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神話だった「原発が地域経済に貢献」

新潟日報が調査報道で再稼働を検証

前田有樹 新潟日報社報道部記者

 原発の再稼働問題を巡り、よく疑問を投げかけられることがある。なぜ原発が立地する地域から真っ先に再稼働を求める声が上がるのか――と。立地地域は事故の影響を最も受けやすい。リスクが最も高い地域とも言える。それにもかかわらず「なぜか」と問われる。

 2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故後、新潟県の立地地域にも、そう問われる動きがあった。

 新潟県には、事故を起こした東電の柏崎刈羽原発がある。柏崎市と刈羽村にまたがる砂丘地に全7基が建つ。総出力は約820万キロワット。世界最大級の出力を誇る。福島事故を受け、12年3月26日から全基が止まったままだ。

 15年6月1日、柏崎市の地元経済界が柏崎刈羽原発の早期再稼働を求める請願を市議会に提出した。まだ原子力規制委員会の審査が続いており、安全性すら確認されていない段階でだ。しかし、市議会は賛成多数で請願を採択した。

 地元経済界はなぜ早期再稼働を求めたのか。請願に理由が書かれている。「運転停止による負の影響は市内全業種に及んでおり、かつてないほどに地域経済の疲弊が懸念されている」。地域経済の活性化のためだという。

 地元では、原発が地域経済に貢献していると信じられている。果たして本当なのか。そんな疑問が、新潟日報社による調査報道の出発点だった。

柏崎の中心街に活気なく

 疑問に感じたのには理由がある。

 柏崎市は人口約8万5千人で新潟県第6の都市だ。明治時代後期には日本で初めて本格的な石油精製が行われるなど石油産業で栄えた。そして戦後の一時期は原発建設によってにぎわった。1号機着工の1978年から7号機が完成する97年まで建設工事が続いた。

 今、柏崎の街には活気が感じられない。これは多くの市民の共通認識でもある。地元経済界はそれを原発の長期停止による影響だと主張する。

 しかし、原発が止まる前からこうした状況は続いている。筆者自身が柏崎支局員として暮らした2003年からの2年間もそうだった。市中心部には工場が撤退した後の空き地が目立ち、中心市街地でも人の姿がまばらにしか見られないなど、活気があるとは言えない状況だった。

 実は、原発は地域経済にあまり貢献していないのではないか――。柏崎市で暮らし、その後も原発問題の担当記者として柏崎市に通ってきた経験から、確信に似た思いを抱いていた。

 もし、原発の経済効果がわずかなものでしかないのであれば、立地地域には再稼働を積極的に求める理由がなくなる。住民が事故リスクを引き受けるかどうかを判断する材料に誤解があってはならない。そんな危機感から地域経済の検証を始めた。15年秋のことだ。

 結論から言えば、柏崎刈羽原発が地域経済にもたらす効果は極めて限定的だった。新潟日報社はそれを二つの手法で明らかにした。15年12月に報道した地元企業100社調査と、16年2月に報道した地域経済データの検証だ。

 この調査報道を柱に据え、地域の視点から原発の存在意義について考える長期連載企画「原発は必要か」(15年12月~16年6月)に取り組んだ。担当したのは、本社報道部、柏崎支局、東京支社を中心とした原発問題特別取材班だ。

 新潟日報社は、住民の命や生活を守るため、原発立地前の1970年代から原子力報道に力を入れてきた。2007年7月16日の中越沖地震で柏崎刈羽原発が震度7の揺れに襲われたことを受けて取材班を編成し、なぜこれほど揺れる場所に原発が建てられたのかを検証する調査報道を展開した。今回の取材班は、そのときのメンバーを中心に再編成されたものだ。

地域経済の「縮図」を抽出

 原発の経済効果を知るためには、まず原発関連の仕事を受注している地元企業がどれだけあるのかを把握する必要がある。とはいえ、地元の柏崎商工会議所の会員企業だけで約2千社もある。その全てを調査するのは物理的に難しい。統計上、信頼できる数として100社を抽出することにした。

 抽出の際、こだわったのは、100社を地域経済の「縮図」とすることだ。

 柏崎市の産業別就労人口の割合に応じて業種別の抽出数を決めた。サービス36社、製造24社、卸売・小売15社、建設13社、運輸4社、農林水産4社、金融・保険2社、不動産1社、情報通信1社とした。そして、柏崎商工会議所の会員名簿にある、地元に本社を置く企業の中から、業種別に無作為抽出した。

 この手法は、これまでの取材への反省を基にしたものだ。原発停止による地域経済への影響を報じようとするとき、原発関連の仕事を受注している企業や繁華街の飲食店など影響がありそうな会社を選んで取材することが多かった。当然、「原発停止の影響は大きい」というコメントばかりが並んだ。

 今回の調査は、地域経済全体における原発停止の影響を把握するのが目的だ。業種の偏りは避けたい。ある社から調査を断られた場合は、同じ業種の別の社を再抽出し、業種別の割合を維持した。

 調査では、記者が経営者に直接会うことを原則とし、経営者から企業の実情を詳しく聞き取る手法を取った。各社にアンケート用紙を送付する手法は取らなかった。困難な作業にはなるが、経営者たちの生の声を得たいと考えたからだ。

売り上げ減、67社が「ない」

拡大紙面1 新潟日報2015年12月13日付朝刊
 結果は、予想通りだった。主なものを列記したい(紙面1)。

 「原発建設、運営、定期検査に直接関わる仕事を受注したことはあるか?」との問いに、66社が「ない」と答えた。20社が「何回か受注」とし、「定期的に受注」と答えたのは14社にとどまった。この定期的受注も、2000年代以降に始まった社が多かった。

