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メディアは政権の支配を脱したか

萎縮・忖度からあるべき姿へ

望月衣塑子 東京新聞社会部記者

  「この(獣医学部をめぐる)一件を通じ全く別の問題として認識を新たにしたのは、国家権力とメディアとの関係です。(中略)私に最初にインタビューを行ったのはNHKです。しかし、その後映像はなぜか、放送されないままになっています。いまだに報じられておりません」

 6月23日、文科省の前事務次官の前川喜平氏は、日本記者クラブで行った記者会見で、日本のマスメディアの持つ問題に言及した。翌日の紙面では、前川氏の批判をきちんと取り上げた新聞や大手テレビはほぼなかったが、IWJはじめ多くのネットメディアには、日本のマスメディアが抱える重大な問題として取り上げられ、ネット上では批判が拡散していた。他人事ではない。数カ月前まで日本社会全体に漂っていた、マスメディアが政権を批判する際に見え隠れした「恐れ」と政権への「忖度(そんたく)ぶり」は、国民の知る権利に答え、権力を監視すべきメディア本来のありようとは、ほど遠くなっていたようにみえた。

「萩生田文書」から始まった物言えぬ空気

 2011年3月11日の原発事故後、原発推進と反原発をめぐって、メディアの二極化が進んだ。民主党政権が下野し、返り咲いた第2次安倍政権では、菅義偉官房長官や杉田和博官房副長官を筆頭にテレビを中心にメディア支配の流れが急速に進んだ。特にテレビは14年11月、衆院選公示が迫る中、自民党の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)が、「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」とする文書を、各局の編成局長、報道局長宛てに送り、これを機に、その報道姿勢に少しずつ変化が現れていった。

 萩生田文書が出て以降、テレビは、選挙時の街頭インタビューそのものが放送されないなどの忖度が始まる。筆頭株主の朝日新聞社の影響を受けるテレビ朝日では、放送番組審議会委員長に安倍晋三首相の友人の幻冬舎の見城徹社長が起用されていた。以降、早河洋・テレ朝会長と首相の関係が急接近するのと時を同じくして、元テレ朝記者で末延吉正東海大教授など、政権寄りコメンテーターの起用が進み、「アホノミクス」の浜矩子同志社大教授、姜尚中東大名誉教授など、政権に批判的な知識人が、画面から一掃されていった。

 15年3月にテレ朝の「報道ステーション」で「I am not ABE」のフリップを出し物議を醸した元経産官僚の古賀茂明氏によれば、その時点では、同年4月以降の番組降板は既に決まっており、報ステで圧倒的な数の優れたニュースを手掛けてきた女性チーフプロデューサーの異動や、政権への辛口コメントを連発していた朝日の恵村順一郎論説委員の降板も決まっていたという。

 テレ朝だけではない。約1年後、TBS「NEWS23」でも、岸井成格・毎日新聞特別編集委員と膳場貴子アナウンサーが視聴率低下などを理由に16年3月に降板。衝撃だったのは、NHK「クローズアップ現代」のキャスターを23年間務めた国谷裕子さんが、同年春の番組改編にあわせて降板させられたことだった。

 国谷さん降板に影響したと言われているのが、14年7月3日のクロ現で、集団的自衛権行使容認を政府が閣議決定したことに「非常に密接な関係のある他国が強力に支援要請をしてきた場合、これまでは憲法9条で認められないということが大きな歯止めになっていたが、果たして断り切れるのか」「そもそも解釈を変更したことに対する原則の部分での違和感や不安はどうやって払拭していくのか」と、菅官房長官に繰り返し質問したことが伏線になったのではと言われる。

 月刊「世界」(岩波書店)16年5月号で、当時のやり取りを国谷さんは記す。「聞くべきことはきちんと角度を変えて繰り返し聞く、とりわけ批判的な側面からインタビューをし、そのことによって事実を浮かび上がらせる、それがフェアなインタビューではないだろうか」。断定はできないが、何らかの圧力がNHKにあったのではないかとの疑念が浮かぶ。

 一方で17年に入り、朝日の報道を皮切りに、安倍首相の昭恵夫人が名誉校長に就任していた瑞穂の國記念小學院、いわゆる「安倍晋三記念小学校」の建設をめぐる森友疑惑や、首相の腹心の友である加計(かけ)孝太郎理事長が経営する加計学園をめぐる疑惑など、政権中枢部が絡んだとみられる疑惑が立て続けに報道された。

