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TPPもトランプも「米国第一」

中国包囲網の幻想乗り越えてこそ

中野剛志 評論家

トランプ米大統領が1月20日の就任式で、TPP離脱を表明したことを伝えた朝日新聞紙面(1月21日付夕刊1面)拡大トランプ米大統領が1月20日の就任式で、TPP離脱を表明したことを伝えた朝日新聞紙面(1月21日付夕刊1面)
 「米国第一」を掲げて成立したドナルド・トランプ政権は、発足早々、かねて公約していたTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を表明するとともに、NAFTA(北米自由貿易協定)を見直すことも宣言した。

 ホワイトハウスのホームページにおいて公表された公式声明には、次のように記されている。

 非常に長い間、米国人はワシントンのエリート層のインサイダーの利益にかなった貿易協定を受け入れることを、この国の勤勉な男女に押し付けてきた。結果として、ブルーカラーの街や都市が閉鎖され、良い賃金の仕事が海外に流出するのを目の当たりにしてきた。その一方で、米国人は貿易赤字を押し付けられ、製造拠点が打撃を受けた。

 これまでの生涯で交渉してきた経験から、大統領は貿易に関しては米国人労働者とビジネスを第一に考えるのが重要だということを理解している。厳格で公正な協定を結ぶことで、国家間の貿易が私たちの経済を成長させ、数百万の雇用をアメリカに戻し、苦しんでいる我が国のコミュニティーを再び活性化させることができる。

 この戦略はTPPからの離脱、そしていかなる新貿易協定も確実に米国人労働者の利益に適うものにすることから始まる。トランプ大統領は、NAFTAの再交渉に力を入れる。仮にパートナー国が米国人労働者に公正な取引をもたらす再交渉を拒否すれば、大統領は米国がNAFTAからの離脱を通告する。(http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/20/trump_n_14287238.html)

 トランプは、大統領選の最中から、中国や日本の対米貿易黒字を非難し、TPPのような多国間の貿易協定ではなく、二国間の貿易協定こそが自国に有利なものとなると主張してきた。実際、2月の日米首脳会談では、日米経済対話の創設が決まっている。

 これまでTPPをアジア戦略の中核として位置づけてきた日本は、トランプ大統領の出現によって、戦略の練り直しを余儀なくされている。

 しかし、戦略を再考する前に、そもそも、日本にとってTPPとは、どのような意味をもつものであったのかを確認しておく必要があろう。

 TPPについては、これまで、いかにももっともらしい戦略論を展開する「戦略家」たちが山ほど登場し、飽くことなくその意義を解説してみせてきた。

 いわく、TPPは「中国包囲網」、TPPは単なる貿易協定ではなく安全保障としての意義も有する、「中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)vs.TPP」「中国主導のRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)vs.TPP」等々。

 いずれの議論にも、経済的そして軍事的に台頭してきた中国の脅威に対して、米国とともに対抗するという壮大な戦略論がベースにある。

 ところがトランプ政権が登場して、いともあっさりとTPPからの離脱を表明したことで、この壮大な戦略論は、文字通り一夜にして崩れ去ってしまった。TPPの大筋合意をことほいでいた「戦略家」たちは、思いがけなく米国にハシゴを外され、行き先を見失って右往左往している。しかし、「戦略家」たちはトランプへの恨み節を連ねる前に、こういう事態をまったく想定していなかった自分たちの戦略の何が間違っていたのかを反省すべきであろう。さもないと、日本は今後も戦略的な失敗を繰り返すことになる。

日本市場の開放と米国の雇用に照準

米国政府が二国間の貿易交渉を始めるための議会通告について報じた朝日新聞紙面(1月27日付朝刊1面)拡大米国政府が二国間の貿易交渉を始めるための議会通告について報じた朝日新聞紙面(1月27日付朝刊1面)
 TPPを推進してきた日本の「戦略家」たちは、米国がトランプによって「米国第一」へと変わってしまったと嘆いている。

 しかし、そのような認識からしてもう間違っている。「米国第一」なのは、トランプに限らない。前大統領のバラク・オバマもまた、「米国第一」だったのである。例えば、オバマはTPPの成立が「米国第一」になると信じたのに対し、トランプはTPPからの離脱が「米国第一」になると考えた。両者の違いは、その程度のものに過ぎない。