 「柏崎刈羽原発が全基停止していることによる売り上げの減少はあるか?」との問いでは、「ない」が67社、「ある」が33社だった。「ある」と答えた社に減少幅を聞いたところ、売り上げを1割以上減らした社は7社にとどまった。

 「柏崎刈羽原発が再稼働すれば、自社の売り上げは増えるか?」との問いには「いいえ」が50社、「間接的効果はあるかもしれないが分からない」が27社、「はい」は23社だった。

 この3問の結果を見るだけで、原発再稼働には地域経済全体を好転させるだけの影響力がないことがうかがえる。

 一方で、「柏崎刈羽原発の安全性が確認されたら、再稼働してほしいか?」との問いに66社が「はい」と答えた。自社の業績とは無関係にもかかわらず、再稼働を願う経営者が多かった。

 なぜ再稼働を願うのかも聞いた。多くの経営者が「地域が活性化する」と答えた。どの業種が活性化するのかを問うと「飲み屋」との回答が最も多かった。柏崎の飲食店街に活気がないのは、原発が長く止まっているせいだという印象が広く持たれていることが分かった。

 しかし、飲食店街の活気というのは、目に見えやすいバロメーターの一つにすぎない。実際に柏崎市の経済を支えているのは、自動車部品関連をはじめとする製造業だ。そして、その多くは原発が再稼働しても自社の業績には影響がないと答えていた。

イメージ先行の再稼働効果

 地元企業の再稼働効果への期待には、その根拠が曖昧だと感じられるものが少なくなかった。

 原発停止で売り上げが落ちたという化粧品を扱う企業の経営者はこう話した。「原発が止まり、飲食店街の客が減ったことでホステスさんも減った。それが化粧品の売り上げ減につながっている」

 再稼働すれば自社の売り上げが増えると答えたサービス業者に、その根拠を問うと、こんな答えが返ってきた。「風が吹けばおけ屋がもうかる……ではないが、原発が動けば柏崎の経済が動く」

 再稼働によってどんな仕事が入り、どれだけ売り上げが増えるのかを具体的に示せる企業は少なかった。地元企業が期待する「再稼働効果」はイメージだけが先行している実情が浮かび上がった。

 もう一つ分かったことがある。地元経済界にも再稼働に冷めた見方があるということだ。早期再稼働の請願を出した経済界も決して一枚岩ではなかった。

 前述した「再稼働してほしいか?」との問いに対し、16社が「いいえ」、11社が「判断できない」、7社が「どちらでもいい」と答えた。合計すれば、経済界全体の3割が「再稼働してほしい」とは断言しなかったことになる。

 再稼働を望まない16社の理由はさまざまだ。「事故の被害が甚大」「原発事故の対策、検証が不十分」「国、東電に不信感」「原発から出る核のごみの処分問題が未解決」などが挙げられた。

 再稼働について「どちらでもいい」と答えた自営業者の言葉が忘れられない。「原発建設期を除いて、(柏崎の)街に人があふれていたことがあったか。なかったじゃないか」。再稼働すれば経済が良くなるという楽観論を強く戒めた。

地域経済の全体像を俯瞰

 地元企業100社調査によって、柏崎刈羽原発が再稼働しても、いまの地域経済への波及効果は限定的であることが明らかになった。この現実を目の当たりにし、次の疑問が生まれた。そもそも原発は地域経済に貢献しうる存在なのか。

 100社調査では、地元企業経営者の原発に対する評価が大きく分かれていることに気づかされた。「柏崎の経済のためには原発はなくてはならない」との声と、「原発の地域への恩恵なんて全く無い」との声の両極があった。

 実際はどうなのかを確かめるには、地域経済の全体像を俯瞰(ふかん)する必要がある。新潟日報社は、国や自治体などの行政機関が公表している統計データを基に、原発と地域経済の関係を検証した。

 原発建設前の1975年から2015年までの40年間にわたる、さまざまな指標の推移を追った。取り上げた主なデータは住民基本台帳、国勢調査、事業所・企業統計調査、経済センサス、市町村民経済計算、工業統計調査、商業統計調査などだ。それらを基に柏崎市の主要4産業(サービス、製造、卸売・小売、建設)の動向と、次の八つの問いの答えについて探った。

「地域の人口は増えたか」
「地域に雇用は生まれたか」
「地域の産業に貢献したか」
「地域に波及効果はあったか」
「再稼働による経済効果はあるか」
「原発関連の財源は役立ったか」
「立地自治体の財政は潤ったか」
「原発事故で地域経済はどうなるか」

 どれも地元住民だけでなく、国民の多くが抱いているであろう素朴な疑問だ。

 結果を紹介する前に、どのように検証したかを説明しておきたい。こだわったのは客観性と専門性だ。

 柏崎市の各種データの推移だけを見ても、それが何を意味するのかは評価しにくい。例えば、 ・・・続きを読む
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筆者

前田有樹

前田有樹(まえだ・ゆうき) 新潟日報社報道部記者

1973年、宇都宮市生まれ。新潟大学法学部卒。96年、新潟日報社に入社し、柏崎支局、報道部、東京支社などに勤務後、2014年9月から報道部。原発問題の長期企画として、07~10年の「揺らぐ安全神話」、11~13年の「原発危機」、13~15年の「再考原子力」、15~16年の「原発は必要か」を担当。