 一線で取材する記者たちが、権力の横暴や腐敗を徐々に肌感覚として実感していった。「政権中枢で一体何が起きているのか」。人事を掌握されている官僚からの告発も飛び出すようになり、飼いならされたかのようにも見えた日本のマスメディアが再び、権力の監視とチェックというジャーナリズム本来のありようを取り戻しつつあるように感じる。

「文書は確実なもの」 前川前事務次官の告発

 「文書は確実なもので、担当課から説明を受けて見たものと同じ。文科省の幹部の間でも共有されているはず。あったものをなかったとは言えない」

 加計学園が国家戦略特区に獣医学部を新設するに際し、「行政が歪(ゆが)められた」として、前文科省事務次官の前川喜平氏が5月25日、都内で会見を開いた。約1週間前には、「総理のご意向」「官邸の最高レベル」と記載された文科省からとみられる8枚の行政文書が、朝日を皮切りに各メディアからトップ級扱いで連日取り上げられた。前川氏は、記者会見で文書が真正であると強調した。

読売の報道 「前事務次官が出会い系バー通い」

 元官僚トップの予想しなかった反乱に、焦りの色を濃くしたのが、マスコミ操作を取り仕切る菅官房長官だ。告発会見の前、朝日が特ダネとして、文書の存在を報じた際も「怪文書みたいな文書」と一蹴したが、5月25日に週刊文春と朝日に前川氏の告発記事が載り、会見が開かれると、これまで個人攻撃の少なかった菅官房長官は、同22日の読売の記事「前事務次官が出会い系バー通い」に触れつつ、前川氏を「天下り問題を隠蔽した責任者であり、辞任の際も地位に恋々としがみついていた」とくり返した。

 読売がなぜ、出会い系バー通いの報道を、前川氏の告発直前のタイミングで行ったのか―。前川氏は昨秋、杉田官房副長官に呼び出された際、「出会い系バー」通いを指摘され、注意を受けたと明かす。朝日の「総理のご意向」報道から3日後の5月20日、読売の文科省担当だった記者から、メールで出会い系バー通いの取材申し込みと、明日、記事にするかもとの連絡が入る。前川氏はメールを無視。翌日、再度、同じ記者から今度は詳細な質問メールが入る。同じ日に、文科省から官邸に出向していた藤原誠・初等中等教育局長(当時)から「和泉洋人首相補佐官が会って話したいと言ったら、応じるか」との趣旨のメールが届く。前川氏は「ちょっと考えさせてください」と返信し、以降は返信しなかった。前川氏は「読売の出会い系バーの質問と、和泉補佐官からの面会の打診は連動しているのではと感じた」と話す。読売と和泉氏側の打診は、タイミングとしてあまりにも近い。結局、22日、読売は社会面で「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」と報じた。

 元読売記者の大谷昭宏氏は「すぐに『マル是』(絶対外せない是非モノ)、『ワケアリ』と分かりました。(中略)記事は東京、大阪、西部本社など、いずれの紙面でも記事の配置、見出し、行数が同じ。(中略)読売関係者が見れば一目で『マル是』『ワケアリ』。おそらくトップの意向だったのでしょう」と語る(7月10日付日刊ゲンダイ)。

 5月3日の憲法記念日に読売は、朝刊1面で「憲法改正20年施行目標 9条に自衛隊明記」の記事を掲載、安倍首相が初めて9条加憲を掲げ、安倍政権と読売との近さを物語った。安倍首相は国会での質問に「相当詳しく読売新聞に書いてある。ぜひ熟読していただいてもいい」と発言し、批判を浴びた。安倍政権の特徴の一つは、政権に友好的なメディアを最大限に利用し、政策や主張をアピールしてきた点にある。

 しかし、読売の「出会い系バー通い」記事には読者からの苦情や批判が殺到、他メディアからの批判も出た。6月3日には原口隆則社会部長の記事が掲載される。「独自の取材で、前川氏が売春や援助交際の交渉の場となっている『出会い系バー』に頻繁に出入りしていたことをつかみ、裏付け取材を行った(中略)次官在職中の職務に関わる不適切な行動についての報道は、公共の関心事であり、公益目的にもかなう」と記した。

