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時代とシンクロしたトランプが「風」つかむ

保守エリートへの反乱、16年経て日の目

渡辺将人 北海道大学大学院准教授

 かつて「政治家ヒラリー」誕生を小著にまとめたことがある。2000年上院選本部の集票戦略部門で、筆者がスタッフとして見聞したことの記録だ(『アメリカ政治の現場から』文春新書)。その本で注目人物として言及していたのが、くしくもドナルド・トランプだった。2000年に改革党という政党から大統領選への出馬を狙っていたからだ。

 「予備選の序盤に、パトリック・J・ブキャナン(保守系政治評論家)とドナルド・トランプ(ニューヨークの不動産王)の二人が共和党を離脱、ワシントンでの政争に明け暮れるだけで、一向に連邦中心主義から脱却しようとしない共和党上層部を批判した」として第三党候補としての含意などを記した(前掲書内〝二大政党への反発〟121頁)。

 当時、緑の党のラルフ・ネーダーの運動が民主党大統領候補アル・ゴアの落選理由になるほど拡大していたが、保守側でも「二大政党」「政治エリート」への反発が生まれていた。しかし、2000年以降、長くトランプの政治進出は本格化せず、「共和党内反乱の兆し」とトランプをとりあげた記述は、15年間事実上の「空振り」に終わっていた。トランプはテレビ番組の司会で「道化」を演じるようになり、ヒラリーは選挙区で起きた9・11テロ後「戦時上院議員」となった。定石では、大統領への近道は後者のヒラリーのはず。だが、トランプは公職に就かない「アウトサイダー」の道にこだわった。一方、上院のヒラリーはイラク戦争に賛成し、オバマ台頭と2008年予備選での敗北原因を自ら作りだしていた。

 振り返れば、実に16年の歳月を経て、トランプの共和党上層部への抵抗は日の目を見たことになる。大統領選挙の本選で、ヒラリーとトランプの「ニューヨーカー」対決が実現したことは、不思議な因縁を感じずにはいられなかった。

 2016年大統領選もこれまで同様、筆者は節目で現地に滞在して聞き取り調査を行った。最初に異変を感じたのは2015年夏だった。緒戦アイオワ州では、それに先立つ地元紙「デモイン・レジスター」調査(同年1月)で、共和党内でのトランプ支持率はわずか1%だった。しかし、夏までには熱狂的な支持者が膨らんでいた。8月開催の「州祭典」では、現れるのか不明確なトランプ目当てに、多くの人が蒸し風呂のような暑さの建物で1時間以上も待った。米国では稀な満員電車のような鮨詰め状態の中、筆者も棒立ちに付き合った。

 トランプ支持者の忍耐強さは群を抜いていた。2016年2月のアイオワ党員集会直前の集会で、よい席を取ろうという待機組に筆者も参加し、支持者らと激寒のなか交代で休憩をとった。筆者のペアは穏健な白人一家で、黒人の養子も連れてきていた。少なくともアイオワでは「反移民」よりも、「非職業政治家」による、「ブッシュ王朝の阻止」を望む人が多く、「政治集会に初めて参加」という夫妻もいた。トランプのマイノリティへの差別的発言は看過できるものではないが、トランプ支持のすべてが狭量な差別主義者というわけではなかった。

 本選挙の投票翌週に米国入りして、共和党、民主党、クリントン、トランプ両陣営関係者に話を聞いたなかで印象的だったのは、民主党側の率直な敗北の自己分析だ。『アメリカ政治の壁―利益と理念の狭間で』(岩波新書)でも述べたように、選挙の勝敗は、比喩的にいえば「玉」「風」「技」の要因が絡み合って決まる。「玉」とは候補者の資質・経験・物語である。「技」とは組織の知恵・資金などで、キャンペーン技術やブレーンとなる政策エリート集団、シンクタンクなどのインフラも含まれる。「風」とは議会の多数党と少数党の勢力図、世論、内外の政治経済などのいわば「環境」条件だ。

「技」にも恵まれたヒラリー 最後まで「追い風」吹かず

 たとえば、ハーバード大学ロースクール卒の憲法学者だったオバマが「玉」で優れているのは言うまでもないが、「風」に恵まれた政治人生だった。数少ないオバマの挫折は、2000年に連邦下院に出馬して予備選で敗北したことだが、イラク反戦機運のなか、上院1期目で大統領選に勝利して2期務めた。

