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取材対象に肉薄し情報交換して監視する

政治・事件の取材から学んだ「記者の極意」

岩田明子 NHK記者、解説委員

 ホラー映画の「死国」か、ピカレスク漫画の「闇狩人(やみかりうど)」か。果たしてどちらが〝核心〟をついているのか―。あの時、もし私がこの疑問に悩み続けていなかったら、政治・外交担当の解説委員という現在の仕事はしていなかったかもしれません。

 記者とは、時に自分とは縁もゆかりもない世界と関わりを持つ仕事です。「死国」も「闇狩人」も、記者にならなければ、そして岡山県であの事件に遭わなければ、一生知らないままだったでしょう。まさに無縁のはずだったものとの遭遇にこそ、私は記者の仕事の奥深さ、やりがいと意義を見いだしています。

 気がかりなのは、最近、その記者の存在が揺さぶられていることです。新聞やテレビなどの「既存メディア」は斜陽産業と言われ、SNSの発達で誰もが「発信者」になれるようになりました。本格的なAI時代の到来も相まって、今や「生身」の新聞記者やテレビ記者が必要なのかという声さえ耳にします。「マスゴミ」と揶揄(やゆ)される既存のメディアが試練の時代にあるのは事実でしょう。

 しかし、メディアが国民にとって、世の中で起こる事柄についての重要な情報源であること、その意味で「公器」であることは変わらないと私は思います。さらに、情報を収集し、国民に提供するだけでなく、時々の事象を分析、検証し、歴史に刻むのもまた、メディアに課せられた大切な使命だと信じます。

 なぜ、私がそう確信するに至ったか。自身の記者経験を振り返りつつ、たどってみたいと思います。

つらいだけで意味ある? 「夜討ち朝駆け」に疑問

 NHKに報道記者として入局したのは1996年の4月でした。

 大学時代、司法試験の合格を目指していた私は、論文試験が終わった4年生の7月、不合格だった場合に備え、手当たり次第、就職活動をしました。銀行や証券、商社、電力など業界を問わず会社訪問をしましたが、そのなかにメディアでは唯一、採用試験に間に合ったNHKがありました。結局、「法曹界に通じる正義感のカケラを少しだけでも抱き続けることができそうだ」という漠然とした気持ちからNHKへの入局を決めました。

 司法試験の準備に追われ、「予備校―大学―自宅」の〝三角形〟を行き来するだけの、砂漠のような生活を送った学生時代。海外渡航の経験もなく、ジャーナリスティックな視点で活動をしたこともありません。マスコミで働くための知識、経験、熱意、すべてが欠如していたので、入社式は不安で仕方なかったことを覚えています。

 初任地は岡山県。国内旅行すらほとんど経験がなかった私にとって、初めて足を踏み入れる土地でした。大方の新人記者がそうであるように、事件担当、いわゆる「サツまわり」からのスタートでした。

 事件担当記者のルーティンは、毎朝毎晩、警察幹部や現場の警察官、検察官などに会い、ひたすら取材する「夜討ち朝駆け」です。しかし、そもそも彼らが事件に関する重要な情報を、積極的に記者に教えるはずはありません。さらに、出勤前や帰宅後のご自宅に伺うというのは、取材を受ける側からすれば大変迷惑なことです。怒鳴られることもしばしば。記者にとって、精神的にも肉体的にも厳しい作業です。私は長い間、このつらい作業の意味を理解できませんでした。

国際ダイヤルQ2使った事件を掘り下げて取材

 岡山県警を担当した時は、殺人、強盗、誘拐事件などの「1課モノ」や、業界用語で「サンズイ」と呼ばれる汚職事件などの「2課モノ」を主に取材しました。つらい「夜討ち朝駆け」に身を砕き、「現場」でもまれながら、少しずつ記者としての知識、経験、熱意を身につけていった気がします。

 そんな「現場」のなかで強く印象に残っているものに、岡山県の牛窓(現瀬戸内)警察署が指揮した事件があります。

 発生は1997年、被害者はアルバイトを探す地元の主婦たち。新聞の折り込みに嘘の求人広告を出し、掲載された電話番号(実は国際電話)にかけた彼女らから、高い通話料を詐取したという事案でした。国際電話をかけさせた「国際ダイヤルQ2」という仕組みが複雑なこと、電話の着信先が海を越えた外国であること、容疑者が東京都在住だったことで、捜査は難航が予想されました。

 「ダイヤルQ2」とは、事業者が設定した電話番号に利用者が電話をかけると、通常の電話料金に「情報料」が付加された料金が利用者にかかり、それをNTTが電話料金とともに徴収し、そこから手数料を引いた金額が事業者に入るというシステムです。システム自体に特段の問題はないのですが、アダルト業者が参入したり、いわゆる出会い系的な性格をもつサービスが現れたりするにつれ、社会問題として注目されるようになりました。そこで新たに問題化したのが、ダイヤルQ2を悪用した詐欺行為でした。

 具体的には、第三者に特定のダイヤルQ2の電話番号をかけさせ、かけた利用者の意図とは関係なく、高額の料金を請求するという新手の詐欺です。こうしたなか、牛窓警察署は利用者に高額料金を請求する仕組みを究明するため、全国で初めて事件化する決断をしたのです。

 全国初だけに私の意気も上がりました。自ら様々な被害者や複数の情報提供会社、海外の電話会社などを取材し、そこで得た情報をもとに、水面下で捜査当局と情報交換を重ねました。

