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盗聴法の対象犯罪拡大がもたらす危険性

原発問題を取材するA記者の例で考える

村井敏邦(一橋大学名誉教授、弁護士)

刑事訴訟法等の一部改正

拡大改正通信傍受法施行を伝える記事(朝日新聞2016年12月1日付朝刊)
 捜査検事による証拠捏造(ねつぞう)事件の発覚を契機として、取り調べに依存する捜査のあり方を問う声が強くなった。その結果、「新時代の刑事司法改革」と銘打って進められてきた検討の終着点として、2016年6月3日、刑事訴訟法等の一部改正法が公布された。

 この改革では、当初の目標は取り調べの可視化であった。しかし、検討の途中から、新しい捜査手法の導入が検討課題となり、結局、成立した改正法では、不完全な取り調べの可視化と並んで、司法取引や刑事免責などの新しい捜査手法が導入された。

 同時に、通信の秘密を侵害するとして批判のあった中で成立した、通信傍受法の改正も行われた。法律の正式名称は、「通信傍受法」となっているが、この改正の過程では、通信の傍受だけではなく「会話の傍受」の導入ももくろまれたことから、以下では、「盗聴法」「盗聴」と称することにする。盗聴法の改正では、それまで4罪種に限定されていた対象犯罪が強盗・窃盗にも拡大されるなど、かなりの変更が行われた。ここでは、以下の架空の出来事を素材として、盗聴法およびその改正法の持つ危険性について論じる。

事例:A記者の場合

 A記者は、夕日新聞の敏腕記者。編集会議で、原発再稼働の記事を担当することになり、政府筋と原発設置機関、原子力規制委員会の委員等からの情報収集に奔走する。ある日、原子力規制委員会の某委員と政府関係者がある料亭でひそかに会談するという情報を得た。A記者はその料亭の女将とは、たまたま懇意にしており、女将に頼んで委員らが会合する部屋の隣の部屋を確保してもらい、会談の模様をひそかにうかがうことを計画し、その計画を夕日新聞のデスクら主だったところに話をして了解をとって、その日までに準備した。

 当日、委員らが部屋に入ったとの知らせを受けて、A記者も隣の部屋に入り、会談の模様をボイスレコーダーで聴取していた。委員らは、再稼働までの手順書案を開いて検討している様子だったので、何とかして手順書案を見たいと思い、2人が部屋を空ける機会を狙っていたところ、ちょうど近くの河原で花火大会があるというので、女将に2人を連れだしてくれることを頼んだ。2人は不用意にも手順書案をテーブルの上に置いたまま、部屋を空けた。

 A記者は機会到来とばかり、女将に手順書案を持ってきてもらい、急いでそれを写真にとり、何食わぬ顔で料亭を後にし、社に戻った。

 A記者は、自分の動きが誰にも知られていないと思っていたが、実は、社の内部には警察と通じている者がいて、その者を通じて、A記者からの連絡は警察がすべてチェックしていた。A記者からのメール、携帯からの連絡などを警察は毎日盗聴し、また、編集会議にも隠しマイクを設置して、A記者の報告、これに対する編集委員の反応などを把握していた。

A記者等の行動の問題

 1 A記者の行動には何か問題があるか。特定秘密保護法上の特定秘密の取得罪に当たらないか。

 特定秘密取得罪は、「外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的」で、「人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為」により、「特定秘密を取得した」ことによって成立する罪である。A記者側としては、報道目的での取材であるから、不正な目的ではないので、この罪には当たらないと考えるだろう。しかし、政府や原子力規制委員会筋は、原発の開発や稼働は国家の安全にかかわる事項であり、それに関する事項を関係者の許しもなく報道することは、「我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的」に当たると考える可能性がある。原発の稼動再開計画は国家の安全にかかわる事項として「特定秘密」に当たるとすれば、それを取得しようとするA記者の行為は、手段のいかんによっては、特定秘密取得罪に当たりそうである。

