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沖縄を見る目は右も左も思い上がりだ

「本土の人間」として反省を込めて思う

中川淳一郎 ネットニュース編集者

 今年2月、沖縄へ行ってきた。理由は、沖縄に対して無知だったからである。

 無知ならば現地に行き、知るしかないと考え、1泊2日という短期間ながら那覇市、宜野湾市、名護市辺野古、東村高江へ行き、様々な人の話を聞いた。

 その顛末を「現代ビジネス」というサイトに書いたところ、かなりの反響があった。

 内容としてはこれまでの沖縄への無知を恥じるとともに、実際に沖縄の人から聞いたことをつづったものである。

 本稿では、この「無知」について再度振り返るとともに、私の主戦場であるネットで発生する「二項対立」がもたらす弊害と、沖縄がいかにその題材にされているかを書く。

 「サッカーvs.野球」「東京vs.大阪」「デブvs.デブ嫌い」「きのこの山vs.たけのこの里」―このあたりまでは、まだ冗談の域に収まっているのだが、沖縄をめぐる二項対立は冗談では済ませられない酷さがある。

 一体どんな対立構造があるかといえば「沖縄は差別されている派vs.沖縄は差別されていない派」と「米軍基地反対派(沖縄に大部分を押し付けるな派)vs.米軍基地賛成派」の二つが大きい。

 この二つの対立構造の両派に、本土の人間と沖縄の人間の両方が存在するところが対立を複雑化させている。

もともと右派論調の自分 現実を見るため沖縄へ

 「沖縄の人だって基地に賛成しているではないか!」

 「沖縄の人間として言わせてもらうが、勝手に沖縄を『差別されてる』ことにしないでくれ!」

 「結局、高江・辺野古の基地反対運動をしている人間の多くは県外から動員されたプロ市民だろ!」

 こういった論調が存在する。ならば実態はどうなのか、というところが今回の沖縄取材の発端である。

 私はもともと沖縄に対しては右派的論調を取っていた、と思う。

 翁長雄志・沖縄県知事が掲げる「オール沖縄」自体について沖縄県民が支持するのであれば、それは尊重すべきだと考えていた。しかし、それを県外の人間が支持し、政権批判に持っていくことには疑問を感じていた。

 お前たちは「沖縄vs.他46都道府県」の構図を作りたいのか?と私は考え、批判したのだ。

 しかし、この私の批判に対して、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏が苦言を呈した。

 「キミは実態を知らなすぎる」と。

 「現地の様子を知らないまま、安易なことは言うな」ということであり、ここ3年以上沖縄通いを続ける津田氏は私を沖縄に誘ってくれたのだ。

 その結果分かったことは、結論から言えば「この問題は複雑すぎて生半可な気持ちでは取り組めない」という白旗宣言である。

 しかし、だからと言って論ずることを諦めるのではない。

 よく分からない問題に対しては、誰かを傷つけるかもしれないことは言わない、という決意表明である。何しろ、沖縄はこれまで私が訪れた日本とあまりにも違ったからだ。

 まず、那覇空港に着いてすぐに耳に入ったのは自衛隊基地から飛び立つ戦闘機の爆音である。

 そして、レンタカー屋へ向かうマイクロバスから流れたお昼のトップニュースは「米兵がアパートに侵入」で、「尖閣沖に中国漁船」が続いた。

 取材のために訪れた沖縄国際大学のすぐ隣には米軍普天間飛行場があり、そこではオスプレイが離着陸している。

 同行者の一人は「オスプレイのプロペラが回る音で頭が痛くなる」と語っていた。同大の教室には防音の二重窓がある。

戦争の匂いのする沖縄 ネットに流布する暴論

 故・大田昌秀元知事が理事長を務めていた沖縄・琉球にまつわる沖縄国際平和研究所は、同氏がアメリカに対して資料の開示請求をして集めた執念の集大成。

 この研究所を地元の親子が訪れていた。「いい? 途中で見られなくなったら目を背けるのよ」と母親は幼い息子に伝えていた。

 今回、ひめゆりの塔や首里城といった戦争と関連した観光地には行かなかったものの、日常的に戦争の匂いと国防の最前線といった緊張感が感じられる独特の場所だったのである。

 人間というものは、何か単語を聞いた場合、それに付随するイメージを一瞬にしていくつか頭に思い浮かべるものである。そして、そのイメージは偏見や無知が前提となっていたりもする。

 私の場合、鳥取県には行ったことがないのでイメージはしづらいのだが、すぐに思うのが「砂丘」「日本一人口が少ない県」「スターバックス開店時、大行列ができた」の三つだけだ。これ以外を言え、と言われても特にイメージが浮かばない。

