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世界中の憲法との比較で見えた日本国憲法の特徴

ケネス・盛(もり)・マッケルウェイン 東京大学社会科学研究所准教授

 現行憲法として最も古いアメリカ合衆国憲法が施行されたのは1789年である。以来、世界中で約860の成文憲法が制定されてきた。

 一口に憲法といってもそのありようはさまざまである。アメリカのように当初の憲法を改正しつつ使い続けている国もあれば、ドミニカ共和国のように30回以上も制定し直している国もある。さらに、盛り込まれる内容も憲法制定時の状況を反映して実に多彩である。

 興味深いのは、憲法の中身に影響を与えているのが、革命や民主化といった各国独自の背景だけではないという点である。制定時に世界に広がっている「規範」もまた、憲法の内容を左右している。たとえば今ではごく当たり前に盛り込まれている女性の参政権や法の下の平等だが、100年前はほとんどの憲法に明記されていなかった。

世界で最も長い間 未改正の日本国憲法

 では、1947年の施行から今年で70年になる日本国憲法は、世界の憲法の中でどう位置づけられるだろうか。

 日本国憲法は、太平洋戦争に敗れた日本にアメリカが進駐するなか、民主化を唱えたGHQ(連合国軍総司令部)と日本政府が交渉した末、明治期の大日本帝国憲法を一新して制定された。その後、憲法改正を党是に掲げる自民党が長年、政権を担ってきたにもかかわらず、結果的には世界で最も長い間、改正されずに続く憲法になった。

 本稿では、日本国憲法が制定されたとき、世界各国の憲法と比較してどのような特性をもっていたか、制定から未改正のまま70年が経った今、そうした特性が依然、有効性を保っているかを検証する。

 手法としては、これまでの約860の成文憲法に明記されている内容をすべて調べ、統計的に分析する。そのうえで、日本国憲法について見ていく。

 結論を先に言うと、

1 日本国憲法は他国の憲法に比べて短く、なかでも統治機構に関する記述が少ない
2 施行時に存在した他の憲法に比べて人権に関する規定の数が多い
3 その後に制定された他国の憲法は、いずれも人権を重視するようになり、結果として日本国憲法が「グローバルスタンダード」になった

 という特徴が浮かぶ。なぜ、そう言えるのか。まずは成文憲法の歴史をひもときながら、具体的に論じてみたい。

ほぼすべての憲法で「軍の存在」が明記

 本論に入る前に使用する憲法データについて説明する。使うのはComparative Constitutions Project(CCP)という、アメリカの法学・政治学の研究者が構築したデータベースだ (Elkins, Ginsburg & Melton The Endurance of National Constitutions. 2009)。CCPはアメリカ合衆国憲法以降のすべての成文憲法を英訳し、どのような「人権」や「統治機構」「理念」が明記されているか、約800の項目別にコーディングしたものだ。憲法の歴史的な計量分析にはうってつけのデータである。

 さて、各国が成文憲法を制定するようになったのは20世紀になってからである。具体的には、1900年に42憲法だったのが、第1次世界大戦後に幾つかの「帝国」が解体されたこと、第2次大戦後にアジアやアフリカで脱植民地化が進んで新たな国家が多数建国されたことで、60年には103憲法に増えた。さらに、80年前後から世界各国の民主化が進み(南アメリカの軍事政権の終焉やソ連崩壊後の東欧諸国の独立)、2013年には196憲法に達している。

 ただし、この数にはサウジアラビアや北朝鮮などの権威主義体制の国家も含まれているので、成文憲法の存在が立憲主義に必ずしもつながるわけではない点には注意が必要である(注1)。

 このように着実に増えてきた成文憲法だが、そこにどのようなパターンがあったのかを見てみる。

図1 民主主義と明記比率図1 民主主義と明記比率
 図1は、「軍の存在」「信教の自由」「労働者の団結権」「社会保障」が各国の憲法に明記されている比率を、年ごとに示したものである。あわせて、比較政治学のレジーム分析(民主・権威主義体制の変革)で幅広く使われる、PolityIVデータセットをもとに、最低限の基準を満たした「民主主義国家」の比率も示した(注2)。

 それによると、「軍の存在」はほとんどの国で明記されている。日本国憲法では第9条で軍隊の保持が禁止されているが、歴史的に見て軍隊に関する記述がない憲法は珍しく、現状はモナコやリヒテンシュタイン、アンドラといった小国に限られ、世界の7%にとどまっている。政軍関係や兵役に関する規定は、政治体制(レジーム)に関係なくあらゆる主権国家にとって重要なテーマであり、それは時代によって変わらないのであろう。

参政権の拡大を背景に明記増えた人権の規定

 これに対し、いわゆる人権をめぐる規定については、時代によって変化が観察される。まず、精神的自由権の典型例である「信教の自由」について見てみよう。

 西欧諸国において「信教の自由」は教会権力から独立する運動の過程で生まれた。そのため19世紀以降、明記する憲法が増え、民主主義がまだ世界に定着しきっていない1900年前後に、すでに8割ほどの憲法に明記されている。現在は国家宗教がある国でも個人の信仰や宗教的自由を認めるケースがほとんどで、

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