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第5のマスメディアとなったネットが目指すのは?

服部桂 元Journalism編集部員

 2017年のトレンドを語るのに、「トランプ現象」を避けて通ることはできないだろう。今回の米大統領選挙で大方の予想を裏切って、当初は泡沫候補だったドナルド・トランプ氏があれよあれよという間に米国大統領に上り詰めた経緯を分析する多くの記事が、その結末を読めなかったマスメディアの問題点を指摘している。

 大方の議論を追ってみると、マスメディアの言説は中産階級以上を中心とした読者の意識を代表したもので、それがヒラリー・クリントン候補の支持者と重なって有利な報道をしていたが、トランプ氏の主張は多くがネットに流れて中産階級以下の人々の本音に支持されて、それが選挙を動かしたという説が大半だ。

 つまり選挙の雌雄を決したのはテレビや新聞などのこれまでのマスメディアではなくネットで、世論の中心はネットに反映されていたという結論だ。ニューヨーク・タイムズは投票日当日にまだ迷っていた選挙民の行動を支配したのはツイッターだったと報じ、ニューヨーク・マガジンはトランプ氏を勝利に導いたのはフェイスブックだと断定している。

 テレビが大統領選の行方を決定した事件として有名なのは、1960年のニクソン対ケネディの大統領選で、9月26日から4回にわたって行われた初のテレビ討論会だった。ラジオでの討論ではニクソン氏が優位に立っていたものの、テレビ用にメーキャップまでして若々しく見えたケネディ氏に米国民は動かされた。声による理路整然とした論理より、目に見えるはつらつとしたイメージが国民の感情や投票行動を支配したのだ。

 大宅壮一氏が57年にテレビの普及を横目に、低俗なメディアとして「一億総白痴化」と揶揄(やゆ)したが、それが活字メディアの優位がテレビに奪われる時期であったとするなら、まさに2016年はそれから60年近くが経って、テレビがネットに逆転された年として歴史に残るかもしれない。

インターネットが急成長し世界最大のマスメディアに

 インターネット利用者が国の全人口の5分の1に達することでマスメディアとして認識されたのは、米国では98年で日本では2000年頃のことだ。一般にネットが使えるようになってから5年弱しか経っていない。テレビは同じ基準に達するのに13年、ラジオは38年かかった。新しいメディアになるほど、マスに普及するまでの期間は短くなる傾向にある。

 普及に従って当然のことながら利用時間も伸びる。米eMarketer社の調査では、13年の日々の利用時間を見ると、デジタルメディア(パソコン、スマホなどを合わせたもの)が4時間48分でテレビの4時間31分を逆転している。同調査では、日本でも18年にはデジタルが3時間14分でテレビが3時間17分となり、両者が拮抗するまでになると予測している。

 利用時間ばかりではない。5年ごとに行われているNHKの調査「日本人とテレビ」(15年)では、「欠かせないメディア」としてインターネットが23%、新聞が11%という結果が出ており、前回(10年)は両者が同じ14%であったものが逆転した結果となり、利用者の意識は変わりつつあることがわかる。

 当然のことながら、利用者の意識や利用時間の動向は、マスメディアというビジネスを成り立たせる原資となる広告にも影響する。電通が16年2月に発表した「2015年 日本の広告費」によれば、インターネット広告費は1兆1594億円で、新聞の5679億円の倍に達し、テレビの1兆9323億円に次ぐものになっている。新聞はすでに09年にネットに抜かれ、テレビをネットが超える日が20年頃に訪れるとささやかれている。

 前述の米調査会社によれば、すでに米国市場では16年中にデジタル広告は720億900万ドルに達し、テレビの712億9000万ドルを上回るとされる。他社(Zenith)の調査によれば、この傾向は世界的なもので、世界の広告支出は15年にはネットが30%でテレビが37%だったが、17年にはそれぞれ36%、35%と逆転するという。調査会社や調査時期によって多少の差はあるものの、ネット広告が近い将来にテレビを抜いて世界最大の広告媒体になることは確実な状況だ。

