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立憲結党でみえた理念追求の機運

政策体系構築につなげ野党再建を

山口二郎 法政大学法学部教授

 2017年10月の衆議院総選挙を野党の側からとらえ返し、野党の現状と政権を取るために乗り越えなければならない課題を考えてみたい。前原誠司民進党代表が希望の党との合流という奇策に打って出る前までは、改憲志向を明確にしている安倍晋三首相に対して、野党協力がどの程度迫れるかが焦点であった。しかし、共産党との協力を何としても避けたい前原が小池百合子東京都知事と憲法擁護派を排除する形での提携を進めた結果、民進党は分裂し、総選挙は自民党の楽勝という結果に終わった。

 1990年代中頃以来の選挙制度改革を原因とする野党再編が試行錯誤を経て振り出しに戻ったという点で、自民党に代わる選択肢を希求してきた者にとっては情けないとしか言いようがない。

残余概念としての野党の限界

● 1990年代以降の主な政党の推移拡大● 1990年代以降の主な政党の推移

 現在の政党の分布は、96年、小選挙区制の下での最初の総選挙の際の政党配置に似ている。小沢一郎が率いる新保守政党である新進党(保守系新党、旧民社党、公明党の合体)、リベラル保守と旧社会党の一部の合流によってできた民主党が自民党に挑戦した。希望の党が新進党に、立憲民主党が第1次民主党に重なり合う。既視感を感じるゆえんである。

 あれから20年の政党再編の軌跡を要約すると、次のようになる。ポスト55年体制の最初の野党第1党だった新進党は97年に瓦解してしまった。次に、98年の参議院選挙に向けて、新進党を構成した小沢以外の新保守勢力と旧民社党が第1次民主党に合流し、第2次民主党ができた。これが自民党に挑戦する最大野党に成長し、小沢グループの合流もあり、2009年には政権交代を実現した。しかし、新保守勢力が合流したことによって第1次民主党が持っていたリベラル色はなくなり、民主党は「政権交代の実現」以外に政策的基軸を持たず、重要政策に関して内部対立を抱えていた。そして、消費税率引き上げをめぐって党の分裂に陥り、政権は瓦解した。

 野党に転落した後の民主党は党勢の低迷が続いた。16年には維新の党と合併して民進党と名を変えた。この年の参議院選挙以降は、共産党を含む野党協力によって自民党と対決する路線を取った。15年のいわゆる安保法制をめぐって、60年安保以来久々の大規模な大衆運動がおこり、野党がこれに呼応して結束して反対したことが野党協力路線の起点となった。しかし、民主党内には安保法制を容認し、共産党との共闘に反対する新保守的グループが存在し、路線をめぐる対立は続いていた。このような文脈の中で、その是非をめぐって民進党が分裂したのである。直接の引き金は前原の反共志向だったが、原因は長く深いものであり、従来の野党拡大策の限界が露呈した。

 小選挙区の中で生き残り、自民党に対抗する大きな野党の塊を作るという課題に野党の政治家は20年間挑戦してきた。しかし、賽(さい)の河原の石積みのごとく、自民に対抗する側は3回も分裂した。ここまでの経験を踏まえれば、小選挙区という炉の中で大きな野党という合金を作る発想そのものが間違っていたと言うしかない。選挙制度改革以後の二大政党の一翼を担うと称した野党は、自民党でも共産党でもないという否定形でしか定義できない、いわば残余概念であった。その限界を認め、呉越同舟で大きな野党の塊を作って自民党に対抗するという二大政党制のイメージを捨てるべき時である。

価値観を持つ政党への欲求

 先に述べたように、政党配置の現状は20年前に戻った感があるが、当時との違いもある。

 第一の相違は、政権与党、自民党の立ち位置である。20年前の自民党は、橋本龍太郎総裁を加藤紘一、山崎拓、野中広務などの政治家が支えるという態勢であった。党内には、社民党との協力を継続するハト派と小沢との協力を求める保保連携派の対立はあったにしても、憲法改正は政治課題ではなかった。これに対して、今の自民党は安倍一強体制であり、集団的自衛権行使を可能にした安保法制や共謀罪など、憲法上疑義のある立法を推進したうえで、憲法改正に着手しようとしている。この点は、野党のとるべき政策路線にも大きな影響を与える。

 第二の相違は、リベラル野党たる立憲民主党が準備不足にもかかわらずミニブームを起こし、野党第1党になった点である。そして、他の野党、特に共産党との協力が立憲民主党の躍進を支える土台となった。国民が野党に何を求めているかは、この選挙結果が示している。第2保守党ではなく、憲法を擁護し、安倍自民党と対峙する野党を国民は求めているのである。立憲民主党がいきなり比例代表で1100万票を獲得し、世論調査でも10%台の支持を得ている一方、希望の党は1桁の前半の支持率しか得ていないことがその根拠である。

