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ポエム化する政権の労働政策

「定額使い放題プラン」が目的か

常見陽平 千葉商科大学国際教養学部専任講師

 2017年10月22日に投開票が行われた衆議院選は、事前の世論調査、情勢調査の予想通り、与党である自民、公明両党の勝利に終わった。自民党は公示前と同数の284議席で、自民党単体でも絶対安定多数の261議席を上回っている。公明党は29議席で公示前の34議席から減らしたものの、自公合わせて、全体の3分の2にあたる310議席を3議席上回る313議席を獲得した。改憲の発議を行える水準に達している。

自民党、奇妙な選挙に結果勝利

 あくまで一市民の感想だが、実に奇妙な選挙であった。安倍晋三首相は9月28日の臨時国会冒頭で衆議院を解散した。議論することのない冒頭での解散は議会制民主主義への冒涜(ぼうとく)であり、解散権の乱用とも言えるものである。

 前回の14年の衆議院選は「アベノミクス解散」だったが、今回は「国難突破解散」だとされた。「北朝鮮問題」「憲法改正」「消費税」「原発」が論点にあげられた。ただ、その「国難」とは誰が作ったものだろう。公約の中で「国難」という言葉を使ったのは自民党だけだ。自作自演の感があった。

 一方で、17年春から森友学園・加計学園に関する疑惑、閣僚や所属議員、さらには首相自身の失言などが相次いだ。夏の都議選は自民党惨敗に終わった。今回の衆議院選は自民党か否か、安倍か否かを問う選挙でもあった。

 衆議院の解散目前には、小池百合子氏を党首とする希望の党の旗揚げ、民進党の合流の動きなどもあった。結果として、民進党は分裂。希望の党の方針に疑問を呈した枝野幸男氏らが立憲民主党の結成に動いた。

 安倍政権や自民党に対する支持率は低下していたが、野党の混乱、さらには小選挙区制も相まって、票が割れ、結果として自公の圧勝となった。立憲民主党は大躍進し、野党第1党となった。とはいえ戦後、最も議席数の少ない野党第1党である。

 素人の政局話はこれくらいにする。もっとも、これは大事な序曲なのだ。今回の選挙において、安倍政権はアベノミクスの効果をアピールしていた。中でも、雇用の改善はアピールされた指標の一つだった。一方で、公約の中で、雇用・労働に関する記述は薄く感じられた。首相が「最大のチャレンジ」だとした「働き方改革」は他の項目に比べると随分控えめだ。

 この選挙におけるアベノミクスの成果や、「働き方改革」の打ち出し方にこそ、12年から17年にかけての第2次、第3次安倍内閣(改造内閣)とは何だったのかを読み解くヒントがあるのではないか。つまり、アベノミクスの「成果」とされるものが不透明であること、さらには「働き方改革」など数々の改革を打ち出すものの、言葉の独り歩き、上滑り感があり、成果にまでは至っていないこと。一方、安倍政権としての意図はその先にあるのではないかということ。また、自民党が労働者寄りの姿勢を見せたことで、野党は論点封じをされてしまった。これらが、私の解釈だ。安倍政権の雇用・労働に関する政策のこれまでを分析した上で、これからを読み解くことにしたい。

就職率改善はアベノミクスの成果か

拡大表1 アベノミクス3本の矢
 12年の自民党の選挙スローガンは「日本を、取り戻す。」だった。曖昧なポエム的な表現になっている。右派的なメッセージとも言えるし、自民党と安倍晋三の政権奪還への意志を感じる表現だとも言える。

 その衆議院選で大勝し、その名の通り政権を奪還した安倍政権が取り組んだのは「アベノミクス」だった。これは次の3本の矢から成り立つ(表1)。「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」である。特に第1、第2の矢は安倍政権がスタートしてからすぐに放たれた。期待感も含め、結果として就任直後に日経平均株価は上がり続け、短期間で約2倍になった。各種経済指標についても改善が見られた。