 だが、その後も他メディアや読者からの批判は続いた。週刊文春6月29日号では、〈東京・読者センター週報〉など読売の内部文書にある読者の声が掲載された。「読売は越えてはならない一線を越えてしまった」などの声が寄せられて、解約に言及した読者の声は300件超、加計疑惑関連で寄せられた意見は2千件超と、大半が批判的だったという。

 一方、菅官房長官は前述のように、前川氏を「売春の温床となるようなバーに通い、教育行政の責任者にあるまじき行為だ」と繰り返し糾弾。5月25日の前川氏の会見後のテレビ各局の報道では、加計疑惑で出た文書は「本物では」「行政が歪められたのでは」との意見が出る一方、出会い系バー通いについては読売報道を念頭にコメンテーターが「出会いが目的でしたと言ってくれた方がよほど分かりやすい」など批判が相次いだ。

 かくいう私も前川氏が会見で「女性の貧困の調査のために行った」との弁明を聞いた直後は「弁護士とひねり出した考えか」と耳を疑った。しかし、その後、取材を重ね、会見での発言が本音であろうと推察するに至る。

 前川氏は、10年にできた「福島に公立夜間中学をつくる会」でのボランティア活動に積極的に関わる。前代表の大谷一代さんは、ある集会で夜間中学の必要性について時間をオーバーして語る前川氏に心を打たれ、その後、講演をお願いした。大谷さんは「国籍や境遇に関わりなく、十分な教育を受けられない人に等しく教育を、という前川さんの思いは本物」と話す。生活保護を受け自主夜間中学に通う女性に前川氏は「実態を知るため女性たちが働くバーに出入りして話を聞かせてもらったこともある」と騒動の前に話したとも聞いた。

 また前川氏は事務次官辞職後の今年4月、NPO法人「キッズドア」に素性を隠して妻と来訪、生活保護家庭の中高生に勉強を教えるボランティアに登録し、子どもに数学などを教えた。

 出会い系バーに通う普通の男性の目的と前川氏の目的意識には雲泥の差がある。

なぜ、私は官房長官会見に乗り込んだか

記者会見で加計文書の再調査の質問に答える菅官房長官。この前日の記者会見で、筆者は菅官房長官に「きちんとした回答をいただいていない」と繰り返し質問した=6月9日、岩下毅撮影拡大記者会見で加計文書の再調査の質問に答える菅官房長官。この前日の記者会見で、筆者は菅官房長官に「きちんとした回答をいただいていない」と繰り返し質問した=6月9日、岩下毅撮影
 森友問題、加計疑惑、TBSの元ワシントン支局長の準強姦疑惑など、様々な取材を重ねるうちに、政権中枢部の歪みを感ぜずには居られなくなった。

 その後、テレビ記者から「官邸会見での追及が甘過ぎる」と聞いた。それまでテレビの一コマや新聞のコメントでしか見聞きしていなかった私は、初めて会見動画をホームページで見る。

 加計疑惑が報じられてから連日トップニュースで報じられていた時も、番記者の質問はせいぜい1、2問。菅官房長官の「問題ない」の回答が出ると、それ以上、追及を重ねる記者はいなかった。愕然とした。

 政治部は、北朝鮮や中国との関係を含め、日々の政治動向を取材し、政権のコメントを一つ聞けば、それがニュースになる。敢えて社会部の疑惑を聞く必要はないのだろうか。

 いくら報道が出ていても権力の中枢部には、疑念や怒りがこれでは伝わっていないのではと危機感を持った。「誰もぶつけないなら」と思い6月6日、会見に臨む。

 政治部はあっさり許可してくれたが、 ・・・続きを読む
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筆者

望月衣塑子

望月衣塑子(もちづき・いそこ) 東京新聞社会部記者

1975年、東京都生まれ。慶応義塾大学法学部卒。2000年、中日新聞東京本社入社。東京地検特捜部、東京地裁・高裁、経済部を経て15年8月から現職。武器輸出、軍学共同を主に取材。著書に『武器輸出と日本企業』(角川新書)、共著に『武器輸出大国ニッポンでいいのか』(あけび書房)。