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憲法の役割を変更する安倍自民党の改憲案

野党とメディアは国民に問題の本質を示せ

小林節(慶応大学名誉教授、弁護士)

1 安倍政権の改憲提案は必ず来る

 今でも(つまり、この期に及んでも)「安倍政権は本当に憲法改正を提案してきますかね?」などという質問を私に向けてくる人が何人もいて驚かされる。

 私は「決まっているじゃないですか。必ず来ますよ。世論対策が済んだと読んだら、まず国会は例によって『問答無用』で数の力で強引に通して、次に改憲発議、国民投票ですよ」と答えることにしている。

2 弱気な護憲派

 上述のような質問をしてくる人々の動機には「改憲はしてほしくない」という思いがいつも見え見えである。

 彼らの気持ちは、およそ次のようなものである。

 ①自民党改憲草案は、憲法が憲法であることを否定する「改悪」提案であるから絶対に許してはならない。
 ②しかし、あの「戦争法」(政府の言う平和安全法制)反対闘争でも、自分たちは正しかったのに負けてしまった。
 ③さらにその後の参院選でも自分たちは正しい主張をしたのに負けてしまった。
 ④だから、もはやメディアも世論も信じられないから改憲発議に直面したくない。
 ⑤嬉しいことに、自民党は自民党改憲草案が不評なことに気づいており、「自民党案を議論のたたき台にはしない」「期限ありきではない」「両院の憲法審査会で論点を絞っていく」などと(弱気になって)言い始めているではないか。

3 史上最強の政権と首相の使命感

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 しかし、私はそのような我田引水は行わない。つまり、

 ①あの自民党改憲草案が本来の意味で「憲法」などと呼べる代物ではないことは、後述の通り事実である。しかし、これまで公にさんざん批判されて、自民党は、ひとつも有効な反論をし得なかったにもかかわらず、何度要求されても、すでに党議決定されたあの草案を取り消さないとしている。つまり、自民党は、改憲を目的に結成された政党として、今日まで4年半以上にわたって公式にあの改憲草案を掲げ続けている。しかも、改憲こそがご自分の「使命」(つまり天から与えられた重大な任務)であると自認している総裁を戴いている。

 ②それに、あの「戦争法」の制定に至った政治プロセスを思い出してみれば明らかなように、自民党は論争に負けることなど恐れてはいない。いくら客観的には論争に負けても、相手にお構いなしに自説だけを声高に繰り返し、一定の時間が過ぎたら、絶対多数の議員の数で押し切り、これが「民主主義」だと開き直る。これが安倍政権のやり方である。

 ③その後の参院選挙でも、憲法には全く触れず(いわゆる争点隠しを行い)、勝利後に憲法改正が主権者から承認されたと言い出して恥じていない。

 ④それに対して、もっと批判的に報道してもよいマスコミも、なぜかおとなしい。だから、自民党は、これから改憲提案を持ち出してもマスコミなど怖くないと高をくくっているはずである。

 ⑤しかも、安倍首相は「期限ありきではない」と、あの「戦争法」の審議の際にも冒頭で語っていたが、実際には予定された通りに手続きを進めて目的を遂げている。だから近い将来、憲法改正発議・国民投票は必ずやってくる、と考えておいた方がよい。

 ⑥しかも、今、安倍首相は、改憲派が衆参両院それぞれの3分の2以上で支える最強の立場で、さらに、総裁任期の延長は確実でもその任期にも終わりはあるし、安倍首相の健康不安もある。だから近い将来、安倍政権が具体的に憲法改正の発議をしない、と考える方が無理である。
つまり、安倍首相が憲法改正を実現したいと決意していることは否定しがたい事実である。

4 政権は草案の評判の悪さ熟知

 ただ、「多数代表法」と呼ばれる、相対的多数派が絶対的多数の議席を得やすいように工夫された現行の選挙制度の助けで、国会内では絶対的優位に立っている安倍政権も、明らかに評判が悪い自民党草案であることは十分に承知している。だから、第1号のいわゆる「お試し改憲」のテーマ次第では、国民投票で不覚を取る可能性はある。そこで慎重に様子を見ているのであろう。

5 世論調査の結果から読み解くと

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 その点で、興味深い世論調査の結果がある。昨年10月末に各紙で報道された共同通信の調査である。その結果は次の通りである。

(1)慎重にならざるを得ない理由

 まず、「改憲問題に関心はあるか?」という質問に対して、「関心がある」が78%で、「ない」が21%であった。これは、改憲政党にとって好ましい反応と思われる。

 ところが、それでいて、「自民党の改憲草案を知っているか?」の問いには、実に76%が「知らない」と答え、「知っている」はわずか23%であった。これは、自民党にとっては残念である半面、あの、憲法破壊に等しく、専門家の間ですこぶる評判の悪い自民党草案が広く知られていないことは安倍政権にとってはむしろ好都合なのかもしれない。