図1 就職(内定)率の推移(平成20年卒~平成29年卒)
出所:厚生労働省・文部科学省「平成28年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)」拡大図1 就職(内定)率の推移(平成20年卒~平成29年卒) 出所:厚生労働省・文部科学省「平成28年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)」
図2 就職(内定)率の推移(平成16年卒~平成20年卒)
出所:厚生労働省・文部科学省「平成20年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)」拡大図2 就職(内定)率の推移(平成16年卒~平成20年卒) 出所:厚生労働省・文部科学省「平成20年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)」

 もっとも、今回の衆議院選でアピールされた就職率の改善については、アベノミクスの成果かどうか、因果関係を特定できないのではないか。例として、大卒者の就職率の推移を確認してみよう(図1)。

 厚生労働省・文部科学省による「平成28年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)」を確認すると、大卒者の就職内定率は平成23(2011)年3月卒がこの8年間で最低で91・0%となっている。翌年の24(2012)年3月卒では93・6%に回復している。25(2013)年3月卒93・9%だ。その後も、回復を続けている。

 第2次安倍政権が発足したのは2012年12月だ。アベノミクスがスタートする前から大学生の就職率は回復基調だったのである。

 平成20(2008)年3月卒以前の同データも確認してみよう。グラフから明らかな通り、4月1日時点で、95%前後で推移している(図2)。安倍政権が、アベノミクスの成果だとアピールするレベルの数字が並んでいる。当時もまた売り手市場だった。

若者層の減少が内定率改善の要因

 昨今の就職(内定)率改善においては、単に求人の増加以外の要因もある。それは、若年層の減少である。

 2010年から15年にかけて20代の人口は1割減少している。たしかに求人も回復しているが、若者がこれだけ減ることもあり、雇用が改善しているという側面も押さえておかなくてはならない。

 リクルートワークス研究所の「第34回 ワークス大卒求人倍率調査(2018年卒)」も人口減少の側面を捉えている。同調査は毎年、大卒者の求人倍率、求人総数、民間企業就職希望者数を推計している。

表2 大卒者の求人倍率、求人総数、民間企業就職希望者数の推移
出所:リクルートワークス研究所「第34回 ワークス大卒求人倍率調査(2018年卒)」拡大表2 大卒者の求人倍率、求人総数、民間企業就職希望者数の推移 出所:リクルートワークス研究所「第34回 ワークス大卒求人倍率調査(2018年卒)」
 民間企業就職希望者数は、学生の絶対数だけではなく、民間企業に就職を希望するか否かにより決まる。一般的に求人数が減少する局面では公務員や進学を希望する者が増える。そのため、単なる人口の増減とは言えないが、この10年でのピークの2011年3月卒の45万5700人と、最新の18年3月卒の42万3200人を比較すると絶対数で3万2500人、7・1%減少している。売り手市場だと就職希望者が増える傾向があるにもかかわらず、絶対数が減少していることに注目したい(表2)。

 若者が安倍政権を支持する理由として、経済政策、特に雇用・労働をめぐる指標の改善などがあげられる。彼らがそのように思ってしまっていることが事実だとしたところで、それがアベノミクスの成果だとも断定できないのである。

 そもそも、アベノミクスは、3本の矢から成り立っているものである。14年の衆議院選は「アベノミクス解散」と呼ばれたが、アベノミクスにYESかNOかと問われたところで、賛否のポイントは複数あるので、回答に困ってしまう。このように、成果とされている部分も因果関係が明確ではないものも散見される。

 アベノミクスの成果とされるものの中には、成功したのかどうかも怪しいものがある。しかし、それが成果だと喧伝されて、信じられてしまっているということをまず押さえておきたい。首相の言葉を借りるなら「印象操作」そのものではないか。