 ヒラリーも「玉」が格段に優れた政治家であり、組織と資金と自前のシンクタンク(アメリカ進歩センター)を持ち「技」でも比類なき存在だった。しかし、「風」に難があり、クリントン政権の医療保険制度改革の挫折、夫の不倫問題による弾劾騒ぎ、2008年民主党予備選での敗北と辛酸をなめてきた。

 その点、トランプの台頭は本人の個性と経営者としての実績もさることながら、時代とのシンクロ、すなわち「風」との連動が効果的だった。なにより職業政治家への反発が、イラク戦争で政府を大きくしたブッシュ政権への「影」とともに臨界点に達していた。ジェブ・ブッシュ優勢という序盤の報道は、「またブッシュ王朝か」という白けを生んでいた。予備選挙の集会の行く先々で、「イラク戦争を反省しろ」「兄と同じネオコンの参謀を使っているのか」とジェブは有権者に糾弾されていた。トランプはこの党内の空気を上手に「追い風」にして台頭した。1992年にロス・ペロー票の漁夫の利でクリントン政権が生まれたトラウマから、第三党候補の応援には保守系有権者も躊躇感があった。しかし、第三軸的なトランプがあえて二大政党から出馬すれば話は別だった。保守寄り無党派層とのニーズがぴったり合致したのだ。

 トランプ勝利が歴史的なのは大統領の存在、すなわち「プレジデンシー」の意味を更新したことによる。米国の大統領で州知事、議員、副大統領などの公職や軍の高位を経ていない大統領は初めてだからだ。米政界の玄人筋が予測を誤ったのは、国民が認める過去の大統領像に基づいていたことも関係している。

大統領像を変えた歴史的選挙 職業政治家への幻滅が背景

 無論、理想の大統領の資質は微修正されてきた。以前は軍役経験が、最高司令官としての大統領に求められた。だからこそ、軍役経験がない女性候補のヒラリーは、保守的な男性にも認めてもらうために「タカ派」を演じる必要があった。本来のライフワークは「子どもの人権」であるにもかかわらず、上院では軍事委員会に属し、イラク戦争にも賛成した。しかし、オバマ大統領以降は軍役経験の有無が問われなくなった。2008年大統領選で、軍出身の共和党コリン・パウエル元国務長官が、軍役経験は不要とお墨付きを与えてオバマを支持したからだ。

 トランプ台頭の背景には、米国特有の反中央政府の風土に加え、職業政治家への強い幻滅がある。近年では、連邦上院議員1年目の大統領選挙への出馬が、オバマ以降、増えていた。そもそも「公職経験の豊富さ」は、大統領選挙に勝つにはマイナスだ。経験がまるでないのも困るが、ありすぎると大統領になるには不利とされている。

 日本関連の著作もある政治ジャーナリストのジョナサン・ラウチが指摘するのは「14年以内の法則」だ。歴史的に、目立つ公職に就いて14年を経過すると大統領にはなれない傾向がある。連邦議員を23年も務めた民主党のリンドン・ジョンソンは例外であるが、彼の就任はジョン・F・ケネディの暗殺により実現している。長く政治の世界にいると、それだけ政敵もスキャンダルも増える。「ワシントン(権力側)の住人」と思われるし、敵対政党からの中傷材料も蓄積される。だから、海のものとも山のものとも分からない、全米的には「無名」に近い状態で彗星のごとく登場するほど有利だ。典型例はオバマだが、予備選で「ジミー・フー(どこのジミー?)」といわれたジミー・カーター、ロナルド・レーガン、ビル・クリントンら州知事経験者は、党や州の外での全国メディアでの露出からそう間を置かずに大統領になった。そのほうが「新鮮味」があり「負」の情報も少ない。

ヒラリーは「権力側の住人」 「14年の法則」打ち破れず

 ヒラリーは今回の大統領選挙の16年前に上院議員に当選した。大統領夫人からは24年間、アーカンソー州知事夫人からは38年間も公の存在として、共和党とメディアを相手にしてきた。「敵」もネガティブな噂も蓄積され「新鮮味」はない。公職経験の長さは即戦力の武器であるという逆転の主張で、「ガラスの天井」ならぬ「14年の法則」を打ち破るのが、ヒラリー陣営の課題だった。そこで経験のアピールに躍起になったが、これが「現状維持」大統領の印象をかえって色濃くした。クリントン元大統領の応援は、NAFTA(北米自由貿易協定)など同政権の「中道性」を想起させ、ヒラリーのTPP反対の真実味をかえって奪い、オバマ政権での国務長官歴は、ベンガジ事件やメール問題など「負の経験」化してしまった。そして、同政党3期目は険しい山だった。米国では戦後、同政党の3期連続は共和党側で1回実現しているのみだ。そもそも「向かい風」環境だった。

