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中国牽制したオバマのマルチ外交

トランプ外交の行方、三つの焦点

川島真(東京大学大学院教授)

  2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ候補が当選したことは、イギリスのEU脱退決定などと並んで、世界政治の「孤立主義」への転換を示す象徴と捉えられている。グローバル化や地域統合などといった、これまで冷戦後の世界を特徴づけた現象がここで転換するかといった印象が広がっている。

 しかしながら、そこには二つの疑問がある。第一に、ここでいう孤立主義は必ずしも時間を逆転させるものではなく、性急なグローバル化や地域統合について見直し、スローダウンするということだと考えられる点である。

 アメリカとて、あらゆる国際条約を破棄するわけでも、各国との同盟関係を解体するわけでもない。「アメリカ第一主義」を掲げ、前記の目標のために、優先順位の高い、象徴的な枠組みから退出するにすぎないのであろう。TPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)がその槍玉に挙げられ、アメリカ国内では移民政策が争点になった。問題は、アメリカがどこで何をどのようにスローダウンするのかである。「アメリカ第一主義」はいまだ、輪郭が不明確である。

 第二に、欧米における反グローバリズムや格差問題、そして地域統合への反発について、日本が位置する東アジアがどれほどそれらに共感し、論点を共有できるかという点である。

 1989年の冷戦の崩壊、またその後の世界秩序の変動を、東アジアはいかに受け止めたか。東アジアでは70年代からすでに国際政治の地殻変動が始まっていたが、90年代になるとソ連の後退に伴い、中国・北朝鮮と、アメリカとその同盟国とが対峙する態様へと移行した。それは、ベルリンの壁が崩れ、NATO(北大西洋条約機構)が拡大した欧州、また「歴史の終わり」が意識されたアメリカとは大きく異なっていた。

 いま欧米で起きている現象は、一面で世界的な現象であるが、それが東アジアにいかなる影響を与えるのかについては、歴史的な経緯も踏まえ、立ち止まって考えねばならない。とりわけ東北アジア諸国は、きわめてナショナルな議論がまかりとおりながらも、かろうじてASEAN(東南アジア諸国連合)を通して地域協力をおこなってきた。そこでは経済面の協力は進んだが、主権の役割を減じるような地域協力はおこなっていない。逆から言えば、「内向き」傾向や行き過ぎた地域統合への警戒感がすでにあったのが、東アジアだとも言える。

 本稿では、これらの疑問を踏まえたうえで、はたして2017年の日米中関係をどのように見るべきか、東アジアはどのような方向性に向かうと思われるか、考察してみたい(注1)。

海洋進出を図る中国に態度を硬化させた米国

東シナ海・南シナ海周辺の国々拡大東シナ海・南シナ海周辺の国々
 17年の日米中関係や東アジアについて考える前にまず、オバマ政権下の16年の状況を見ておきたい。これを前提としてこそ、17年の展望ができると考えるからである。

 オバマ政権の8年間を見渡した場合、中国への米国の姿勢は大きく変化したとも言えるし、一定の基調があったとも言える。当初、オバマ大統領は「G2論」を提起、米中二極体制を打ち出したが、胡錦濤・温家宝にいなされた。2期目は09年のCOP15(国連気候変動枠組み条約締約国会議)などで中国外交の厳しさを体験していたためか、オバマ政権はもはやG2論を提起せず、逆に中国の習近平政権から「新型大国間関係」を提起された。

 これは相互の核心的利益を尊重し合うというもので、中国側にすれば、東シナ海や南シナ海については中国主導で問題を処理することを米国に認めさせようというものだったのだろう。ただオバマ政権では、政府高官がこの言葉を用いたことはあるが、実際は中国側の意図通りに動いたわけではない。

 中国はオバマ政権期を通じ、東シナ海や南シナ海での活動を活発化させていった。特に12年に習近平政権が成立してから、それは顕著になる。具体的には東シナ海でADIZ(防空識別圏)を設置し、また南シナ海での埋め立て、軍事基地建設などを進めた。

 これに対し、アメリカは「航行の自由作戦」を実施し、次第に姿勢を硬化させていったと言える。中国もまた、さまざまな圧力のなかで南シナ海の岩や暗礁の埋め立てを進め、その上に飛行場などの軍事施設を建設。「航行の自由作戦」に対しては艦船を追尾させて警戒感を示した。また南シナ海で埋め立てた「島々」は軍事利用しないと言いながら、次第に言葉を変え、最終的には防衛利用とした。さらにトランプ候補が選挙に勝利した後の16年12月には、アメリカの海中ドローンを九段線の外側で「捕獲」するなどした。こう見てくると、オバマ政権期には米中間の対立が深まったような印象をうける。

「リバランス政策」で東アジアに「化学変化」

 だがその一方で、オバマ政権の8年間は、基本的に中国との対話路線が維持されていたと見ることもできる。例えば米中間の金融、経済対話は厚みを増し、多様な対話の枠組みも設けられている。「航行の自由作戦」と同時に、上海方面では米中間の演習がおこなわれ、米国は中国をRIMPAC(リムパック、環太平洋合同演習)に招きもした。オバマ政権は中国に対するヘッジを強めると同時に、エンゲージも増していったように見える。