 明白な証拠を挙げておこう。

 例えば、次に引用するのは、まるで3年後のトランプ大統領の演説のようであろうが、これは、2013年におけるオバマ大統領の実際の一般教書演説の中の一節なのである。

 最優先事項は、新しい仕事と製造業をひきつける磁石にアメリカをすることである。10年以上も仕事を流出させた後、我が国の製造業は、過去3年間で、約50万人分の雇用を増やした。キャタピラー社は日本から仕事を取り戻した。フォード社はメキシコから仕事を取り戻した。そして今年、アップル社が、再びアメリカでマックを作り始める。

 この演説の中でオバマは、TPPについて、次のように述べた。

 アメリカの輸出を増やし、アメリカの雇用を支援し、アジアの成長市場における競争条件を公平にするために、TPPの交渉を完了させるつもりである。

 オバマ政権にとって、通商戦略の最大の目的は、輸出を増やし、海外に流出していた製造業の雇用を米国に取り戻すことだったのである。このオバマの一般教書演説を冒頭に引用したトランプ政権の公式声明と比較すれば、両者の相似性は火を見るより明らかであろう。ここでオバマが表明した理念は、れっきとした「米国第一」である。ちなみに、オバマはこの一般教書演説の中で「自由貿易」という言葉を一度も使用していない。

 また、トランプはNAFTAを米国人労働者に有利になるように見直すと宣言したが、実はオバマも大統領候補だった頃には、NAFTAについて次のように述べていた。

 NAFTAはメキシコに雇用機会を流出させ米国の地域社会に悪影響をもたらしたのみならず……。ただし、実態上の問題として、数百万人のメキシコ人が職を失い、彼らの多くが米国を目指し、多くの米国民が懸念する移民問題を引き起こしている。これら人間的要素が考慮されるべきである。もし、我々が貿易の結果としての失業等の問題にもっと考慮を払い、競争により人々を奈落の底に落とすのではなく、労働や環境の基準が、世界中の生活水準を押し上げるように作用し得ると心から信じることができるようになるならば、それによって、初めて我々は自由貿易の利益を享受できるのだ。そして、それが持続的な成果を生み、長期にわたり政治的な支持を勝ち得るものとなるのだ。(ジェーン・ケルシー編著『異常な契約―TPPの仮面を剥ぐ』、農山漁村文化協会、2011年、63ページ、太字筆者)

 対日通商戦略に関しても、トランプとオバマとの間で、今のところ大きな違いはない。

 トランプは日米経済対話を創設したが、オバマ政権下においても、13年4月、日本のTPP交渉参加の日米事前協議において、TPP交渉と並行して、日米間で非関税障壁について協議する場が設けられた。

 この日米二国間協議は、日本のTPP交渉参加の条件の一つとされたものであるから、米国によって半ば強制的に設置されたのも同然であった。しかも、その協議対象とされた非関税障壁は、保険分野、投資のルール、知的財産権、政府調達、競争政策、宅配便、食品の安全基準、自動車の規制・諸基準やエコカー支援や流通など、広範囲にわたるものであった。

 この日本に二国間協議の設置をのませた成果について、USTR(米国通商代表部)の報告書は、次のように記している。

 日本は現在、米国の第4位の貿易パートナーである。12年に米国は700億ドルの産品を日本に輸出し、サービス分野は11年に440億ドルに達した。TPPに日本が参加することは、アジア太平洋地域自由貿易圏(FTAAP)への道筋を進めると同時に、競争力のある米国産の製品やサービスに対する日本市場のさらなる開放を意味する。そのことは同時に米国内の雇用を支えるのである。(太字筆者)

 要するに、オバマ政権が日本のTPP参加を容認したのは、日本市場をこじ開け、日本への輸出を増やし、米国の雇用を増やすためだったのである。それは、トランプの対日通商戦略と基本的に変わらない。

 では、なぜトランプはTPPからの離脱を表明したのであろうか。答えは、簡単である。トランプは、TPPでは、米国の対日輸出を増やし、日本から雇用を収奪することはできないと考えたからというに過ぎない。

 このように、オバマとトランプの通商戦略における見解の相違は、 ・・・続きを読む
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筆者

中野剛志(評論家)

中野剛志(評論家)(なかの・たけし) 評論家

1971年生まれ。96年、東京大学教養学部卒、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2005年に英国エディンバラ大学大学院より博士号(政治思想)取得。著書は『日本思想史新論』(山本七平賞奨励賞受賞)『TPP亡国論』『富国と強兵』など。