 一地方の警察が、海外の事業者や政府から情報や協力を得るには、困難も少なくありません。事実、捜査は何度も頓挫しそうになりました。しかし、地道な捜査の末、最終的に、国内の国際電話会社に支払われた通話料が、モルドバ共和国やカナダといった海外の国際電話会社や情報提供会社を経由して、日本の業者に還流する複雑な仕組みを解明し、98年秋に業者の摘発に至りました。国際ダイヤルQ2にからむ摘発は全国初だとして、大きく報道もされました。

 このときの捜査は、容疑者の自白だけに頼らず、公判に耐えうる地道な調査を積み重ねたもので、私は「モデルとなる捜査手法だ」と感じました。そこでストレートニュースにくわえ、番組制作にも取り組みました。海外の事業者や国内の業者などのインタビューを行い、「クローズアップ現代」で事件の全体像や背景、その後の課題などを紹介しました。

 入局3年目の記者が、ストレートニュースにとどまらず、事件全体を深く掘り下げる機会に恵まれたのは、「無意味」にも思えた夜討ち朝駆けをはじめとする生身のテレビ記者としての取材経験のおかげだと思います。

「死国」ではなく「闇狩人」 捜査関係者に情報提供

 もうひとつ、岡山県時代に印象に残った事件を紹介します。2000年、岡山県長船町で17歳の高校3年生の少年が、野球部の後輩を金属バットで殴ったうえ、母親をバットで殴打して殺害し、逃走するという痛ましい事件が起きました。

 事件の前日、少年は後輩たちから髪を丸刈りにするよう詰め寄られたり、殴られたり、からかわれたりしていました。少年は後輩の一人を金属バットで殴って自転車で逃走、自宅で寝ていた母親も殴打して殺し、そのまま行方がわからなくなっていました。

 岡山県警は捜査本部を立ち上げ、目撃情報などをもとに岡山県内、香川県など四国で、山狩りや聞き込みなど大がかりな捜査を行いました。しかし、事件から2週間が過ぎても有力な手がかりをつかめず、少年の足取りはわかりませんでした。

 少年が見つかったのは事件から16日目でした。岡山県から1千㌔あまりも離れた秋田県で、国道を自転車で走っているところを、地元の警察によって身柄を拘束されました。

 容疑者が少年だったこの事件には、少年法との関係から顔写真などを公開できないという難しさがあったのは確かです。ただ、警察を取材していて感じたのは、先の「国際電話詐欺事件」と異なり、捜査において地道な積み重ねが十分ではないのでは、ということでした。

 私は、少年が逃走した直後、警察が岡山県と四国に絞って集中的に捜索した理由を捜査関係者に尋ねました。関係者がまず理由に挙げたのは、「容疑者が17歳だから」でした。少年の足ではさほど遠くへは行けないだろうと。そしてもうひとつ根拠に挙げたのが、本稿の冒頭で書いたホラー映画の「死国」です。若者の間で流行していたからです。

 「死国」には、四国八十八カ所の霊場を、死者の歳の数だけ逆から回ると死者がよみがえるという儀式が登場します。捜査関係者は「母親と仲が良かった少年は、霊場を回ることで亡くなった母親と再会しようとしているのでは」という仮説を立てていたのです。

 この仮説を聞いた私は胸騒ぎを覚えました。警察の限られたマンパワーを生かすには、根拠が定かではない仮説に頼るのではなく、より入念な聞き込みと証拠物の分析に基づく判断が必要ではないか、と感じたのです。

 そこで私なりに、少年の間で何が流は行やっているか、どんなサブカルチャーが人気を集めているか、調べてみました。そのなかで見つけたのが、「闇狩人」という漫画でした。法では裁けない人の恨みを、高校生が被害者に代わって裁き、代理殺人をするという内容です。何かがひらめきました。

 私は捜査関係者を再訪し、「闇狩人」のことを知らせるとともに、「少年の深層心理や行動原理に影響を及ぼしうるものをより幅広く調べてはどうか。少年の残した物証をさらに分析する必要があるのではないか」と提案しました。事件直後、警察が少年の自宅から少年が書いた大学ノートを押収したことを耳にしていたからです。こうした「見立て」も、夜討ち朝駆けによって培われたと言えるかもしれません。

 果たしてその後の警察の調べで、少年が大学ノートに自分を主人公に見立てた小説のような日記を記していたことが判明しました。少年は主人公を「闇の狩人」と名付け、「後輩の家に行って、寝ているところに、鉄の棒を3回振り下ろす」「殺してやる」と書き込んでいました。

 再度、本稿の冒頭に戻れば、核心をついていたのは、「死国」ではなく「闇狩人」でした。それゆえ、少年は四国には行かなかった。そして、北海道を目指して東北を自転車で走っていたのです。

 県警のこのときの捜査の成否を簡単に断定することはできませんが、少年の心理に影響を及ぼしたのはホラー映画だという仮説にとらわれ過ぎず、漫画にまで視野を広げて家宅捜索の押収物の分析をより迅速に進めていれば、捜査のフォーメーションも違っていたのではないかと思えてなりません。

総理発言どう引き出す 四六時中、質問を考える

 入局5年目の2000年。私は岡山放送局から東京の政治部に異動になり、森喜朗内閣の「総理番」として、政治記者のスタートを切りました。

 総理番は、それこそ朝から晩まで、総理大臣の一挙手一投足や発言、誰と会っているかを追いかける、「過酷」な仕事です。政治記者の「基本」ともいえるこの仕事を通じて、総理大臣が何を考え、何をしようとしているのかを必死で取材しました。政界や財界、官界などで活躍する人の顔や名前を覚え、世の中がどう動いているのかも学ばないといけない。勉強の素材はたくさんありました。

 なかでも総理大臣の夜の会合は、

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