 鳥取県民からすれば、この三つしか思いつかないというのは腹立たしいだろうが、無知とはそういうものである。

 そして沖縄だ。ネットでは、沖縄に対するイメージはこう書かれる。

・沖縄県民は低年収のぐうたら
・一部沖縄県民は基地からの補償金や補助金で潤っている
・沖縄県民はのんきで、遅刻も気にしないし、突然踊りだすような陽気な人々
・沖縄は日本にとってのお荷物
・沖縄県の政治は「売国奴」に乗っ取られている
・沖縄の政治家はいずれ中国軍を招き入れるつもりだ。米軍基地に反対しているのは、こうした思惑があるからである

 ネット上ではこうした説が流布しており、沖縄県民のことを「沖縄土人」とまで書く風潮がネットにはある。

 もしかしたら、高江で「土人発言」をした警備担当の大阪府警の若い機動隊員は、こうしたネットの書き込みを見ていたのかもしれない。

機動隊員はなぜマスク? 家庭人としての顔もある

 だが、今回沖縄に行ってこれらの側面は正しいとは思えなかったし、実態が分からない者が臆測で殊更ネットに書き込むのは問題があると感じた。

 というのも、前出・鳥取の場合であれば、事実であるのに加えて、悪意は特に感じられないだろう。

 だが、沖縄の場合は、事実でない面が強調されているうえに、ネガティブなものである。だからこそ書かない方がよいのである。

 そして十把一絡げに「沖縄では~」としたり顔で言うのも今ははばかられる。というのも、沖縄本島と石垣・宮古の間でも明確な意識差があるということを何度も聞いたからだ。

 本島の人間が本土から邪険に扱われていると感じる一方、本島の人間は石垣・宮古の人間を「一緒にしないでくれ」と考えているという。石垣・宮古の人間も本島の人間と自分たちは違うと考えている。

 こういったことをことあるごとに聞いたのだが、ここからはいくつか現地の人から聞いた話を引用しつつ、「ネットでは分からない沖縄の実態」について紹介したい。

 まず、辺野古や高江の機動隊員がマスクをしていることについて、基地反対派は「機動隊員は不本意な仕事をしていて、写真に撮られたくないから顔を隠すためにマスクをしている」と解釈している。一方、反・反対派は「お前たちが撮影をするから自己防衛のためにマスクをつけているのだ」と言う。

 だが、沖縄在住のA氏は、その心理的背景についてこう語る。

 「沖縄の人の多くは、自分たちの身内を米兵に殺されているわけですよ。それは今の警察関係者にしてもそうです。そんな中、辺野古とか高江にいるとどうしても『警察vs.住民』になってしまいます。機動隊員がマスクをしているのは、マスクをしないと家に帰って言い訳ができないんです。彼らも沖縄県民ですが、住民を排除する仕事をしているワケであり、『ウチナンチュとしてどっちのために働いているの?』なんてことを家族や近所から言われてしまう。『お父さんは〝おじい〟や〝おばあ〟を排除するの?』とも子供から言われる。こういった事情もあり、沖縄県警は対応がぬるいということで、縁もゆかりもない人を連れてくる。これが、大阪府警による『土人発言』の背景にあるんです。排除という行為を警察は行っていますが、日本人同士がなぜ対立しなくてはいけないのかな、というところから、呪縛を解かなくてはいけない。アメリカのための基地建設をなぜ日本人同士が血を流しながらやるのでしょうか」

両派とも言い切るが、真ん中の本音は不明

 これが沖縄の特殊性なのだ。日米安保条約があり、日本の防衛をアメリカに委ねる部分がある以上、米軍基地があるのは当然―。

 これが「呪縛」につながるとA氏は語る。

 その一方、うるま市出身の女性・B氏は、「私は自衛隊や米軍基地の近くを歩いて学校に通っていたので、昔から基地のある生活が普通でした」と語る。

 こうした意見が出るからこそ、沖縄について論じるのは難しい。他県から沖縄に移ってきたジャーナリスト・C氏はこう語る。

「基地賛成派、基地反対派の人は明確にその理由を言い切ります。でも、真ん中の人が本音を話してくれないのです」

 賛成派は、産業の一つとしてもう基地が組み込まれている話や、「中国の脅威」に対する最前線としての沖縄の重要性を語る。

 反対派は、基地が産業に占める割合の小ささや、ヘリコプターやオスプレイの墜落を懸念する。

 また、全国的に基地負担の割合が沖縄に偏っていて不公平だとも説明する。これらは明確に言い切ることができる。

 しかし、C氏は大多数を占める「真ん中の人」の本音が分からないと語る。C氏が沖縄に住んだのはここ数年間の話であるが、 ・・・続きを読む
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筆者

中川淳一郎

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) ネットニュース編集者

1973年生まれ。東京都生まれ。一橋大学商学部卒。97年、博報堂入社、CC局(コーポレートコミュニケーション局)配属、2001年退社。以後無職、フリーライター、フリー編集者を経て06年からネットニュース編集者。複数のサイトの編集にかかわる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』『バカざんまい』(ともに新潮新書)など。