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最先端技術の町が抱える格差と影

シリコンバレーを取材して見えたこと

宮地ゆう(朝日新聞記者)

カリフォルニア州マウンテンビューにあるグーグル本社=宮地ゆう撮影拡大カリフォルニア州マウンテンビューにあるグーグル本社=宮地ゆう撮影
 2014年4月、私はサンフランシスコに赴任した。新たな支局を開設し、サンフランシスコやその南に広がるシリコンバレーを取材することが主なテーマだった。

 IT関係の話題が好きな人にとって、サンフランシスコは最高の取材場所だろう。最新の技術やサービスが生まれる場所で、いち早くそれを体験し、アップルの最新のiPhoneを真っ先に手に取り、グーグルの今後の技術の行方を知ることができる。町を歩けば、電気自動車テスラの最新モデルの車がそこらじゅうを走っているし、スタートアップにいたっては町中に数え切れないほどある。そのあたりのカフェに入れば、起業や投資の話をしたり、プログラミングの話をしたりしている人たちがいっぱいいる。みなが未来を語り、「新しいもの」を求めて目を皿のようにして歩いている。

ネットの方が早い時代 特派員としている意味を自問

 しかし、赴任直後、私の偽らざる気持ちは「これからどうしようか」という、やや暗いものだった。明るいカリフォルニアの青空が、なんだかどよんとして見えたのを思い出す。理由はいくつかあった。

 まず、世の中には大別して2種類の人がいる。新しいものを貪欲に求める人と、そうでない人だ。私は明らかに後者の方だ。そもそも、最新のスマホやアプリをチェックしたり、ガジェットを買いに走ったりといったこととは、ほとんど無縁に生きてきた。そんな私が最新のIT事情を取材しなければならない。

 もう一つは、メディアの環境変化だ。少し前まで、シリコンバレーで起きていることをリアルタイムで知ることは簡単ではなかった。ところが、IT関係に特化したネットメディアが増え、英語さえ読めれば日本にいても情報収集できるようになった。さらに最近は、多くの英語サイトが日本語にも翻訳されており、米国で報じられるのとほとんど時間差なく、日本語でも最新の情報を手にすることができる。取材で外にいる私よりも、東京でネットをチェックしている記者の方が情報を早くつかむことも多い。では、ここに特派員としている意味はなんだろうか。ここでしかできないこと、ここでしか書けないものとは何なのか。この問いは、いまに至るまで、大きな課題であり続けている。

遠ざかる世界的な企業 記者のアクセスも難しく

アップル本社=米カリフォルニア州クパティーノ、宮地ゆう撮影拡大アップル本社=米カリフォルニア州クパティーノ、宮地ゆう撮影
 赴任してすぐ気づいたのは、日々流れるニュースを処理しようとすると、企業のブログやプレスリリースなどをネット上で探して終わってしまうということだ。

 IT企業へのアクセスも厳しい。製品発表以外は、メディアの取材にはほとんど応じない企業もあるし、多くが、取材依頼を送っても、10回に1、2回返事があればいい、という感じだ。広報の電話番号に人が出ることはまずないし、留守電を何度残しても掛け直してくれる企業はあまりない。たまに電話がつながると「メールにしてください」と言われる。しかし、メールを送ってそれに対して返事がくることはほとんどない。もちろん、自戒を込めて言えば、それは取材先との関係の深さにもよるし、ふだんから「食い込んでいる記者」かそうでないかにもよるだろう。欧米の大手メディアに対しては、担当者をつけたり、社内に招いたりと、もう少し手厚い対応をしているようなので、一概には言えない面もある。海外では取材先との距離が遠くなるというのは誰もが経験することでもある。しかし、シリコンバレーを長く知る米国のIT記者と話すと、「昔は会社がもっと開放的だった」という人が多い。それが、世界的な企業に成長するうちに、中で何が起きているのかを知ることは難しくなった、という。