表1 最近の国政選挙における比例区得票数の推移拡大表1 最近の国政選挙における比例区得票数の推移

 民主党・民進党が自民党への対抗路線を構築するときに、かつての社会党が実現不可能な理想を唱えたことへの反動で、現実路線、保守路線を取るべきだという圧力が党内そしてメディアから働いてきた。また、野党協力に関しても、共産党と提携すれば保守的な支持層が逃げていくという反発が党内に存在した。この争いについても、今回の選挙結果で答えが出たというべきである。表1は2000年代の国政選挙の比例代表における各党の得票をまとめたものである。比例代表での1千万票はこれまでの2回の総選挙で民主党が取れなかった数である。民主党・民進党支持者の中枢はリベラルな市民であり、分裂によって保守的な政治家が希望の党に移り、心おきなく支持できる政党ができたという感想を民進党支持者から聞く機会は多かった。憲法擁護という基本的な価値観に立脚して安倍政治に対峙する明快な野党を求める市民層が存在したということである。共産党を含む野党協力は、安倍政権が戦後レジームからの脱却を進める状況で戦後民主主義を守るためには不可欠だという積極的な評価をする市民も一定数いたことも、選挙結果が物語っている。共産党の票が今回大きく減ったが、これは民主党政権崩壊後共産党を支持したリベラルな市民層が立憲民主に移ったためであろう。

 この総選挙は民進党の分裂によって、自民党にやすやすと政権維持を許した。あえて前向きな意味を見いだすならば、自民党に挑戦する野党がいかなるものかを決める予選が行われ、第2保守の希望の党ではなく、リベラルの立憲民主党が挑戦権を得たという点にある。

立憲の課題はリベラル再興

 立憲民主党が政権をねらう野党に成長するためには何が必要か、理念・政策と組織・体制の二つの面から考えてみたい。

 政策理念について、立憲民主党はこの20年間衰弱してきたリベラルの価値を再興することを使命とすべきである。リベラルという言葉は様々な意味で使われているが、ここでは日本政治における伝統的水脈と、国際的な標準という二つの面で定義したい。

 日本のリベラルとは、戦争と独裁に反対する政治思想であった。政党政治が崩壊し軍部独裁が始まった後でも、戦争に反対し、アジア諸国・地域との友好を主張する勇敢な政治家や言論人は存在した。その代表的な政治家は石橋湛山であり、この意味でのリベラルは戦後政治、特に自民党の三木武夫、宮澤喜一、河野洋平らの政治家に継承された。自民党が岸信介の改憲路線から転換し、憲法9条の枠内での適度な防衛力の保持と海外における武力不行使という現実的な路線を取ったのも、リベラルの政治家の功績であった。こうした路線が浮かび上がったのは、護憲・革新勢力が一定の力を持ち、国民の支持を得ていたためでもあった。

 国際的な標準に照らしたリベラルの意味について、ヨーロッパではドイツの自由民主党のように経済的自由を中心とする伝統的な自由主義として使うこともあるが、日本にとって参考になるのはアメリカのリベラルである。自由を経済的自由として理解すれば、現実的には自由を享受できるのは豊かな人々や企業だけに限られることになる。差別や格差・貧困が現に存在する状況においてすべての人に自由な生活を確保するためには、政府が差別を禁止する強力なルールを作り、尊厳ある生活を支えるための制度的な土台を作ることが必要となる。アメリカでは大恐慌の後のニューディール政策以来、民主党のリベラル派がこのような政策を展開してきた。自由放任、小さな政府の自由主義路線がネオリベラルと呼ばれるのは、このような文脈があるからネオなのである。日本の場合、西欧のような労働組合を基盤とした社会民主主義政党が微弱であるため、アメリカ的な意味でのリベラルな政党が存在し、自由競争、市場中心の保守政党に拮抗することが求められるのである。

 1996年の第1次民主党、あるいは鳩山由紀夫氏はリベラルの理念を掲げていた。しかし、第2次民主党になってからはあまり旗幟(きし)鮮明にはしなかった。党内での新保守派の存在が旗色を不鮮明にした。しかし、安倍政権の長期化の中でリベラル勢力の必要性は高まっている。第一は、戦争に反対し、国家権力の暴走を止めるという意味でのリベラルの必要性である。安倍政権による集団的自衛権の行使容認と安保法制の制定は、伝統的な意味での自民党のリベラル路線を転換するものであった。安倍は、60年安保によって途絶された岸信介の改憲路線を復活させることをねらっているのだろうが、自民党内でこのような路線に抵抗する勢力は無に等しい。小池百合子が言ったような憲法9条改正、安保法制容認の政治家は自民党に加わればよいのであって、野党がかつての自民党のリベラルを継承するほかない。

 第二に、経済のグローバル化が進み、雇用が劣化する中で、格差と貧困が拡大している状況ゆえに、ニューディール的なリベラルが必要とされている。これは世界的な潮流である。アメリカ民主党のサンダース、イギリス労働党のコービンという伝統的なリベラルや左派が若者を中心に人気を集めていることには理由がある。市場中心の新自由主義や近視眼的な緊縮財政と決別し、公共政策の体系を打ち出すことは日米欧に共通した課題である。

宏池・経世会、村山政権の先例

 外交、内政におけるリベラルの方向性をこのように整理すれば、立憲民主党はかつての自民党の宏池会(池田勇人の流れをくみ、宮澤喜一元首相や加藤紘一元幹事長が属した派閥)と旧経世会(田中角栄の流れをくむ竹下登元首相が作った派閥)の路線を継承せよと主張しているように見えるかもしれない。それはあながち冗談ではない。安倍首相の下で自民党は右傾化し、 ・・・続きを読む
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筆者

山口二郎

山口二郎(やまぐち・じろう) 法政大学法学部教授

1958年、岡山県生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学教授などを経て現職。専門は行政学・現代政治。「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」世話人、「立憲デモクラシーの会」共同代表も務める。著書に『いまを生きるための政治学』『政権交代とは何だったのか』など。