 一方、自民党草案の中にある「改憲発議の条件を衆参両院のそれぞれ3分の2以上から2分の1以上に緩和する」提案については、「良くない(反対)」が76%で、賛成は21%だけであった。

 だからか、「今年(2016年)の参議院議員選挙で、改憲勢力が衆院に加えて参院でも3分の2以上になったこと」に対しては、「よくない」が51%で、「よい」の46%を超えていた。同じく、「安倍首相の任期中の改憲」については「反対」が55%で、「賛成」の42%を凌駕(りょうが)していた。

 また、「9条の改正」については、「必要ない」が49%で、「必要」が45%であった。関連して、「戦後わが国が武力行使せずに来られたのは9条が存在するからか?」に対しては、実に75%が「そうだ」と答え、反対派はわずかに22%であった。

 最後に結論として「今、我が国は良い方向に進んでいると思うか?」という質問には、71%の人が「そうは思わない」と答え、肯定した人は27%だけであった。

 こうして見てくると、今、安倍「独裁」政権は無敵で驀ばく進しん中ではあるが、それでも国民は、少なくとも改憲については客観的に事実を直視し、冷めているように見える。

 だから、一票の格差のない全国一区の国民投票で過半数の承認を得なければならない憲法改正を目指す安倍政権としては、慎重にならざるを得ないであろう。

(2)政権に好都合な結果も

 とはいえ、この世論調査の結果の中には、安倍政権にとって好都合な部分もある。自民党の改憲草案の中にある「緊急事態条項」の新設と、「家族条項」の新条文についてである。

 つまり、まず自民党が「緊急事態条項」の新設を改憲の優先項目にしていることには、「賛成」が52%で、「反対」の44%を凌駕していた。さらに、自民党の改憲草案では「家族は、互いに助け合わなければならない」という規定が盛り込まれていることについては、「賛成」が50%、「反対」が18%で、「よく分からない」が31%であった。

6 設問が変われば別の結果も

 私に言わせれば、まず「緊急事態条項」については、その新条項の必要性と効果についてきちんとした説明がなされていないことから、また、「家族条項」についても調査の質問形式が間違っていたからだとは思うが、少なくとも、世論の現状が改憲推進派に希望を与えるものであったことは疑いがない。

 だから、安倍政権がこのいずれかを突破口として改憲を提案してくる可能性はある、と考えておくべきであろう。

 安倍政権は、重要な公的論争は全て同じ手法で目的を遂げてきた政権であるから、今回も同じ手法で悲願の「お試し」改憲を成就しようとするはずである。つまり、マスメディアを支配して本当の論点から国民の関心をそらし、議会等の公開討論では一切、相手からの反論に答えず、声高に自説のみを繰り返し、一定期間が経ったら多数決で押し切る―この手法は、実は憲法改正でも使うことができるものである。

(1)緊急事態条項は有害無益

 例えば、緊急事態条項の場合は次のようになる。まず、御用マスコミを動員して、3・11東日本大震災以来、わが国では大規模な自然災害が頻発しているが、そのような事態に国家として対応して国民の生命と財産を守るために、諸国の憲法にも規定されている緊急事態条項がわが国にも必要である、と広報する。加えて、同趣旨のカラフルなリーフレットを持って、与党の国会議員がそれぞれの選挙区で支援者を集めて説明会を開く。

 そのうえで、国会の審議では、徹底して野党からの質問、反論には答えず、上述のような与党側の主張だけを繰り返し、一定の時間を経過したら、圧倒的多数で強行採決を行う。
国民投票の前には、制度上少なくとも2カ月は公論にかけなければならないのだが、その際、制度上は広告費の上限がないので、資金力のある与党としては、大手広告代理店を動員して、上述のような肯定的な話だけを有権者の脳裏にすり込むことができるはずである。

 そうすれば、国民投票で投票する有権者の過半数の支持を得ることも不可能ではなかろう。

 もちろん、私は、上述のように緊急事態条項を肯定する主張は一方的だと思う。つまり、わが国にはすでに、大規模な自然災害等に迅速に対応するための災害対策基本法等の法制が整備されている。だからこそ、かつての阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本・大分大地震にもそれなりに対応できている。それらの法令の中には国民の人権を一時的に制約する規定も存在しているが、 ・・・続きを読む
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筆者

小林節(慶応大学名誉教授、弁護士)

小林節(慶応大学名誉教授、弁護士)(こばやし・せつ) 慶応大学名誉教授、弁護士

1949年、東京生まれ。慶応大学大学院法学研究科博士課程修了。ハーバード大学ロースクール客員研究員等を経て、89年から2014年まで慶応大教授。著書に『「憲法」改正と改悪』(時事通信出版局)、『「憲法改正」の真実』 (樋口陽一氏との共著、集英社新書)、『小林節の憲法改正試案』(宝島社新書)など。