 シリコンバレーのIT企業を取材していた「アトランティック」誌のエイドリアン・ラフランス氏は、ジャーナリズムの検証を行うハーバード大学のニーマン財団の「ニーマン・リポート」にこう書いている。

 「(IT企業からは)飛行機のチケットや、数え切れないほどのガジェットが送られてきた。しかし、本当の(企業への)アクセスはわずかしかない。一番の取材の障壁は、IT企業に広がる秘密主義の文化だ。記者は大企業の発表に頼らざるをえず、質問をする機会もほとんど与えられない」。米大手メディアの記者も、本当の取材という意味では、私とさして変わらない体験をしていることがうかがえる。

決算取材も電話かネット上 企業に批判的な質問は出ず

 企業とメディアとの関係を考える上で興味深いのが、決算発表だ。

 日本では大手企業の四半期の決算会見はその会社の本社や、東京・兜町の東京証券取引所などで開かれることが多い。記者が集まり、企業からの発表のあとで質疑応答が行われる。しかし、米国では、電話回線やネットを通じ、音声だけを聞くというやり方がほとんどだ。ネットに出る決算書や資料を元に、幹部の声だけの決算会見を聞く。カリフォルニア州だけで日本の面積より大きいわけだから、仕方ないやり方ではある。

 ただ、問題はその内容だ。ひととおり企業側からの説明が終わると、司会者となるオペレーターを通して質問ができるのだが、ここで、企業側にとって答えたくないような質問はほとんどでてこない。一部事業がうまくいっていないことが明らかな企業や、直前に個人情報の流出があったり、大規模なリストラがあったり、といったことが起きていても、ほとんど触れられずに終わってしまうこともある。日本だったら、いちばんの焦点になりそうな部分だ。

 電話会見は、だれが質問しようとしていて、だれが選ばれているのか、聞いている方からはわからない。ただ、多くの質問は有名アナリスト、エコノミストが当てられているのがわかる。彼らは、それぞれの企業を投資対象として判断するのが仕事だから、どこにその企業の強さがあり、どこに成長の余地があるかを見ようとする。企業価値や株価に影響するものが焦点であって、従業員がいつどれだけ解雇されるのか、流出した個人情報がどうなったのかといった話は、関心外だ。時折、大手欧米メディアには別に質問の機会が与えられていることもあるようだが、少なくとも、決算会見でその企業に批判的な質問が表面化することは多くない。

不祥事の対応に日米企業の差 10億件の情報流出も記者会見なし

 そこには日米の企業文化の差もあるように見える。日本では、何かの不祥事が起きると、企業幹部が並んで頭をさげるのがお決まりになっている。これはだれに対して謝っているのだろうか。よく「世間をおさわがせした」という言い方がされるが、一義的にはその会社のサービスや製品を使っている人であり、企業の社会的責任や説明責任の一環としての謝罪ということだろう。しかし、米企業にとって何より大切なのは株主だ。特に大株主や、経営に介入しようとする「もの言う株主」からのプレッシャーは大きく、彼らの一言が大きな重みとなってのしかかる。一方で、時に何億人という単位にもなる利用者は置き去りになり、ネット上でプレスリリースなどを流して終わりになることが多い。

 最近の例では、2016年12月に発覚した米ヤフーの情報流出問題がある。シリコンバレーの草分け的存在だった米ヤフーから約10億件の個人情報が流出していたことがわかった。この数は、 ・・・続きを読む
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筆者

宮地ゆう(朝日新聞記者)

宮地ゆう(朝日新聞記者)(みやじ・ゆう) 朝日新聞記者

1974年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒、米コロンビア大学政治学修士課程修了。2000年に朝日新聞社入社。鹿児島、山口総局、東京社会部、GLOBE編集部などを経て、14年4月からサンフランシスコ支局長。オリンピック、テロ、海に沈む第2次世界大戦中の日米艦船をたどる企画なども取材。著書に『密航留学生「長州ファイブ」を追って』『シリコンバレーで起きている本当のこと』など。