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地方創生を損なうアベノミクス配慮と「東京目線」

片山善博 早稲田大学公共経営大学院教授

 「地方創生」が始まってほぼ3年になる。地方創生とは、安倍政権が内政上の最重要課題の一つとして、正式には2014年秋から取り組んできた政策である。

 わが国の人口は出生率の低下により、減少に向かっている。わけても、多くの地方では出生率の低下にくわえて、若者の域外への流出という要因が重なり、人口減少と高齢化の進行が著しい。

 このまま推移すると、40年頃にはわが国の自治体のうち約半数の自治体が、その本来の機能を果たせなくなるのではないか―。こんなショッキングなリポートを、日本創成会議なる団体が既にまとめていた。

 しかも、このリポートは単に全国的な傾向を概観し、総体としておよそ半分の自治体が機能を維持できなくなるとの見通しを示したわけではない。一つ一つの自治体を名指し、それに「消滅可能性自治体」という名称を付与したのである。

 該当する自治体は大いに動揺させられた。もとより人口が着実に減少してきている現状はよく認識している。ただ、人口減少、とりわけ若者の域外流出に歯止めをかけるべく、過去さまざまな手を打ってきた。それが今日の時点では必ずしも効果を発揮しているとは言えないが、これからも地域がみんなで力を尽くせば、何とか道も開けるのではないか。そんな一縷(いちる)の希望を抱いてまちづくりや地域づくりに勤しんでいるというのに、「消滅可能性自治体」というなんとも無神経なレッテルを貼られることになったからである。

「消滅可能性自治体」 地方創生で脱却を狙う

 この自治体の動揺を見て取ったのが安倍晋三政権である。「消滅可能性自治体」を脱却できるように、地方創生を掲げて国として関係自治体を支援しなければならないと、政権は考えたのだろう。もちろん、そんなに純粋な動機だけではなかったはずだ。当時を振り返ると、そのおよそ半年後の15年4月には統一地方選挙を控えていたから、地方創生は政権与党にとって格好の宣伝材料になると考えていた人も政権内、ないしその周辺にはいただろう。

 ただ、動機はともあれ、政権が地方創生を内政上の重要課題に位置づけたことは決して間違っていない。着眼は正しかったと思う。爾来(じらい)、政府内に担当の組織も設け、この分野での国としての総合戦略も練り、そしてもっぱら自治体向けに相当の財政資金も投じてきた。国のこの動きに呼応して、地方の側も自治体ごとに地方版総合戦略を策定するとともに、各種の事業に積極的に取り組み始めて、今日に至っている。

3年間の評価を聞くと成果なく希望も感じず

 では、国と地方がこの3年の間、熱心に取り組んできた地方創生はうまくいっているのか。筆者は仕事柄、全国各地を訪れる機会が多い。そうした折には、そこでお会いした方々に対し、必ず地方創生について尋ねることにしている。当地ではうまく進んでいるのですかと。

 ここで断っておかなければならないのは、この3年の間に目に見えて大きな成果を上げたかということを尋ねているわけではないということである。地域の人口減少という厳しい現実、とりわけ若者の域外流出は、決して今に始まったことではない。もう半世紀も前からこの傾向は続いている。

 人間の病に例えると、慢性病に似たところがある。人間の慢性病が短期間の治療で快癒することがないのと同じように、若者の域外流出に起因する地域の人口減少傾向についても、ほんの数年の施策によって直ちに歯止めがかかることはない。そんなことは期待するのが、どだい無理な話である。

 ただ、そうは言っても、地域によって将来に向けた明るい兆しや希望の光が見えてくることはあってもいい。なにしろ、政権は当初、今次の地方創生は従来の地域振興策とは次元の異なる取り組みにすると、これまでにない意気込みのもとにこの3年間、国と地方をあげて地方創生に取り組んできたのである。相当の財政資金も投入してきている。

