従来の共産党広報とは質的に異なる現代風なテイストの冊子に仕上がった(写真1)。ポップなビジュアルと、古典的な「政治色」「共産党カラー」の脱色に成功したのが奏功し、商店街などこれまで共産党の媒体を置いてもらえなかった場所にも置いてもらえるようになったという。

 市民協働は選挙にも生かされた。神奈川選挙区では、

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