副大統領候補のペンス 「玉」の悪さを巧みに補完

 では、「玉」と「技」を比べると両者はどうだったか。

 まず「玉」の問題を考えてみる。中南米系など不法移民の増大への白人層の反発、製造業の停滞による賃金上昇の停滞、そして従来の共和党指導部への不満などが、トランプ旋風として爆発したのは周知の通りだ。しかし、トランプは二大政党内の反乱者であり、主流派と相いれない問題を抱えていた。「反主流」は予備選では「旋風」に追い風だが、本選では党内結束にマイナスに作用しかねない。現に、夏の共和党全国党大会には、ブッシュ元大統領親子、ジョン・マケイン、ミット・ロムニーら元大統領候補が欠席するなど、主流派との溝は深かった。特に大会開催州の州知事(ジョン・ケーシック)が共和党知事にもかかわらず、欠席したのは深刻で、党大会は「分断」の強調にしかならなかった。

 それにもかかわらず土壇場で共和党票の一致団結をもたらした理由は二つあった。一つは、相互憎悪ともいえる選挙戦、つまり「反クリントン」の根強さだ。米国の調査機関ピュー・リサーチ・センターの世論調査では、トランプを支持する理由で一番多いのは「クリントンではないこと」。一方、ヒラリーを支持する理由で一番多いのは「経験」と並んで「トランプではないこと」だった。両党ともに、嫌いな人を大統領にさせないために支持をする動きが動員の鍵になった。

 もう一つは、主流派とのパイプがあり、連邦議会と州知事を歴任しているマイク・ペンスをトランプが副大統領候補に選んだことだ。「トランプが共和党の路線に合わない政治を行う兆しがあれば、ペンスが頼りになる」と、地方共和党幹部はトランプを嫌う有権者を党内で説得できたからだ。「弾劾されたとしてもペンス政権になるだけだから心配ない」という言説まで流布した。つまり、クリントン政権4年を甘受するか、棄権かの2択ではなく、「ペンス政権」という第3の選択をほのめかすことが終盤の党内動員の要となった。

 「トランプ旋風が土台にありながらも、民主党がクリントンほど敵意を持たれる候補でなく、また、トランプが自分と同じような政治経験のない型破りな人を副大統領候補に選んでいれば、激戦州であそこまで競り勝てなかった可能性があった」と、中西部共和党の郡委員長は明かす。なるほど、副大統領候補まで公職経験のない破天荒な経営者だったとしたら、主流派の票は動かなかっただろう。

「すぐに大統領が務まる」 ヒラリーの副大統領は裏目

 通常、副大統領候補は大統領選挙にあまり大きな影響を与えない。政権でも「名誉職」と揶揄(やゆ)される。しかし、大統領候補に何らかの問題がある場合、副大統領候補要因が関係することがある。好例は2008年のサラ・ペイリンだ。高齢問題で「1期大統領」を宣言していたマケインにもしものことがあった場合、ペイリンが大統領になることが最終的には有権者の不安を増幅した。共和党保守層の「女性大統領」への抵抗感もあった。

 だからこそ、ヒラリーは「すぐに大統領が務まること」を副大統領の条件として明示していた。健康不安がささやかれていた高齢のヒラリーは公職経験豊富なケインを選んだ。しかし、 ・・・続きを読む
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筆者

渡辺将人(北海道大学大学院准教授)

渡辺将人(北海道大学大学院准教授)(わたなべ・まさひと) 北海道大学大学院准教授

1975年生まれ。シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了、早稲田大学大学院で博士(政治学)取得。米下院議員事務所、ヒラリー・クリントン上院選本部、テレビ東京政治部記者、コロンビア大学客員研究員などを経て現職。専門は米国政治。受賞歴にアメリカ学会斎藤眞賞ほか。『現代アメリカ選挙の変貌』(名古屋大学出版会)など著書多数。最新刊『アメリカ政治の壁』(岩波新書)ではトランプ旋風の構造も分析。