 こうした実態を踏まえ、地方で質問する際には、「成果を実感することはあるか」という質問と、「たとえ成果は見られないにしても、地方創生によって、例えば若者の人口流出に歯止めがかかりそうな予感がする、変化の兆しがうかがえるか」という質問の、二段構えで尋ねることにしている。

 これに対する答えは、全国どこの地方でもほぼ一様である。それは、「まだ具体的な成果は見られないし、将来に向けた変化の兆しや明るい希望も感じられない」というものである。北海道から沖縄県に至るまで、この答えに地域差はほとんどない。また、地方の都市的地域と農村部とでも、まったく違いがないのが特徴である。

経済界や金融機関に連携は求めたが……

 もう一つ興味深いことがある。成果やこれといった変化の兆しが見られないのはともかく、ではみなさんの地域でこれまでに実施された地方創生の施策を一つでも二つでもあげてほしいと問いかけてみると、これに対してもほとんど応答がないのである。国と自治体の双方が鳴り物入りで取り組んできて、そこに相当の資金を投じてきたというのに、地域ではそれがほとんどと言っていいほど浸透していないという印象を受けるのである。

 この実情を、これまでと同じだと切り捨ててしまえば、それまでである。だが、このたびの地方創生では、過去のこの種の地域振興対策への反省の意味を込めたのか、国は自治体に対して珍しい注文を出していた。自治体が地方創生施策を進めるに当たっては、閉ざされた役所内の作業にとどまることなく、地域の経済界や金融機関などと連携し、地域の知恵やアイデアを広く取り込むよう、あえて要請していたのである。

 この要請は、とりあえず的を射たものだと思う。とかく自治体はこの種の計画などをつくる際、ともすれば役所の職員だけでことを運ぼうとする。その結果、悪意や他意はなくとも役所中心の狭い考え方にとらわれ、肝心の地域経済の実情や課題を踏まえない空疎な内容になりがちだからである。

 国のこの要請を受け、多くの自治体では、例えば総合戦略策定にあたり、商工会議所など地域の経済界、地元の金融機関や大学などの協力を得たとしている。ところが、そう説明している自治体に赴き、そこの経済団体の皆さんに先の質問を投げかけてみても、回答の状況は他の自治体と何ら変わることはない。該当の商工会議所や金融機関の関係者が集う場であっても、その地域で実施された具体的な地方創生施策を思い起こす人がほとんどいないのが現状である。

 ある地方金融機関の幹部からこんな話を聞かされたことがある。その幹部は地元の自治体の総合戦略を策定する委員会に、メンバーとして加わっていた。しかし、委員会とは名ばかりで、実質的には何もすることがなかったという。最初の会合で委員の紹介と地方創生に関する自由討議があり、その次に集まったときには既に総合戦略はほぼできあがっていて、その概要を聞かされて終わったという。

 こんな戦略ではだめだと思ったが、役所側から「なにぶん時間がない。早く作って早く国に持っていかないことには、支援が得られない」との事情を説明され、発言を控えたそうだ。「たしかに金融機関も加わったが、こんなことでうまくいくはずがない」と苦笑しながら話していた。筆者の単なる「見聞録」ではあるが、これと似たり寄ったりの事情は少なからぬ地域で聞かされた。

ほぼすべての自治体がプレミアム付き商品券

 具体的にどんな地方創生策が実施されたのか、地域のみなさんには意外と思い浮かばないと先に述べた。しかし、「プレミアム付き商品券」のことをこちらから持ち出すと、みなさん一様に「そうだった」とうなずき、苦笑いする。すっかり忘れているわけではなく、指摘されれば、ちゃんと思い出すのである。

 プレミアム付き商品券とは、市町村が例えば1万2千円分の商品券を住民に1万円と引き換えに交付する仕組みをいう。使用期間が限定され、使える地域もその市町村の区域に限られるなどの制約があるが、住民は差額の2千円分の利得を享受できるので、総じて人気は高かった。ちなみに、差額の2千円分はすべて国が補填してくれるので、自治体の懐は痛まない。

 このプレミアム付き商品券の評価を尋ねてみると、

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