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アジア覇権から撤退していく米国

残るのは自国ファーストか地域秩序か

李鍾元 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

李鍾元氏(吉永考宏撮影)拡大李鍾元氏(吉永考宏撮影)

 不確定要素の多いトランプ米新政権は、不安定な東アジアの国際情勢にどのような影響を与えるのか。極めて難しい予測になるが、米国も含めた東アジア情勢を長年、分析・研究してきた李鍾元・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授に語ってもらった。「世界の警察官」の役割として、かつて東アジア全体を仕切ってきた米国。その役割から撤退していく方向性を強く示しているのがトランプ新政権であり、同政権に限らず、今後、米国と東アジア情勢との関係は同じ方向性をたどっていくだろう。トランプ以後、米国と東アジア情勢は新しい時代に入ったと分析する李教授は、日本や韓国、中国などの東アジアの国々にとって、新しいチャンスが到来したと見る。新時代に、東アジア諸国はASEANなどと協力・連携して、これまでのように米国には頼らず、自らの力で域内の安全保障体制を築くべきだと強調する。このチャンスを生かせれば、東アジア情勢はより安定に近づくが、逆に失敗した場合、それぞれの国が自国ファーストに陥り、バラバラの無秩序状態を招来すると警告する。

 現在の東アジアの情勢を見ますと、南沙諸島の中国の人工島の問題、それから北朝鮮の核の問題があります。北朝鮮をめぐる6カ国協議は2008年12月を最後に開かれていません。総じて東アジア情勢は不安定な状況です。その中で、トランプ政権という新たな不確定要素が加わったわけですが、この情勢をどうごらんになっていますか。

 世界的な変化と東アジアの変化がいろいろ重なって起きていると思います。大きな流れとしては二つの次元が考えられます。

 ひとつはグローバル化、以前は相互依存と言われました。国境を越える動きですね。1970年代ぐらいから言われ始めましたが、主権国家というのは限界にきていて、経済、社会、文化、政治、安全保障などすべてのものが国境を越えているのです。これは大きな流れとしてあり、90年代ぐらいからはグローバル化という言葉で言われました。

 これは、大きな流れとしては続くと思います。ある人は500年単位の変化の一つの段階だとしています。ウェストファリア条約が1648年ですから、主権国家というものはもう変容せざるを得ない。経済ではそうならざるを得ません。しかし、政治は依然、領域的なものであり、民主主義は領域性を前提としています。

 だから、グローバル化はポジティブに語られた時期もありました。商機が広がり、ものが安くなり、国境を越えやすくなるといういい面がいろいろある。けれども、やはりネガティブな面がどんどん出てきて、今は、もはやグローバル化をポジティブに語るだけではだめな状況になったわけですね。

 おそらく政治と社会の反発だと思います。経済はどんどん国境を越えるのに政治がそれをコントロールできなくなり、負の側面がいろいろ出てくる。それに対するバックラッシュ(反動)があちこちから起きているというのが、トランプ現象の背景にあるでしょう。

 アメリカでも、トランプ個人の予測不可能性に焦点を当てられて、今はもうどちらかというと、トランプ問題みたいになっていますけれども、やっぱりトランプ現象は背景を踏まえるべきだと思うんですね。立場は正反対のように見えて、民主党のサンダースが言っていたことも似たようなことだったのです。たぶん、トランプ個人の特異な現象というより、そういうグローバル化に対するある種の反動ですね。これが起きている。

市場の拡大と国家経営 19世紀末から二重運動

 『大転換』、原書名で言うと『The Great Transformation』という、カール・ポランニーが1940年代に書いた本によると、30年代にはアメリカではニューディール、ドイツではファシズム、それからソ連ではスターリン的な社会主義計画経済という三つが出てきました。30年代にこの三つがぶつかり合って、お互い敵対しているように見えた。しかし、ポランニーは三つともに共通現象である、という議論を立てた。三つが共通しているというのは、強い国家が経済をコントロールするということですね。ポランニーのキーワードは、国家とマーケットというわけです。

 19世紀の末から世界は二重の運動であるとするのが彼の理論です。産業革命の成果を土台にして、経済、マーケットが急速に広がり始めた。局地的なものから国家単位に広がり、さらに国境を越えて広がる。現在と重なる問題ですが、19世紀の末というのは、経済万々歳の時代だったんですね。自由放任経済が言われ、モルガンとかロックフェラーがその時代に育ってくるんですね。

 しかし、市場の拡大の半面、格差も拡大してしまうわけです。社会共同体に亀裂が入って分断してしまう。

 そういう深刻な問題があるので、同じく19世紀の末から社会主義が出てくるわけです。ポランニーはそれを「社会の自己防衛」だと言っているんです。その社会の自己防衛が大きくなると国家になり、国家が自分の共同体の均質性を守るために経済を抑え始める。それがニューディールであり、スターリン主義であり、ファシズムである。そういう面では共通している。

 30年代から国家の時代になるんだというのが彼の議論であり、実際30年代以来、振り子が国家のほうに振れたのが20世紀の長い後半ですね。

 それが、おそらくもう一回、市場のほうに振れ始めたのが80年代ぐらいから。例えば新自由主義改革とか、規制緩和とか、あるいはその延長線上で、国家社会主義的な共産主義などが軒並み倒れたのも、強い国家の没落の時代だということなんですね。

トランプは超国家規制 勢力変動する東アジア

 ところが、再び社会に亀裂が入り、それに対する反動がきて、社会が自己防衛するような動きがあちこちに出てきている。

 グローバル化の時代がもう一度終わって、国家資本主義の時代が来たんじゃないかといろんな人が言っているのはそういうことだと思うんですね。いろんな国家が規制をもう一回強化しようとする。その最たる例が、たぶんトランプだと思うんですね。