 12~17年の第2次、第3次安倍政権の雇用・労働政策を考察する上で、主な考察の対象とするべきテーマは「働き方改革」だ。ここではこの取り組みについて考察する。

 「働き方改革」を考える上で、そのもととなる「一億総活躍プラン」について確認しておきたい。これは安倍晋三の私的諮問機関である「一億総活躍国民会議」が計9回の会議開催後に16年6月に提出し、閣議決定されたものである。内容は成長と分配の好循環メカニズムの提示、働き方改革、子育て・介護の環境整備、すべての子供が希望する教育を受けられる環境の整備、「希望出生率1・8」「介護離職ゼロ」「戦後最大の名目GDP600兆円」などが掲げられた。

 この中でも「働き方改革」はレポートの冒頭に取り上げられており、「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」「長時間労働の是正」「高齢者の就業促進」などが掲げられた。これらは、16年夏の参議院選においても公約に掲げられた。

 この参議院選で改憲4党で3分の2の議席を獲得した安倍政権は、第3次再改造内閣を始動させた。この内閣は「未来チャレンジ内閣」と称された。8月3日に行われた記者会見で安倍首相は「働き方改革」について「最大のチャレンジ」と位置づけると宣言した。「長時間労働の是正」「同一労働同一賃金の実現」「非正規という言葉をこの国から一掃」「最低賃金の引き上げ」「高齢者への就労機会の提供」「テレワークの推進」などについて触れた。これに関連して、働き方改革担当相が設置された。

 その後、働き方改革実現会議が招集され、検討が開始された。取り組み事項としては、「一億総活躍プラン」で掲げられたものの他に、「賃金の引き上げ」「転職・再就職支援、職業訓練」「テレワークや副業・兼業など柔軟な働き方」「女性・若者が活躍しやすい環境」「外国人材の受け入れ」の問題などが取り上げられた(表3)。

表3 働き方改革実現会議での検討事項
1.非正規雇用の処遇改善(同一労働同一賃金)
2.賃金の引き上げ
3.長時間労働の是正
4.転職・再就職支援、職業訓練
5.テレワークや副業・兼業など柔軟な働き方
6.女性・若者が活躍しやすい環境
7.高齢者の就業促進
8.病気の治療、子育てや介護と仕事の両立
9.外国人材の受け入れの問題
出所:首相官邸HPから作成

深刻さ増すブラック企業問題

 具体的なアウトプットについて検討する前に、ここでこの取り組みそのものについて考察したい。「働き方改革」が、首相が「最大のチャレンジ」と呼ぶほどのテーマになることは画期的だ。10年代においても、若者を使い潰すブラック企業の問題や新卒の就職難、正規と非正規の格差、育児や介護と仕事の両立などがメディアでも社会問題として取り上げられてきた。これらについて国をあげて議論を行おうとしたことは注目に値する。

 もっとも、検討事項の一覧は冷静に考えると、画期的なようで、目新しさが全くない。これらの問題は日本の労働問題として長年議論されていたことだからだ。

 これらの取り組み事項と成長戦略との連動も気になる。「一億総活躍プラン」を受けての「働き方改革」だとしたらなおさらだ。例えば、政府は「第4次産業革命」を掲げている。IoTやAIなどを成長分野としている。そうだとするならば、この産業を伸ばすために連動した働き方を模索するべきだ。しかし、この流れと連動しているかどうかは判断できない。「働き方」は組織や人材に関わるものである。国家として重点的に成長させたい分野などがあったとするならば、それに対応した働き方が提唱されるべきである。

 基本的な考え方として、労働力人口が減少していく中で全員参加型の社会をつくろうという発想が見え隠れする。女性や高齢者の労働への参加などはその一例だろう。さらには、 ・・・続きを読む
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筆者

常見陽平

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部専任講師

1974年生まれ、札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月から現職。専攻は労働社会学。主な著書に『働き方改革の不都合な真実』(共著 イースト・プレス)『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)など。