 特定秘密の取得行為でも、単純な取得は処罰対象ではないが、不正な手段を用いた取得は処罰対象である。電話の盗聴は、不正手段となるが、隣の部屋で会談内容をボイスレコーダーに記録するというのは当たらないようだ。しかし、手順書案のコピーというのはどうだろう。秘密の公文書をコピーするために一時これを借り出すという行為は、窃盗に当たるという判例がある。この判例によれば、A記者の行為は「窃盗」に当たり、上記の不正手段の一つということになる。A記者に協力した女将は共犯である。

 2 A記者が原発再稼働の記事のための取材をすることを了解していた夕日新聞の編集会議はどうだろう。特定秘密保護法には、特定秘密の漏示・取得の共謀・教唆・せん動の処罰規定がある。A記者の取材活動を了解していたというだけで、取得行為の「共謀」「教唆」と見られる可能性がある。A記者から逐一報告を受け、秘密会談の内容を盗み聞くことを了解していたデスク等は、「共謀」に当たる可能性がある。

夕日新聞社の中の情報を警察に通報する行為

 特定秘密の取得の共謀をした者が「自首」をすれば、刑を軽減または免除される。夕日新聞内でのA記者の行動や編集会議の動きを警察に通報した者が、上記の「共謀」した者の一人だとすれば、この自首に当たり、特典を受ける可能性がある。

 この自首減軽措置は、特定秘密の漏示や取得を未然に防ぐための密告を奨励するものである。いわゆるスパイ行為であるが、アメリカでは「インフォーマー」として重宝がられている。日本でも、捜査の手がかりを得るために、とくに組織犯罪については、活用が図られる。

夕日新聞社内の編集室等に盗聴器を設置する行為

 先頃成立した刑事訴訟法の一部改正では、従来の盗聴法の適用対象犯罪が窃盗などの一般犯罪にまで拡大されたが、会話の盗聴は今後の検討課題となり、捜査手段として認められなかった。したがって、新聞社内に盗聴器を設置して、編集会議の内容を盗聴・記録することは、かりに捜査のためとしても許されない。

 しかし、会話盗聴を認めるべきだとの声は、警察・検察関係者の中に強くある。研究者の一部にも早急に法制化すべきであるとの声がある。

 今回の法改正の当初の提案の中には、会話盗聴の法制化も盛り込まれていたが、反対の声もあるということで、最終的には、法制審の答申から外された。しかし、早晩提案されてくるであろう。そうした場合には、疑われる組織・集団・個人の家屋の敷地、居宅・室内への盗聴器の設置も、捜査のためという名目で、行われることになる。

A記者のメールなどをチェックする行為

 現行盗聴法は、「通信傍受法」と言われるように、電話等の通信内容を聞き、記録することを認めている。「通信」には電子メールも含まれる。したがって、A記者が不正な手段によって特定秘密を取得しようとしていると警察が考えると、A記者の電話通信だけでなく、電子メールによる通信内容もチェックしようとし、法律上それが認められる可能性がある。

 もちろん、正当な捜査活動として認められるためには、あらかじめ裁判官から通信傍受令状を得たうえでなければならない。令状なしの盗聴は、憲法違反の行為である。

 しかし、令状をとったうえでの盗聴であるか否かは、法廷で争いになって初めてわかることである。不審に思った対象者が調べてみて、盗聴がされていたことがわかり問題になるということもある(共産党の緒方邸盗聴事件)が、実際のところ、問題になりうる警察の行為がどれほどあるかは不明である。とくに、電子メールのチェックについては、知らないうちに行われていても、通常、人にはわからない。

 通信傍受令状が請求された場合には、その結果を含めて、毎年、国会に報告されることになっている。しかし、そこで報告されるのは「傍受令状の請求及び発付の件数、その請求及び発付に係る罪名、傍受の対象とした通信手段の種類、傍受の実施をした期間、傍受の実施をしている間における通話の回数」であり、このうち公表されるのは、「傍受すべき通信に該当する通信」(該当通信)等が行われたものの数と「傍受が行われた事件に関して逮捕した人員数」だけである。