 しかし、完全に国家単位に戻れるかどうかと言うと、私は個人的にはそう思いません。だって、経済は国家単位ではもはや成り立たないので完全には戻れない。けれども、副作用は確かに大きすぎたので、いろんなところで調整局面に入っています。ブレグジットもそうですし、ヨーロッパ統合にもブレーキがかかっていますね。

 ヨーロッパではこの問題は深刻です。ヨーロッパの周辺地域では紛争が多発しています。北アフリカと中東というヨーロッパ周辺の地域で紛争が重なっているので、移民の問題がグローバル化への反動として顕在化しています。

 それに比べると、東アジアはまだ経済が何とかもっている。相互依存の有益な部分がまだ多くあるので、移民、難民の問題が比較的少ない。グローバル化や相互依存への強烈な反動はまだ起きていません。しかし、何となく不安が広がっている。それによって、ある種のナショナリズムが刺激されている、そういう状況だと思うんですね。

 それぞれの指導者も、このグローバル化への不安というものを利用して、ナショナリズムをポリティクスに利用している面が各国にあります。それを刺激しているのは、東アジア特有の問題であるパワートランジションでしょう。

 パワートランジションというのは勢力関係の変化です。つまり、一言で言えば中国の台頭です。そして、ここにもうひとつの次元の大きな問題があります。国家、ナショナリズムの問題です。

 中国からすると、別に新しく台頭したというよりも、中国の元の姿を取り戻すということです。しかし、中華秩序のようなものを取り戻すとなると、周りは緊張せざるを得ないわけですね。

 中国は内部に問題を抱えながらも、一応台頭、復活していると言えるでしょう。明らかにパワーのある種の移動、勢力関係の変化があります。

 日本は100年前に近代化にアジアで唯一成功して先頭を走り続け、日本から見れば、他国とのある種の格差、アジアの序列のようなものがあったけれども、今は部分的には均等だったり、総量で見ると中国のほうが大きくなったりですね。中国だけではなくて、ほかのアジアの国々も局部的に見ると以前のような差がなくなっています。

 均等化するパワートランジションは、水平的な意識を持つという面ではいいんですけれども、国際政治的には、このようにパワー関係が変化するときが一番危ないのですね、意識がそこに追いついていくのが非常に難しい。東アジアでは今、中国の台頭に集約されるパワートランジションをめぐる力学がかなり意識にも影響して、ナショナリズムをより刺激しているのです。

日中韓、深まる相互依存 ナショナリズム抑制が鍵

朝鮮中央通信が3月7日に報じた北朝鮮のミサイル発射=朝鮮通信拡大朝鮮中央通信が3月7日に報じた北朝鮮のミサイル発射=朝鮮通信
 日本も、これまではずっと優位にあったのに、逆転されることに対するある種の反発があります。ある種の反発ナショナリズムというようなものがあると思います。韓国も、朝鮮半島を統一して、取り戻したいものがある。取り戻す競争というのは、ある種のナショナリズムで、東アジア独特といえば独特なわけです。これが、お互いに影響しています。

 日中韓は経済面では生産ラインや物流を含めて、深く相互依存の形で統合されています。韓国、中国の経済が悪くなると日本も悪くなるに決まっている。けれども、意識の面では対立的になり、摩擦を起こしてしまう。これが今の東アジアの状況だと思うんです。

 そして、問題がナショナリズムと結びついてしまっているので、調整可能な問題もより対立的になるというのが、中国問題にはあると思うんです。

 つまり、中国の台頭というのは非常に巨大な問題だけれども、中国が大きくなる、経済的に大きくなるということ自体が、即脅威という形ではないわけですね。

 問題は、経済力の拡大、国の発展をナショナリズムと結びつけることです。例えば、中国の発展について「中国の夢」、中国の輝かしい過去を取り戻すという表現をするので、内外のナショナリズムが刺激される訳です。安倍さんにも同じようなことを言いたいんですね。日本を取り戻すとか言わなくてもいいと思います。話がちょっとそれますが、中国も日本も、経済的、社会的に国境を開けているわけです。日本は、人の移動とか資本の移動とか徐々に門戸を開放してきましたし、中国も同じだと思うんですね。でも、逆に、かえって社会統合のために、ナショナリズムのレトリックを使っている面があると思うんですね。

 中国共産党がやっているのは、以前に比べると規制を緩和したり、国境の垣根を低くしたりするものなんだけれども、だからこそ国民統合をより進めるために、中国の歴史を美化したり、ナショナリズムのドライブをかけたりという、そういう面があると思うんです。

 一方、北朝鮮問題というのは、私はちょっと誤解を恐れずに言うと、縮小する脅威にどう対応するかだと思うんですね。

 北朝鮮はおそらく、 ・・・続きを読む
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筆者

李鍾元(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)

李鍾元(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)(リー・ジョンウォン) 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

1953年韓国大邱市生まれ。国立ソウル大学中退後、82年来日。国際基督教大学卒、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。法学博士。専門は東アジア国際関係、現代朝鮮半島研究。東北大学法学部助教授、立教大学教授を経て、2012年から現職。米プリンストン大学客員研究員など歴任。主な著書に、『戦後日韓関係史』(共著、有斐閣、2017年)、『東アジア冷戦と韓米日関係』(東京大学出版会、1996年=大平正芳記念賞、米国歴史家協議会外国語著作賞など受賞)など。