 つまり量的に言って、インターネットは名実ともに世界最大のマスメディアということになる。これまで広告業界で言われた、新聞、雑誌、テレビ、ラジオの4マスに次いでネットが加わり、マスメディアは5マス時代に突入したのだ。

 16年になって電通が、デジタル広告に特化した電通デジタルという別会社を立ち上げた。これまでネット広告を扱う子会社はいくつかあったが、4マス最後の牙城であるテレビが主役の座を譲り渡しそうな状況の中で、本腰を入れざるをえなくなったという事情が見えてくる。

 しかし、ネットをマスメディアの代表とすることには、異論も出るだろう。利用者が多くて儲かっているからといって、きちんと権力監視をしているわけでも社会正義を守っているわけでもなく、噂やデマが溢れ、炎上や宣伝ばかりで信用できない、という意見も聞かれる。

 実際の世論調査でも新聞やテレビの信頼度はネットを上回り、トランプ大統領選出1週間後までに、ニューヨーク・タイムズの読者が4万人以上増え、ネットだけでは読めない正確な分析記事を求める読者がいることも話題になった。やはり量ではなく質という声が聞こえてくる。

旧来型マスメディアの対応が遅れヤフーに完敗した日本

 日本のインターネットでは、95年に朝日新聞社のアサヒ・コムがニュースサイトとして始まり、翌年にヤフーのYahoo! JAPANが始まったものの、コンピューターやネットオタクの趣味でしかなく、パソコンが使えて毎月何万円も通信料を払える奇特な人の話としてしか受け取られていなかった。

 すでに米国ではホワイトハウスがホームページを始めたり、ローリングストーンズがネットでコンサートを中継したり、タイムワーナーなどがニュースサイトを立ち上げたりと様々な話題が流れ、新しいトレンドとして紹介されていた。

 日本でも新聞社や通信社のホームページが徐々に作られるようになったが、実際は海外メディアや競合他社も始めたので様子見のため作ってみた、という程度の対応しかしていなかった。ともかく、どこかの会社や組織がサイトを立ち上げただけでニュースになる時代だった。アサヒ・コムは本紙の内容の一部をそのままホームページに編集して無料で出し、新聞購読を宣伝する役割しかなかった。

 そのうちサイトが増えてくると、まさにネットがマスメディア化した98年頃には、最初にアクセスするホームポジションに当たるサイトは、検索機能やリンクを多く集めた「ポータルサイト」と呼ばれるようになり、ヤフーやインフォシーク、MSNなどが力を持ち始め、日々のアクセスを促すために新聞やテレビが報じるニュースを掲載し始めた。

 しかし旧来のマスメディア側は、ネットは取るに足らないと無視していた。99年のネット広告市場規模は全6兆円規模のうちの0・4%にあたる250億円でしかなく、トップのヤフーでさえ、9月中間期の売り上げは21億円規模だった(16年9月中間決算は4096億円)。

 しかしそのうち、2000年あたりにネットバブルが始まり経済にまで大きな影響が出始めた。ブログやミクシィなどのSNSが始まり、「ウェブ2・0」と呼ばれる利用者側の情報発信が爆発的に増え始め、多くの利用者はまず従来のポータルサイトに行くより、グーグル(98年創業)などの強力な検索サイトから情報に直接アクセスするようになる。そしてヤフーも検索機能を強化してグーグルと競り合うようになる。旧来型マスメディアのサイトは軒並み利用が減り、アクセスの多いヤフーやMSNなどを経由してページビューを確保せざるを得なくなる。

 当初はヤフーなどを敵視していた大手の新聞社も、背に腹は代えられない状況になり、次々とニュースを提供するようになる。さらにはツイッターやフェイスブックの登場で、ソーシャルメディアからのアクセスが増えて無視できなくなる。つまり、旧来型マスメディアのサイトは単独で十分なアクセスを集めることができなくなり、ニュースをまとめて見ることができる検索やソーシャル、さらにはスマホの普及でニュースアプリを提供する、いわゆるアグリゲーターと呼ばれるサイトに依存せざるをえなくなってくる。

