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LGBTへの偏見を生みだす構造を知り

勇気を持って一つ一つ声を上げ続ける

増原裕子 LGBTコンサルタント、株式会社トロワ・クルール代表取締役

 「同性を好きになる」ということを自分の中で肯定的にとらえられるようになるまでに、私の場合は12年の歳月とフランス留学という大きな転機が必要だった。ふりかえってみて、とても苦悩に満ちた思春期だった。なぜこんなにシンプルなことの理解と自己受容が難しく、長いあいだ強い抑圧を感じてしまっていたのだろうか。

 性的マイノリティーの総称として使われているLGBTという言葉や、自治体・企業でのLGBTに関する施策が広がりつつある一方で、社会の中には空気のように根強くLGBTへの差別や偏見が蔓延している。さまざまな色メガネで見られ、まじめな人権の、社会の課題として認識している人は、残念ながらまだまだ少ない。

 LGBTの存在が少しずつ目に見えるようになってきて、最近よく言われてそのたびにモヤモヤしていることがある。「LGBTの人たちって、おしゃれで優秀な人が多いですよね」というような、表面的なとらえ方をされるときだ。「本当にそう思いますか?」「あなたの身近には何人くらいLGBTがいますか?」と表現はマイルドに質問を投げかけると、たいてい身近なLGBTは1~3人くらいだという答え、あるいはテレビの中で活躍する「LGBTっぽい」タレントの名前が返ってくる。

 これは例えば、知っている女性3人をとりあげて、「女性ってこうですよね」と断言して語るのと同じことだが、数が少ないマイノリティーの場合は、それ自体のおかしさに気づきにくい構図がある。マイノリティーは数が少なく存在が珍しいとき、目に見えているサンプルが代表性を帯びやすいからだ。

 あからさまな差別や偏見だけではなくて、このようなステレオタイプも、マイノリティーにかぎらずすべての人を規範に縛りつけ窮屈にさせてしまう。偏見のフィルターをとりはずして、LGBTを社会の課題としてとらえる視点、そして可視化されているごく一部の現実の裏側にある、差別や偏見が生みだされ維持されてきた構造そのものを知ることが、課題解決のスタート地点となる。

課題解決につなげる鍵は教育とメディア

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 存在自体が見えづらいことがLGBTの課題の大きな特徴だ。今の社会状況の中で、目に見える存在として認識されているLGBTには、いくつかのパターンがある。

 例えば、子どものころから「オネエキャラ」を身にまとうことで、なんとかいじめられずに生き延びてきたゲイ。割り当てられた性別に違和感があり、そのジェンダー表現に抵抗する形で、一人称や衣服を、自認する性別に合わせることで目に見える存在になったトランスジェンダー。たまたまいくつかの恵まれた環境や要因が重なって、自らのジェンダー・セクシュアリティーをポジティブに受けとめ語ることができるようになり、周囲にもカミングアウトをしているごく一部の当事者などである。

 13人に1人とも言われるLGBTの大多数は、このようなパターンをのぞき、自分らしさを封印して規範に合わせる形で、隣にいても気づかれない存在として、息をひそめるように暮らしたり、働いたりしている。あるいは、生き延びることができずに命を落としてしまう人たちもいる。

 1980年代頃から連綿と続くLGBTの運動にとって、ほかの社会課題と同じように、モバイル端末の普及とSNSの隆盛は、運動の形やコミュニティーのあり方を新しい次元に引き上げる推進力となった。

 当事者とアライ(LGBTの理解者・支援者)は、ひと昔前に比べてはるかにつながりやすくなり、声を上げて賛同を集めることもしやすくなった。カミングアウトは草の根でどんどん広がっている。メディアが報じるような自治体、企業、教育現場の好事例もたしかに増えてきた。

 しかし、草の根での広がりには限界がある。LGBT対応の制度ができても、それが利用できる風土が整っておらず、せっかくの制度が生かしきれていないという課題もある。

 もっともっと全国的なうねりにして、課題解決につなげていくための鍵となるのが、教育とメディアだ。

 教育には、学校教育だけでなく、親からの家庭教育もある。中長期的なスパンで意識変革をうながしていく必要がある。

 メディアの重要性は言わずもがなである。歴史的に、LGBTに関する差別や偏見の助長の一端は、マスメディアが担ってきた。いまだにバラエティー番組では、ゲイ的な要素を笑いとして消費する文化が残っている。気持ち悪い存在、普通ではない存在、からかったり蔑んだりしてもいい存在として描かれることの悪影響は、それが学校の教室や職場、家庭での親子の会話の中でくりかえし再生産されてしまうことだ。