 アメリカから見れば、ヘッジとエンゲージは中国をいかに「シェイプ」、つまり形づくるかという、オバマ政権の対中政策の基調を支える重要な要素だった。だが中国側からアメリカの対中政策の「総体」を見ると、ヘッジとエンゲージのそれぞれのメッセージを読み解いて理解したというよりも、全体として足し引きされて、厳しいか甘いかという感覚で理解されていたであろう。そのため、中国にとってオバマ政権の対中政策は、きわめて「甘い」ものであったと言える。だからこそ、中国はアメリカから警告があっても、東シナ海、南シナ海で活動を活発化できたのである。

 とはいえ、オバマ政権の諸政策が、まったく中国に圧力を与えなかったわけではない。オバマ政権の「リバランス政策」が東アジアに新たな「化学変化」をもたらしたのは確かである。

 リバランス政策は繁栄する東アジアにアメリカがコミットすることを意味し、安全保障とTPPの両輪で形成されていた。安全保障については、オバマ政権でその変化は鮮明であった。アメリカが世界の警察であることを諦めたのは同政権下でのことであったし、「対話」を重視するあまり世界各地で生じる安全保障問題に有効に対処できない面もあった。それでも安全保障面でのパフォーマンスを直ちに下げようとはしない、というのがオバマ政権の方針だったのだろう。

 そのオバマ政権が東アジアの同盟国に対しておこなった要求の概要は以下の通りであった。第一に、アメリカ自身の財政問題などから、同盟国により多くの負担を求めた。第二に、同盟関係を双方向にした。第三に、同盟国同士の関係を強化してネットワーク化した。

 こうした方針のもと、日米ガイドラインは見直され、安保関連の諸法制に反映された。また日豪間には「準同盟」とでも言える関係が築かれた。アメリカは、韓国、日本、台湾、フィリピン、タイ、オーストラリアなどに安全保障ネットワークを形成するよう促したのである。

 これは「ハブ&スポークス」を基礎としてきた、アメリカと西太平洋の同盟国の関係を大きく転換させるもので、面的な体制であるNATOを視野に入れたものだったかもしれない。THAAD(サード、高高度迎撃ミサイルシステム)は、まさにそのネットワークの象徴であった。日本はこの中でオーストラリアと準同盟関係を結んで、同盟国とアメリカとの間の中二階に自らを位置づけようとしたのだろう。

 中国はこうしたネットワークの形成に強い警戒感を示し、その寸断に余念がなかった。特に韓国がターゲットになったのは周知の通りである。歴史認識問題は日韓間を離間させる格好の材料であった。韓国からすれば、こうしたネットワークが形成されれば、THAADのようにネットワーク全体のミッションを担うことが求められ、従来の北朝鮮対策だけでなく、中国との対峙を求められることになる。これは大きな挑戦であった(ある)が、最終的に慰安婦問題などで日本との和解を目指し、THAADも受け入れた。アメリカが日韓関係に強い関心を示したのには、こうした背景がある。

安保ネットワーク形成やTPPは中国のストレス

 他方、TPPはGATT(関税貿易一般協定)からWTO(世界貿易機関)に至る過程で秩序形成が行き詰まった世界の貿易体制をどうするかという「大きな見取り図」のもと、APEC(アジア太平洋経済協力会議)に加盟する国の一部で進められた、「高度な自由貿易」とそれを担保する国内法制にまで踏み込んだ、規範性をともなった体制であった。だからこそ、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)や通常のFTA(自由貿易協定)などとは異なるものであった。

 TPPは当初から「中国包囲網の形成」を意図したものではなかっただろうが、結果的に中国に対する牽制となった。そのため、中国の「一帯一路構想」もTPPに対抗する枠組みであるかのように語られるようになった。中国から見れば、アメリカの政策の中で最もストレスを感じたのは、まさに安全保障ネットワークの形成やTPPであり、二国間関係であるとか、航行の自由作戦などではなかったのではなかろうか。

 アメリカは中国に対し、軍事安全保障面でのコスト感覚を与えていく「コスト・インポジション政策」などで、中国を適切にシェイプするという政策を取ってきた面がある。これこそオバマ政権の「対話」重視に基づいた政策だった。だがこうした政策は、 ・・・続きを読む
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筆者

川島真(東京大学大学院教授)

川島真(東京大学大学院教授)(かわしま・しん) 東京大学大学院教授

1968年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京大学大学院人文科学研究科(東洋史)修士課程修了。同大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。北海道大学助教授、東京大学大学院准教授などを経て現職。専門はアジア政治外交史。著書に『21世紀の「中華」―習近平中国と東アジア』(中央公論新社)、『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会)、『中国のフロンティア―揺れ動く境界から考える』(岩波新書)など。