 この法律の運用については、当初から、不必要な通信内容が広く聞かれているのではないかという危惧が表明されていた。国会に報告された令状請求・発付数のうち、該当通信に当たるのはごく少数であることから、不必要な盗聴の方が多かったということが示されている。

 盗聴という手段が捜査方法として用いられるのは、年間で10件程度ということであり、それによって犯罪の摘発、起訴にまで至ったのは、それ以上に少数である。わずかに、2002年の覚醒剤取締法違反事件が公表されているくらいである。

 あまり活用されていないというより、その活用の実態が国民には知らされていないということである。

盗聴法改正による盗聴の拡大

 法務省は、従来の盗聴法が活用しにくいために、十分に活用されていないとして、2012年3月開催の法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」に、「新しい刑事司法に即した新しい捜査手法」として、刑事免責や司法取引制度の導入などと並んで、盗聴の拡大、会話盗聴の導入、立会人の廃止を含む盗聴法の改正を提案した。2016年6月3日、会話盗聴以外の盗聴法の改正が公布された。

 これによって、盗聴の対象犯罪が拡大され(2016年12月に施行)、盗聴の立ち会いに代わる措置が導入される(2019年6月までに施行)。

対象犯罪の拡大

 従来の法では、盗聴の対象犯罪は、薬物関連犯罪、集団密航、銃器関連犯罪、組織的殺人の4罪種に限定されていたが、これが改正によって、児童ポルノ関連犯罪、殺人・傷害、逮捕監禁、略取誘拐、窃盗・強盗、詐欺・恐喝、現住建造物等放火などの一般刑法犯にも拡大された。審議の過程では、振り込め詐欺などの捜査に対応するためということが強調されたが、そうした特定はされずに、窃盗・強盗・詐欺・恐喝などに拡大された。

 アメリカの例などを見ても、対象犯罪が拡大するであろうことは、盗聴法制定の当初から懸念されていた。共謀罪法の制定も具体的な政治日程に入っているようであるが、共謀罪法が制定されると、今回の改正によって対象犯罪となった罪種の共謀はもちろん、共謀罪一般への拡大ももくろまれる可能性がある。そうなると、もはや盗聴は無限定に行われうることになる。

 特定秘密保護法上の漏示・取得罪は、現在のところは正面からは対象犯罪となっていない。しかし、A記者の行為が窃盗に当たるとすると、今回の改正後では、「窃盗」行為を媒介として対象犯罪になる可能性がある。

 甘言や誘惑等と見られる手段によって、取材する行為が特定秘密保護法上の取得罪に当たる可能性がある。立法過程において、西山事件の例などが不正な手段として挙げられていたことからするならば、大いにありうることである。

適正性への担保がない

拡大2000年8月、通信傍受法施行前に警察庁が報道陣に公開した通信傍受装置=東京都千代田区の警察庁で
 従来の盗聴法では、盗聴の際の立会人は、手続きの適正性を担保するために不可欠な条件としていた。ところが、改正によって、この立ち会い制度は廃止された。「運用上、通信傍受を行うため数週間前から捜査機関と通信事業者側との間で立会人の確保等のための協議を開始する必要があり、このことが通信傍受を迅速に行えない理由となっているほか、通信事業者にとっても立会人を供することが大きな負担となっている」ということのほか、立ち会いを認めても、たまたま立ち会った人はどのような通信が行われているのか、何が「該当通信」であるかを判定する力がない。立会人は形式的になっているなどという指摘があった。

 また、従来の「法では、 ・・・続きを読む
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筆者

村井敏邦(一橋大学名誉教授、弁護士)

村井敏邦(一橋大学名誉教授、弁護士)(むらい・としくに) 一橋大学名誉教授、弁護士

1941年生まれ。一橋大学大学院法学研究科教授、龍谷大学法科大学院教授などを歴任。主な著書に『公務執行妨害罪の研究』(成文堂)、『刑法―現代の「犯罪と刑罰」』(岩波書店)、『罪と罰のクロスワード』(大蔵省印刷局)、『 民衆から見た罪と罰』(花伝社)など。