 メディアについては、情報を受け取る側のリテラシー教育も同時に重要になってくる。従来のマスメディアに加えて、インターネット、SNSなどにあふれかえる情報の中から、自分の人生と社会をよりよくする情報を、批判的な視点・姿勢をつねに持ちながら、取捨選択して取り入れ、自らも発信していくスキルは今後ますます求められていく。

 LGBTへの許容(トレランス)、そして次の段階にくる受容(アクセプタンス)は、世代間と性別間のかけあわせで大きく開きがある、新旧の価値観がぶつかるテーマだ。日本社会にとっては、目に見えづらい違いへの感度や想像力を高め、固定観念や規範をゆるめるきっかけになる、ダイバーシティー社会実現への避けて通れないステップだと言える。

社会活動へのコミットに目覚めさせてくれた人物

 私は2010年頃から、社会に対してカミングアウトをしてなんらかの改善の働きかけをしていきたい、と漠然と考えるようになった。ただし、具体的に何ができるのか、その方法はすぐには見つからなかった。それ以前に、社会に対して自分のセクシュアリティーをオープンにすること自体の恐怖もあった。

 活動を始めるにあたって、顔も名前もオープンにしたいといつからか思うようになった。あえて自分から「レズビアンだ」と言わないかぎり異性愛者として扱われること、社会の制度の中からこぼれ落ちている存在だということに、いい加減、嫌気がさしていたのだと思う。もうこれ以上「透明人間」のような存在ではいたくないという、自らの積年の悲痛な叫びに気がついた時期だと言えるかもしれない。30代前半のことだ。

 社会活動にコミットしたいと思うようになった決定的なきっかけがある。ハーヴェイ・ミルクの人生を知ったことだ。アメリカでゲイであることを公言し、地元住民から「カストロ通りの市長」と呼ばれ、初めて公職に就いた、ミルクの人生を描いたドキュメンタリー映画と、ショーン・ペン主演でアカデミー最優秀主演男優賞をとった映画「ミルク」を立て続けに見て、衝撃を受けた。

 サンフランシスコ市政執行委員当選の翌1978年、同僚委員のダン・ホワイトに射殺されるという悲劇に見舞われたミルク。当時のアメリカにおける同性愛者差別と嫌悪、憎悪の酷さと、そこに立ち向かっていったミルクの遺志は今なお多くのLGBTに引き継がれている。

 伝記『MILK ゲイの市長と呼ばれた男ハーヴェイ・ミルクとその時代』に収録されている「希望のスピーチ」はこう締めくくられている。「私が当選したことで最も大切なのは、ゲイが選挙で選ばれれば、それが青信号になるという事実なのです。あなたも、あなたも、人びとに希望を与えてください。ありがとう」。私もミルクに背中を押してもらった無数のLGBTのうちの一人だ。

カミングアウトをめぐり親子で話しあう

 ミルクの人生に、彼のメッセージに感銘を受け、いよいよ本格的にLGBTの活動に身を投じたいと思った私は、当時実家で同居していた両親に対して、2度目のカミングアウトをした。最初の、母へのカミングアウトから10年の月日が流れていた。母は私のカミングアウトを受けとめきれず、親を悲しませてしまったことに私自身苦しみが続いていたが、顔も名前もオープンにするとなると、親に迷惑がかかるかもしれないと思い、おそるおそる口火を切った。

 両親の反応は、 ・・・続きを読む
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筆者

増原裕子

増原裕子(ますはら・ひろこ) LGBTコンサルタント、株式会社トロワ・クルール代表取締役

1977年、横浜市生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。在ジュネーブ国際機関日本政府代表部、会計事務所、IT会社勤務を経て起業。LGBT施策の推進支援を手がける。2015年、東京都渋谷区パートナーシップ証明書交付第1号となる。パートナーの東小雪さんとの共著に『同性婚のリアル』(ポプラ社)、『女どうしで子どもを産むことにしました』(KADOKAWA)など。