拡大図1 ニュースサイトの利用状況(Digital News Report:Reuters Institute 2016)
 16年6月にロイターが出した、デジタル・ニュース・リポート(Digital News Report 2016)によれば、日本のオンライン・ニュースの利用状況のランキングは、ヤフー59%、NHK16%、日経13%、日テレ10%、朝日新聞9%と続くが、他国と比較して1位のヤフーが突出している。ニュースを取材しているメディア(パブリッシャー)のサイトの力が弱い結果になっている。米国でもヤフー(Yahoo News)がトップだが、2位のハフィントン・ポストとは僅差であり、英国ではBBCが単独トップ状態だ(図1)。

 こうした日本のニュース消費に関するアグリゲーター依存の強さは、結果的に旧来型マスメディアの取り組みの遅れを浮き彫りにしている。ネットによる発信を、自社媒体の宣伝手段としか認識しておらず、ネットに本格的に進出することで、本業の売り上げを侵食されることに及び腰だった姿勢が生んだ結果だろう。

ビジネス中心のネットにおけるメディアとしての中立性は?

 ここ数年、「新聞・テレビ断末魔」(週刊東洋経済)「新聞・テレビ複合不況」(週刊ダイヤモンド)などと、業界の不振をビジネス誌などがトップの特集記事として掲載して、大きな話題になっていたが、16年に入ってからはそうした記事は激減し、ネットと旧来メディアの逆転劇は既成事実として話題にさえならなくなった。

 新聞業界では15年に総発行部数が4425万部(01年は5368万部、世帯当たり部数1・12部)まで落ち込み、ついに世帯当たりの部数が1部を切って0・8部と落ち込んだ。近年、若者の新聞離れや読者の高齢化が問題になっているが、最後の牙城だった団塊の世代読者が全員70代に突入する19年以降、東京オリンピック終了後にさらに深刻な事態が訪れることが予想され、多くの経営者が事業戦略の大きな転換を迫られている。

 ビジネスとしてのマスメディアを論じることは、量的な側面ばかりを強調した論議に聞こえるかもしれないが、どれだけ多くの読者にニュースが届くかはニュース自体の質にも関係する。質だけに注目するなら、利潤を前提としないNPO的なニュース機関も存在しうる。現代のマスメディアと考えられている職業ジャーナリズムは、ここ200年ほどの歴史的産物でもある。産業革命以降、輪転機による日々の大量印刷や郵便制度などによる配布が可能になることによって、近代の新聞はマスの読者を獲得した。それを商業的に成り立たせていたのは広告の存在だ。ビジネス的バイアスを排除するために購読料だけで成り立つメディアもありうるが、広告はニュースでもある。

 ベトナム戦争時に、米政府が兵士のために新聞を戦地まで届けていた。当初、運送コストを下げるために、かさばる広告を切り離して送っていたが、兵士たちから不満の声があがったという。故郷の日々のスーパーのセールや新商品などの情報は生活に潤いを与える情報であり、殺伐としたニュースと一緒に届けられる広告は、ニュースを読むための安心や安らぎを与えるものだったからだ。

 ネットの世界を成り立たせているのも広告で、 ・・・続きを読む
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筆者

服部桂(元Journalism編集部員)

服部桂(元Journalism編集部員)(はっとり・かつら) 元Journalism編集部員

1951年生まれ。78年に朝日新聞社入社後、科学部記者や雑誌編集者を経て、ネットビジネスにも関わる。87年から2年間MITメディアラボ客員研究員。著書に『人工現実感の世界』(工業調査会)、『人工生命の世界』(オーム社)、『メディアの予言者』(廣済堂出版)。訳書に『チューリング』(NTT出版)、『テクニウム』(みすず書房)、『〈インターネット〉の次に来るもの』(NHK出版)など多数。